第5話 襲撃
魔王城の執務室にて、俺は副官二人の会話に耳を傾けていた。
現在、魔王軍は人族を中心とする連合軍と交戦状態にあるのだが、戦況が膠着しており、二人はその打開策を話し合っている。
「まずはドワーフどもを殲滅するべきだ。ドワーフからの武器供給が途絶えれば、人族の戦力は大きく削れよう」
『ドワーフ殲滅作戦』を推しているのはアラベラタだ。
流石は魔族、考え方がとっても物騒。
「回りくどいな。そんな面倒なマネをせずとも王都に突撃すれば良いのだ。人族さえ瓦解すれば連合軍は散り散りになるだろう」
対するルドヴィカは『正面突破作戦』を提案している。なんとも豪快な作戦だが、時に、そういった豪快さが戦況を変えたりもするのだろう。
「……脳筋が」
「あ? 誰が何だって?」
「さて、魔王様。如何いたしましょうか?」
ルドヴィカが「おい! 無視するな!」と怒っているが、今日のアラベラタはガン無視。きっと自分の作戦に自信があるんだろう。
だが、そんな作戦を遂行させるわけにはいかない。
「いや、現状を維持してくれ」
とにかく現状維持。
俺としては、人族と和平を結んで終戦に持ち込みたいところなんだが、そんなことを言っていい雰囲気ではない。現状維持が俺の精一杯。
ここに来る前は魔王に権力が集中していると思っていたのだが、魔王軍の中にも派閥があったりで、一枚岩というわけではなかったのだ。
「承知しました。ですが、魔王様。次の諸侯会議で——」
アラベラタが何か言い掛けたところで、ガンガンと執務室のドアが強めにノックされた。
「報告であります! ゴブリンたちの集落から
慌てた様子で部屋の中に駆け込んできた兵士がそう告げる。室内の空気がビリビリと張り詰めていく気がした。
◇◆◇
魔王城の門を出るとルドヴィカが急に「わおーん!」と雄叫びを上げた。すぐに地鳴りのような音が遠くから近づいてくる。
気でも触れたのか、と一瞬思ったが、地鳴りの正体が姿を現したところで、俺は自分の間違いに気がついた。
「フェンリルか」
目の前には人の背丈よりも遥かに大きい狼の魔物。
「ええ。コイツに乗っていけば集落まですぐですので」
あの後、兵士の報告を受け、怒り狂ったルドヴィカがゴブリンの救援に向かうことになったのだが、俺も彼女に同行することにした。
副官たちは、俺の手を煩わせるワケにはいかない、と俺を止めたが、無理やり同行させてもらった。
彼女一人では心配だったからだ。
なにが心配って、その可能性は限りなく低いが万が一にでもゴブリンの集落を襲っているのが人族だった場合、彼女に皆殺しにされてしまう。さすがに、それは看過できない。
「ぐるる。わおん(すまないが、ゴブリンの集落まで連れていってくれないか? 襲われているそうなんだ)」
「オオーン(よかろう。背に乗れ。ところで魔王様も一緒に行くのか? 魔王様を乗せるのは初めてだから少し緊張してしまうな……。あまり乗り心地が良いワケでもないし、魔王様は怒らないだろうか? あとで打首なぞ我は御免だぞ?)」
「ぐるー。ぐるわん(心配するな。魔王様は心の広い方だ。むしろ騎乗を楽しんでくれることだろう)」
「グルゴゴゴ(なるほど。もしかして、連れて行ったらご褒美とか貰えるのだろうか? ならば、最近抜け毛が激しいので、そういったことを防ぐ道具が欲しいのだが……)」
「わおーん(後日、魔王様に私が掛け合ってやろう)」
「オーン!(それは有り難い。まったく、歳は取りたくないものだな……)」
俺には二人が唸ったり吠えたりしているだけにしか見えないが、これは会話をしているんだろうか?
「それでは魔王様。背にお乗りください。かなり揺れますが、出来れば毛は引っ張らないでやってください。最近、抜け毛で悩んでいるそうですので」
「わかった。胴体にしがみ付いておく」
こうして、俺たちはフェンリルの背に乗って集落へと向かった……のだが、これが揺れる揺れる。
あまりの揺れ具合にフェンリル酔いしてしまいそうだ。
たぶん昔の俺なら途中で吐いていた。魔王の強靭な三半規管に感謝しなければ……。
「おぅぷ……。気持ち悪い。この揺れ……何度、乗っても慣れんな」
一方、ルドヴィカは普通に酔ってしまったらしい。はぁはぁ言いながら地面にしゃがみこんでいる。
「大丈夫か?」
フェンリルから降り、声を掛けると、ルドヴィカがピシリと背を伸ばす。
「……余裕です。気持ち悪くありません。……うっぷ」
顔を真っ青にしたまま言われても……。
「俺が行ってくるからルドヴィカは少し休んでて良いぞ」
「いえ、心配無用です。私も行きます」
彼女のことだから多少調子が悪くても問題ないだろうが……。
「グルグール(では、代わりに我が魔王様に同行しよう。ルドちゃんはココで休んでいると良い)」
「ぐるー(それでは私が来た意味がなくなるではないか。私に恥をかかせるつもりか? お前はココでお留守番していろ。ステイ!)」
何やら、また二人が唸り合っている。たぶん会話しているんだろう。
しばし二人の唸り合いを眺めていると、コチラに向かってくる魔物の姿が目に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます