第9話 Lv.MAX

 俺の腕の中にルドヴィカがいた。表情は愕然としたままだ。


「ま、魔王様っ!?」


 俺は、巨槌に押し潰されようとした彼女を救い出していた。体が咄嗟に動いていた感じで、まるでトラックに轢かれそうになった子猫を助けた気分だ。


 人間の俺が魔王軍のヤツを助けるなんて思いもしなかったな……。


「危なくなったら加勢するって言っただろ?」


「も、申し訳ございません」


「謝るなって。アレは異常だ」


 とは言え、ルドヴィカでも倒せなかった相手にどう対処したものか。


 取り急ぎ、攻撃してみるしかない。


「少しでもダメージが通れば良いんだがな」


 目標を失い立ち止まっているオークキングを見据えてスキルを発動。


裁雷パエニテンティアジーテ】Lv.MAX


 俺の体が完全に隠れるほど大きな魔法陣が出現し、その一瞬のち轟音。


 あまりの音と光に放った俺自身も驚いて一瞬だけ目を瞑ってしまった。


「マジか……」


 目を開けた時には、敵の姿が原型を留めぬほどボロボロに焼け焦げ、崩れ落ちていた……。


「思ってたより威力が高いな……。倍率どうなってんだ?」


 ゲームであれば、PTで挑むべきボスキャラをたったの一撃とは……。

 支配者ルーラー、恐るべし。


「以前よりも魔術の威力が増しておられるようで。強大な力を待ちながらも慢心せず力の研鑽に努めていたとは。このルドヴィカ、感服いたしました」


 お姫様抱っこされたままのルドヴィカが俺に熱い視線を向けている。


 彼女の反応からすると、もしかして俺は旧魔王よりも強くなっているんだろうか?

 

「俺も驚……。いや、なんでもない。そんなことより身体は大丈夫か?」


「ご心配ありがとうございます。な〜に、ご飯をたくさん食べて寝れば、すぐに……治り……ます。……それより……あの……下ろしていただけませんでしょうか? ゴブリンたちが見ています」


 発言の途中からでハタと我に返ったようで彼女が顔を赤らめしまっていた。お姫様抱っこは流石に恥ずかしいらしい。


「ああ。すまん、すまん」


 ゲームをプレイしていた時は、非道な軍人という印象だったんだが、こうして実際に接しててみると、かなり印象が違う。


 彼女は非道な軍人などではない。


 ゴブリンが襲われて怒り狂っていたし、フェンリルとの様子を見ても、威圧するような様子はなかった。

 非道な軍人ならば、お姫様抱っこされたくらいで照れたりもしないだろう。


 そんな彼女が旧魔王瀕死事件に関わっていたとも思えないが……。


 彼女は信用しても良いんじゃないか?


 そう思えども、俺の身に起きたことを彼女に打ち明けるワケにはいかない。

 彼女の俺に対する態度は、やはり旧魔王への尊敬を前提としているのだから。


 ゴブリンたちが勝利に歓声を上げ、目を覚ましていたオークたちが愕然とする中、そんなことを俺は考えていた。


 その後、ルドヴィカがオークへの事情聴取を行ったのだが、彼らは狂化中の出来事を何も覚えてはいなかった。


(果たして彼らが実際にどのような状況にあったのか定かではないが、暫定的に彼らは狂化の状態にあったとする)


「如何いたしましょうか? 何も覚えていないとはいえ、奴らは魔王様に牙を向けました。処刑が適当かと思いますが」


 目の前でルドヴィカの口から処刑という言葉が飛び出し、未だ縄でグルグル巻きにされたままのオークたちが慌てふたむいている。

 寝耳に水といった具合で、この様子だと彼らは本当に先ほどまでの記憶がないのだろう。


「いや……。この事件を裏で画策した奴がいるとすれば、魔王軍の戦力を削ぐこともソイツの目的の一つだろう。オークを処刑したらソイツの思うがままだ」


 魔王軍の戦力が下がったところで、偽魔王の俺としては大した問題ではないのだが、首謀者の思い通りというのはシャクに触る。


「そこまでお考えとは……。私には思慮が足りなかったようです。失礼しました」


「そういうわけだから処刑はなし。オークたちは解放する。それでいいか?」


「お心のままに……」


 ルドヴィカが意見を取り下げ、オークたちもほっと一息。

 そこへ老いたゴブリンが姿を表した。


「魔王様。この度は集落を救っていただきありがとうございます。皆も大変感謝しておりますが、大勢で押しかけるのは失礼かと思い、集落の長老である私がご挨拶に参りました」


「ゴ、ゴブリンが喋った……っ!?」


 まさか、この世に喋るゴブリンが居るとは思わなんだ……。初体験だ……。


「何を驚いておられるのです? 魔王様と長老は面識があるはずでは?」


 ルドヴィカが言うには、どうやら長老ゴブリンと俺は初対面ではないらしい。

 マズってしまった。ルドヴィカが訝しんでいる。


「……いや、あれだ。喋るゴブリンなんて珍しいからな。もちろん喋れると知ってはいたが、たまには驚いてやるのが礼儀だろ?」


「なるほど。魔王様が驚愕することで賢きゴブリンへの褒美とした、と言ったところですね? 臣下への気配りも忘れぬとは、その細やかな気配り、感服いたしました、魔王様」


 自分でも無茶な言い訳だと思ったが、なんとか通ったようだ。こういう時は彼女のイエスマンっぷりが大いに助かる。


「で、魔王様。実は集落を救っていただいた御礼に宴を催したいのですが如何でしょうか?」


 長老の提案に少し心が躍ってしまう。


 集落を救った英雄として宴に招かれるだなんて、まるで勇者のようじゃないか?


「楽しそうだな。もちろん出席しよう」


「では、私も同席いたします。酒の席とはいえ、もしゴブリンたちに粗相があれば即刻打ち首にしますので安心してお楽しみください」


 ルドヴィカが腰に下げていた剣の柄をトントンと叩いている。


 冗談だろうか? いや、彼女なら本当に粗相を犯したゴブリンの首を切り落としかねない。

 きっと追い討ちで身体に鉛玉を何発もぶち込むおまけ付きだ。


「むしろ、それだと安心して楽しめないんだけどなぁ」


「これは失礼しました。キチンと見えないところに連れて行ってから始末いたします」


「そういうことではなくて……。ルドヴィカ、宴に武器持っていくの禁止な」


「つまり、魔術で始末しろ、ということでしょうか?」


 どうしても彼女は始末する気らしい。俺に粗相をした者を笑って済ますという気概はないみたいだ。

 こうなるとゴブリンたちが粗相を犯さないことを祈るほかない。


「……ああ、そっか。ルドヴィカは魔術も使えるんだもんな」


「魔王様の腕前には遠く遠く及びませんが、相手がゴブリンであれば私の魔術でも問題ないものと思います」


 何はともあれ、この後はゴブリンたちとの宴である。

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