第19話 空の旅。そして、落下。

「わー、高いです。落ちたら死んでしまいます」


「こら、あんまり身を乗り出すんじゃない。落ちたら本当に死んじゃうから」


 俺とプリセラは今、上空数百メートルの位置を飛んでいた。隣にはルドヴィカもいる。別に浮遊スキルを使っているわけではない。俺たちは空飛ぶ荷台の上だ。


「魔王様が考案なさった乗り物、素晴らしいですね。発明と言っても過言ではありません」


「そうか? 誰でも思い付く気がするんだがなぁ」


 ルドヴィカは誉めているが、俺が考案した乗り物とは、ハーピーに木製の荷台を運ばせるだけの単純な作りのものだ。


 子供でも思い付きそうなものだが、どうやら誰も思い付かなかったらしい。案外、発明というのは、ふとした拍子に誰でも思い付くものなのかもしれない。


 それとも俺が現代の知識を持っているから簡単に思い付くんだろうか?


「当然ハーピーに運んでもらうことはありましたが、大体いつも脚にしがみ付くスタイルですからね」


 ハーピーにしがみ付いた彼女が運ばれていく姿を想像すると少し笑えてしまう。


「それだと長距離移動はキツいからな。途中で握力が尽きて手を離してしまう可能性もあることだし」


「……あとは、この騒がしさをどうにか出来れば完璧ですね」


「ああ、これはこれでキツいな」


 俺たちは荷台に乗っているだけだから楽は楽なのだが、さっきから運び手のハーピーたちが頭上で「ハピハピ」と掛け声を叫び合っていて喧しくて仕方がない。


「確かにうるさいですが、揺れないようにするためですから仕方ありません」


 声を掛け合っているのは荷台の平行をキープするためらしいので、この騒音は諦める他ないだろう。


「そう言えば、プリセラもハーピーに運ばれてきたんだよな? 腕ツラくなかったのか?」


 ふと、研究所のグンターがプリセラを「ハーピーに運ばせる」と言っていたことを思い出す。


 あそこから魔王城まで結構な距離があるから相当しんどかっただろう。


「プリセラは袋に詰められて運ばれたのでツラくなかったです。運んでくれたハーピーさんの方がツラそうでした」


 まるで物みたいな扱いだが、彼は人造人間ホムンクルスを物くらいにしか思っていないので当然の扱いなのかもしれない。

 もちろん感情ある彼女たちを物扱いすることに俺は納得いっていないが……。


「そうなんだ……。袋に詰めるまで思い付いたなら、この荷台方式も思い付きそうなもんだけどな。すでに馬車はあるんだし」


「いえ、凡夫の我々では思い付きません。ゴブリンに農耕をさせた件もそうですが、魔王様が持つ当たり前の思考も我々にとっては考えの埒外なのです」


「そんなにおだてないでくれ。煽てたって何も出てこないぞ?」


 彼女は「私の言葉は本心からのものです」とだけ言うと前方に目を向けた。会話をしていたら、いつの間にか目的地に到着したようだ。


 すっからかんの魔王城付近と違い、家屋が立ち並び、まるで米粒のように大勢の魔族たちの姿も目に入る。


 この辺りを取り仕切る領主の腕がよくわかるというものだ。


「さすがはメイヴィスだな」


 俺がわざわざ空の旅までしてメイヴィスの領地まで来たのは彼に会うため……ではなく、この付近に住んでいるという変わり者のドワーフに会うためだ。


 ルドヴィカの話によれば、そのドワーフは結界技師で、その技術は連合軍の総帥である国王に仕えるほど高かったという。

 なんでも、彼は強固な結界を発生させるマジックアイテムを作れるのだとか。

 今、俺が求めるものにドンピシャのドワーフだ。


 何故、そんな男が王国を捨ててまで魔族の領地で隠居しているのかは不明だが、ともかく彼は、魔王軍に与するドワーフの知人を頼った結果、メイヴィスの領地に居着いたらしい。


「メイヴィス殿には先に書状で伝えてありますが、一度彼の屋敷に顔を出してからドワーフを探すのが良ろしいかと。彼ならドワーフの詳細も知っているでしょうし」


「それが筋だな。勝手に領地をウロウロするのも無礼だろう」


 俺たちが今後の方針を話す中、プリセラは物珍しそうに辺りを見回している。観光気分なのかもしれない。


「あそこの家は大きいですね。花がいっぱい咲いててキレイです」


「ああ、あそこがメイヴィス殿の屋敷だ。庭に花を植えているのは娘さんだろう。彼の娘さんは——」


 ルドヴィカの話の途中、遠方で何かがキラリと輝いた。瞬間、ゾワリとした殺気を感じる。


「ルドヴィカ! 対ショック!」


「えっ!? 対ショ? 何ですか!? えっ!?」


 逃げ場のない荷台の上で、咄嗟にプリセラを抱きしめる。

 次の瞬間、俺たちは落下していた。


◇◆◇


 人気のない路地裏をマイセンがいく。目的地があるようで足取りに迷いはない。

 そんな彼に薄汚れた黒いローブを羽織った男が近づいていく。


「どうでしたか?」


 突然、背後から話しかけられ、マイセンはビクリと震えるも、振り返って声の主を確認すると、眉を上げて怒りの表情を顔に浮かべた。


「勝手に出歩くなと俺は言ったはずだが?」


「姿を見られたとしても、どうということはございません。目撃者など消してしまえば良いのですから。……で、どうでしたか?」


 ローブの男がフラフラと彷徨う幽鬼のような足取りで隣に並ぶ。対してマイセンは眉を顰めて、これ見よがしに距離を取った。


 格の低い魔族が自分の隣に立つなど決して許さぬ、といった具合だ。


「……申し分ない。まるで魔力が体の底で震えているようだ」


 マイセンが自らの力を確かめるように手を握りしめ、ぶつふつと呪文を唱え始める。

 突然、何かに切り裂かれたかのような大きな傷跡が地面に現れた。


「それは良かった。やはり私の目に狂いはなかったようだ。貴方なら、その力を使いこなせると思っていたのです」


「当然だ。俺を誰だと思っている? 俺はな、皆から暴虐の風と呼ばれて恐れられている男なんだ。そこらの凡夫と一緒にするな」


 ローブの男が、その奥でニヤりと笑う。言った本人の方は自らの二つ名を笑われたことに気が付いてすらいない。


「これは失礼いたしました。……して、更なる力をお望みですか?」


「それも当然だ。俺にはオヤジを魔王にするという崇高な目的があるんだ。そのためには力が必要だ。それも魔王を殺せるほどの力がな」


「……ご期待に添いましょう」


「期待している。上手くいったら、お前にも相応のポジションを用意してやってもいいぞ?」


「それはそれは……。メイヴィス魔王のもとでマイセン様が人事を取り仕切るというわけですか?」


「言わずもがな、だな。嫡男の俺にはその権利がある。当然オヤジもそれを望むはずだ。そして、いずれはこの俺が魔王だ……」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ華々しい未来を思い描くマイセン。その姿をローブの男は無感情に見つめていた。


「……ああ、それと実は良いことを思いついたんだ。あとでお前にも話してやろう」


「……良いこと? それは楽しみですね」


 そうして男たちは、しばらく歩くと路地裏にある崩れ掛けの廃屋に入っていったのだった。

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