第10話 開拓地として
俺はゴブリンのことを何も知らなかった。ただの醜い魔物。それが俺の認識だった。
だが、今は違う。
彼らにも家族があり、生活があり、そして思いがあるのだ。ゲームをプレイしているだけでは思い至らない事実だろう。
◇◆◇
あれから一時間が経過。ゴブリンたちの宴は想像していた以上に粗末なものであった。
目の前には、何の味付けもなされていない火で焼いただけの肉。同じく焼いただけの木の実たち。濁った酒らしきものもあるが、飲んでもアルコールの味がするだけで美味くもなんともない。
ゴブリンたちが楽しそうに踊っているのは余興なんだろうか?
一応、俺の両脇にはメスゴブリンが座っていて、アグラをかいた俺の太もも辺りに手を乗せているのだが……いや、何も言うまい。
「ゴブー(魔王様。あのドカーンって魔術、シビれました。めっちゃカッコ良かったっす)」
「ゴブー(魔王様は妾を作るつもりはありませんか? 実は私の娘は集落一の美ゴブリンと言われておりまして。よろしければ是非に)」
「ゴブー(ゴブリン界隈で噂になってるんですけど、ルドヴィカの姉さんと付き合ってるって本当ですか!?)」
そして、さっきから変わる変わるゴブリンたちが俺のもとに来て、笑顔を浮かべながらゴブゴブ言っている。
だが、何を言っているのか全くわからんし、ルドヴィカも、その必要なしと判断しているのか全然通訳してくれない。
俺はニコニコ愛想を振りまくだけだ。
そんな中、見覚えのある子ゴブリンが俺のもとにやってきた。
「ゴゴブー(魔王様! パパを助けてくれてありがとう。僕ね、決めたんだ。将来きっと魔王様の役に立ってみせる! 魔王様の右腕になるのが僕の夢!)」
子ゴブが、やはりゴブゴブ言っている。相変わらず意思疎通は出来ないが、取り急ぎ、この子は嬉しそうだ。
「ごーぶ? (つまり小僧は私と同等の立場になろうと言うのか?)」
「ゴブ! (うん!)」
珍しいことに先ほどまでずっと俺の後ろで不動明王と化していたルドヴィカが子ゴブに話し掛けている。何だか微笑ましい光景だ。
「ご〜ぶご〜ぶ(そうか、そうか。頑張るんだぞ)」
「ゴブ〜っ(うんっ。ありがとー、お姉ちゃーん)」
「ごぶー!! (なんて言うと思ったか、百年早い、この戯けがー! レッドキャップになってから出直せーー!)」
何故か急にルドヴィカが大声を出し、子ゴブが驚いて逃げていってしまった……。
「ルドヴィカ……。子ども相手に何を大声出してるの?」
「いえ、調子に乗っていたので灸を据えてやっただけです。怒ってやるのも愛情かと」
そんな感じには見えなかったが、子ゴブが俺に変なことでも言ったんだろうか?
と考えていたら、今度は長老がやってきた。
「魔王様。楽しんでくださっていますか? なにぶん集落は貧乏ゆえ大したもてなしも出来ませんが……」
最後にやったきた長老ゴブリンはとても申し訳なさそうで、こんなもてなしでも精一杯なのだとわかる。
目の前にある料理と言っては料理人に怒られてしまいそうな料理は、ゴブリンたちにとってのご馳走なんだろう。
きっと両脇のメスゴブリンたちもゴブリン界なら絶世の美貌の持ち主なのだ。
「ああ、楽しいよ」
この言葉に嘘はない。感謝の気持ちはキチンとコチラに伝わってきているのだから、それで十分。それに、精一杯のもてなしなら、それを心から楽しんでやるのが、もてなされる側の礼儀だ。
「それは、それは光栄なことで」
長老ゴブリンがニコリと微笑んでいる。実際のところ、ニコリというよりニヤリといった感じだったが、彼の内心を考えればニコリという表現が妥当だ。
「で、長老。実は相談があるんだが……」
実は、宴を楽しむことだけが俺の目的ではない。むしろ、本題は別にあったのだ。
「魔王様が私ごときにご相談? 私に出来ることであれば何でもいたしますが……」
「どうだろう、この集落を俺と一緒に開拓してみないか? これは魔王としてではなく俺個人としての提案だが、悪いようにはしない」
本題はコレ。だが、開拓などと言いはしたものの、実際のところ自分の住み良い場所を作りたいだけだ。
魔王城は俺の本拠地とは成り得ない。いつ何時、寝首を掻かれるかもわからない場所で、いつまでも呑気にはしていられないのだ。
「魔王様と一緒に……?」
「ああ、俺と一緒に、だ」
俺の提案は、あくまでも自分本位なものだったし、彼らには彼らの生活様式がある、と理解もしている。だから、断られても仕方ない、とそう思っていた。
だが、意外なことに長老がポロポロと涙を零し始めた。
それほど俺と一緒が嫌なのか?
そうではない。
「有難き……。有難きお言葉……。魔王様に助けていただけなければ、今日、我々は滅んでいました。最早この命は貴方様のもの。その気持ちは、たとえ魔王様が退位なされたとしても変わりません」
「じゃあ、引き受けてくれるのか?」
「貴方様は『しろ』と命令するだけで良いのです。我々に尋ねる必要などございません」
俺としては願ったりな申し出だ。ゴブリンというのは思っていたよりも義理堅いらしい。
「わかった。この集落を俺と一緒に開拓しろ。これでいいな?」
「はい。全身全霊を以ってあたらせていただきます」
まどろっこしいやり取りだったが、これで本題の半分は片付いた。あとは……。
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