第6話 ゴブリンの親子

 駆け寄ってきたゴブリンが俺の脚にすがり付いてくる。半死半生。体は傷だらけだ。

 よく見る普通のゴブリンより体が小さいところを見ると、子どものゴブリンなのかもしれない。


「ゴブゴブ(パパを助けてっ。パパがアイツらに殺されちゃう!)」


 この子が何を言っているのか俺には全くわからない。だが、それでも、目に溜めた涙を見れば助けを求めていることくらいはわかる。


 魔王になる前は、晩飯を何にしようか考えながら片手間で倒していたゴブリンだが……こうやって縋りついてくると邪険には出来ない。


「安心しろ。集落は俺が救ってやる」


 言葉は通じないだろうが、きっと気持ちは伝わる。子ゴブリンの頭に手をやり、撫でてやれば、彼は少し安心したような顔をしていた。


 まさかゴブリンの頭を撫でる日が来るだなんて……もしかして俺は彼らに同情しているんだろうか?


「ごぶごぶ(いったい何があったのだ? 誰に襲われた?)」


 ルドヴィカが地面に片膝をつき、目線の高さをゴブリンに合わせるとゴブゴブ言い始めた。


 どうやら彼女はゴブリン語も話せるらしい。


 複数の言語を操るとは、異種族だらけの魔王軍で副官を務めているだけのことはある。


「ゴブゴゴブ(オークが急に攻めてきやがったんだ。それでパパに逃げろって言われて、僕は何も出来なかった……)」


「オーク? 何故オークが……」


 彼女の呟きによれば、襲撃犯はオークたちのようだ。


 魔王軍に属していない野良のオークたちだろうか?


「オークがゴブリンを襲っているのか?」


「この子はそう言っています。ですが、理由がわかりません。彼らは魔王軍に恭順きょうじゅんの意を示しているはず。彼らが魔王軍の管轄下にある集落を襲うというのは解せません」


「解せようが、解せまいが、とにかくオークたちを止めよう。理由なんて、あとで本人たちに聞けば良い」


「確かに……。なんと的確なご判断なのでしょうか。このルドヴィカ、感銘を受けてしまいました」


 別に尊敬されるようなことを言ったつもりはないんだが、ルドヴィカが感服したような顔をしている。魔王軍の者たちは皆そうだが、彼女たちは、こうやってすぐに俺を持ち上げる。


 悪い気はしない。でも、勘違いしてはいけない。この尊敬の眼差しは全て旧魔王の功績あってのことで、俺自身に向けられたモノではないのだから。


「じゃあ、行くか。オーク退治だ」


 そう言いながら、俺はスキルウィンドウを開くと、取るべきか悩んでいた【裁雷パエニテンティアジーテ】を習得した。


◇◆◇


 集落の柵を乗り越え、中に入ると、いきなりオークがゴブリンを踏み潰そうとする瞬間に出会してしまった。

 反射的にオークに向けて【裁雷】を放つ。


 旧魔王は、わざわざ詠唱していたようだが、俺が無詠唱で魔術を行使できるのは、Agi(敏捷性)が高いからだろうか?


 このゲームではAgiが高いほど詠唱時間が早くなる仕様なのだ。魔術師でプレイしたことがないから詳しくは知らないが、思うに閾値しきいちを超えて無詠唱になっているのだろう。


「ゴ、ゴブゴブ(な、何が起きたんだ……)」


 俺の攻撃を受けて叫ぶ間もなく丸焦げになったオークを潰され掛けたゴブリンが呆然と見つめている。


 何が起きたのか理解できていない様子だ。


「ゴブー! (パパー!)」


 そんなゴブリンに、俺たちに引っ付いてきた子ゴブリンが駆け寄っていく。


「ゴブゴゴゴブ(お前、なんで戻ってきた! 逃げろっと言っただろうが)」


 子ゴブリンが大人のゴブリンに抱きついている。あの感じ……、たぶん彼らは親子なんだろう。


「ゴブブッ(ごめんなさい……。でも、強そうな人たちを連れてきたんだ。きっと、あの人たちが助けてくれるよ!)」


「ゴブ? ゴブーブブ! (え? ま、魔王様!)」


「ゴブっ(あの人、魔王様なの!?)」


「ゴブゴブ(ああ、お前は会ったことがなかったな。あのお方こそが万物の王。この世の全てを救う者。偉大なる魔王様だ!)」


「ゴブーっ(す、すごいやーっ。さっき実は僕、魔王様に頭を撫でられたんだっ。これは一生の思い出だねっ)」


「ゴーブっ!? ゴブっ(本当かっ!? それは凄いことだ。きっと母さんが聞いたら、泣いて喜ぶっ)」


 なんだか知らないが、また、すごく持ち上げられている気がする……。


「ルドヴィカ。あのゴブリンたちは何を話しているんだ?」


「親が子に、この世のことわりを説いていますね。あの親ゴブリンは世の摂理というものをよく理解しているみたいです」


 俺のことを話しているのかと思ったが、勘違いだったようだ。自意識過剰なヤツみたいで、少し恥ずかしい……。


「摂理の話か……。っと、呑気にしてる場合じゃなかったな」


 俺は照れを隠すように早足気味で集落の中心に向い歩きだした。

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