第7話 オークの王

 集落の中心に着くと、ゴブリンよりも一回り大きなホブゴブリンたちがオークと交戦していた。

 戦況はゴブリン側の劣勢。もう少し到着が遅れていたら、彼らは全滅していただろう。


「ぶひぶひー!(矛を納めよ! 魔王様の御前である!)」


 ルドヴィカがオーク語で叫ぶが、彼らは止まらない。

 ここに来るまでの間にも、彼女は何度かオークに話し掛けているのだが、今のところ全て無視されている。彼女曰く、オークごときに無視されるとは屈辱、とのことだ。


「シカトとは良い度胸だな。……いいだろう、皆殺しだ。その無礼を地獄で悔やめ!」


 度重なるオークたちのシカトによって、ついにルドヴィカはプッツンしたらしい。拳銃のような武器を胸元から取り出し、照準をオークたちに合わせている。


「待て。皆殺しにしたら集落を襲った理由がわからなくなる」


 そう言ってルドヴィカの肩を掴めば、彼女がハッとしたように、その手を下げた。

 やはり彼女について来て正解だ。俺が止めていなければ真相は闇の中になるところだ。


「も、申し訳ございません……」


「気にするな」


 ルドヴィカの頭も冷えたようなので、改めてオークたちに向き直る。


 数は三十体ほど。全てが狂ったように暴れ回っている。元々オークという魔物は荒っぽいところがあるのだが、それにしても様子がおかしい。


 そんなことを考えているとオークの数体がコチラに向かって走ってきた。皆、揃いも揃ってヨダレを垂らし、何かに取り憑かれたように目が虚だ。


狂化バーサクの魔術か?」


 このゲームをプレイしていた限りでは、そういったスキルを耳にしたことはない。

 だが、この世界の全てがゲームと同じだと考えるのは危険だろう。

 現に支配者ルーラーなんてJobは存在しなかったんだから。


「……狂化ですか」


「ルドヴィカに心当たりはあるか?」


 襲い掛かってきたオークを殴り倒し、無効化しながら会話する。こういう時は魔王の力が強すぎるのも問題だ。


 さっきもそうだが、【裁雷パエニテンティアジーテ】を撃つとオークレベルでは即死してしまう。殴り倒すにしても気を使わないと殺してしまう危険性がある。

 ルドヴィカを止めた手前、俺が皆殺しにしてしまっては面目が立たない。


「アラベラタなどは相手を魅了し、意のままに操ることが出来ますし、相手を凶暴化させる技術を持つものがいても不思議ではありません」


「ならコイツらに罪はないのかもしれないな」


「正気を取り戻させることが先決ということですね」


 会話しながら、襲いくるオークを殴り倒していけば、ついに俺たちに向かってくるものはいなくなった。全てのオークが頭に大きなコブを作って地面に倒れ伏している。


「コイツらが目を覚ましたら、もう一度、事情を聞いてみよう。正気に戻ってるといいんだがな。念のため暴れないようにコイツらに縄でも掛けておいてくれ」


「承知しました。ごぶごぶ(そこのホブゴブリン。コイツらに縄を掛けておけ)」


 その時、ドスンドスンと地を踏み鳴らす音が遠くから聞こえて来た。


「どうやらボスのご登場みたいだな」


 地響きとともに現れたのは、一般的なオークたちよりも二倍は大きなオーク。


 体長は四メートルはあるか?


 しかも、太い血管をバキバキに浮き上がらせており、バルクアップ済み。る気マンマンらしい。


 奴の握っている巨大なついで殴られたら気絶では済まないだろう。


 だというのに、ルドヴィカは無造作にオークへ歩み寄っていく。


「ふむ。やっと少しは話になりそうなヤツが出てきたな。……ぶひぶひー(おい、お前。そこのお前だ、お前。テカブツ)」


 そして——。


「ごはっ!」


 ——オークの前蹴りを受け、後方に凄い勢いでぶっ飛んでいった。


 ぶっ飛んだ彼女がゴブリンの家の壁をぶち破り、衝撃を受けた家屋が倒壊していく。


 何と言うことでしょう、ルドヴィカが家の下敷になってしまいました……。


「ゴ、ゴブゴーブ(オ、オラの家がーっ)」


 一方、倒壊した家の近くでゴブリンが叫んでいるのだが、何となく雰囲気で言っていることがわかってしまう。


 たぶん、あの家は彼の家だったんだろう。可哀想に……。


 などと憐れんでいる場合ではない。


 バカみたいに大きなついがブォンと大気を跳ね除けながら俺の体をペシャンコに押し潰さんと迫ってきているのだ。


 しかし、すんでで回避。大きく後方に飛びのき距離を取る。空振った巨槌が地を叩き、地面が大きく揺れた。


「まさか、こんなところにオークロードが出てくるとは思わなかったな」


 目の前で白い息を吐き散らしているのは、所謂オークロードと呼称される個体であった。


 以前の俺であれば、一目散に撤退を考える相手だ。交戦の選択肢などなかった。


 しかも、不意打ちとは言え、格上であるはずのルドヴィカを容易に吹き飛ばしたところを見るに、本来のオークロードよりも強化されているものと思われる。


「どうも俺は運が悪い気がする。やっぱりボーナスポイントを少しはLukにも振っておいた方がいいのか?」


 まだ振り終わっていないステータスポイントのことを考えながら、俺はオークロードと対峙した。

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