第8話 無音世界のルドヴィカ

 オークロードは今までのように舐めプの素殴りで対応して良い相手ではない。しかも、この襲撃事件を裏で画策した何者かが狂化とともに強化も加えているのか、ゲームで見たものよりも圧倒的に強い個体と思われる。


「仕方がない……。【裁雷パエニテンティアジーテ】のLvを上げるか」


 はぁはぁと苦しそうに息を吐くオークロードを油断なく見つめながらスキルウィンドウを表示。【裁雷】のLvをMAXの10まで引き上げた。


 このスキルは使い勝手の良い単体攻撃かつ雷+光の複合属性のため、MAXまでスキルポイントを振っても無駄にはならないはずだ。


 この便利な複合属性だが、それ故に本来のゲームにおいては前提スキルが多く無闇矢鱈に取得できるほど敷居の低いものではない。


 そんなスキルがポンと簡単に取れてしまうのだから支配者ルーラーというJobは常軌を逸している……。


「さて、Lv.MAXの威力はどんなもんか」


「魔王様。ここは私にお任せください。魔王様の手を煩わせるワケには参りません」


  巨槌を振り上げて突進してくるオークロードに手をかざし、スキルを発動させようとしたところで、復帰してきたルドヴィカが間に割って入ってきた。


「大丈夫か? さっき盛大に吹き飛ばされてたけど」


「お恥ずかしいところをお見せしました。ですが、魔王様の腹心として、やられたままではいられません。その恥をそそぐ機会を私にいただけないでしょうか?」


 彼女の口元には血の跡がある。ダメージは甚大と思われるが、それでも目には強い意志を灯したままだ。このまま引く気はないと見える。


「わかった。でも、危なくなったら俺も加勢するからな」


 本来のゲーム通りならば彼女はオークキングなんぞ相手にもならないほど強いはずだ。

 ここで一度、彼女の強さを確認しておくのも良いかもしれない。


「感謝いたします」


 言葉とともに彼女が爆ぜる。音よりも速く、獲物に詰め寄る。腰元にぶら下げていた剣を引き抜き、小細工なしの真っ向勝負。


 一閃、二閃、三閃。


 巨大な槌をくぐり、獲物の身体を切り裂いていく。


 圧倒的優勢。


 オークキングは巨体ゆえに鈍重。彼女のスピードにはついていけない。


 だが、突如ルドヴィカは後ろに大きく飛び退き、距離を取った。


「……なんだ、コイツは!?」


 彼女が驚愕するのも無理はない。オークキングの傷が見る間に塞がっていくのだ。


 超再生能力といったところか?


 どうやら、このオークキングは何者かに色々と施されているらしい。


 だが、たとえ何重に強化されていたとしてもオークキング如きでは彼女を打ち倒すことは出来ない。


「いいだろう、ならば再生できぬようにしてやる」


 言葉とは裏腹に彼女は剣を地に突き刺し、その柄に両手を乗せた。


 まるで諦めたかのようだ。いや、彼女は諦めてなどいない。


「あれは、たしか……」


 歳をとるたび前世の思い出は薄れていくが、何故かゲームの記憶だけは決して色褪せない。


 だから、ハッキリと思い出せる。あれは【無音世界ディ ヴェルト デア シュティル】の前兆アクションだ。


 【無音世界】はルドヴィカのHPが三分の一を下回った際に一度だけ発動される特殊攻撃なのだが、アレにはかなり手こずった。

 まず範囲内にいると高HPのタンク役以外は即死、しかも攻撃を喰らうと一定時間、凍結状態になり行動不能になってしまうのだ。


 ルドヴィカ戦では、彼女が剣を地に突き刺したら間髪入れずに画面の端まで退避が鉄則であった。


 ……などと悠長に眺めている場合ではない!

 このままではゴブリンたちが巻き添えになってしまう!


「全員、その場から離れろ! 死ぬぞ!」


 彼女たちの戦いを見守っていたゴブリンたちに声を掛ける。言葉は理解できていないだろうが、俺の大声に何かを察したようで彼らは慌てて退避していった。


「全て凍てつけ……。身じろぎ一つ許さん」


無音世界ディ ヴェルト デア シュティル


 ゲームで聞いたセリフを彼女が吐くと、ガクンと周りの温度が低下していく。

 彼女の足元から地が凍てつき、草木が凍てつき、家屋が凍てつく。


 彼女に向かってきていたオークキングも速度を徐々に落とし……そして、最後には氷像のように凍りついた。


 流石は魔王軍の副官。終わってみれば彼女の圧勝であった。


「お疲れ、ルドヴィ——」


 勝利を確信し、彼女に声を掛けた瞬間、嫌な音が耳に入る。まさかと思い、オークキングに目をやれば、氷像にビリビリと亀裂が走りだしていた。


「そんなバカな……」


 そして、ガシャンと氷の檻は破壊され、解き放たれたオークキングが再度突進を始める。


 驚くべきことにオークキングは無傷。果たして、彼女の最大攻撃でもアレを止めることは出来なかったのだ。

 いくら彼女がスピードで上回ろうとダメージを与えられないのであれば勝ち目などない。


「私がオークキング如きに……」


 自らの持つ最大火力の攻撃が効かずに彼女はわずかな間、狼狽ろうばいしてしまう。そんな彼女に今、巨槌が振り下ろされようとしていた……。

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