第18話 守るための方法

 魔王城の執務室にてルドヴィカは俺に頭を下げ続けていた。


「もう頭を上げてくれ。俺は無事だったんだから」


 閃光ぶっ放し男に襲われたあと、俺はルドヴィカに魔王城まで無理やり連れ帰られていた。


 〝守衛のため〟とのことだが、魔王城だろうが集落だろうが俺にとって危険なことに変わりはない。魔王城にも獅子身中の虫がいるはずなのだから。


「ですが、私がおそばにいれば、こんなことには……。面目次第もございません」


「全くだ。貴様がついていながら、主人あるじに刃を向けられるなど、なんたる失態か。恥を知れ、ルドヴィカ!」


「……っく」


 平時であれば、アラベラタに言い返すはずなのだが、彼女は事態を重く受け止めているのか苦虫を噛み潰したような顔を見せるのみだ。


「アラベラタも、そうカッカするな。ルドヴィカは他の仕事をしていたんだ。俺が頼んだ仕事を、だ。彼女に罪はない。俺には傷ひとつ付いていないんだし、あんまり怒ってやるな」


 無事を示すため椅子から立ち上がり、クルリと全身を見せてみれば、彼は渋々と言った感じで頷いた。


「魔王様がそうおっしゃるのでしたら……。ルドヴィカよ。わかっていると思うが、本来であれば、これは自らの首を切り落としても精算し切れぬほどの大失態だ。主人あるじの寛大なるお心に感謝せよ」


「お前に言われなくとも重々承知している。魔王様。お慈悲に感謝いたします。この御恩には必ず報いますので」


「気にするな。それにアイツが光線みたいのをぶっ放したお陰で集落から魔王城の間に半分ほど道ができた。ある意味で俺はアイツに感謝している」


 あの男が魔王城から集落の中間地点あたりまで平らげてくれたから、あとは舗装するだけで道が半分ほど完成する。

 だいぶ手間が省けた感じだ。


「敵の攻撃すら自らの利にしてしまうとは……恐れ入りました」


「いや、アラベラタ。あれは偶然そうなっただけだ。俺が狙ってやったワケじゃない」


「なるほど。魔王様に利するように世界が動いたと。なれば、当然の帰結といったところでしょうか」


「俺はそんな大層な男じゃないって」


 当然ではなく偶然だと言っているんだが、アラベラタは俺の話をキチンと聞いてるのか?


「ハッハッハ、ご謙遜を。……それで、襲撃犯は勇者で間違いないのですね?」


 アラベラタが歯を見せ笑うと、スッと表情を真剣なものに変えた。今回の襲撃事件は〝犯人を探して、はい、終わり〟なんていう簡単なものではない。

 襲撃犯は連合軍の最終兵器と呼んで差し支えない勇者なのだから。


「ああ、あの聖痕は勇者の証だ。まず間違いない」


 男の手にあったアザ。あれは勇者にだけ現れる聖痕と呼ばれるものだ。


 そして、あの男が手にしていた剣は七理剣セブンスアリーティアといって、勇者が持っているはずの聖剣。


 十中八九、あの男が勇者なのだろう。


 せっかく安心して過ごせる場所を作ったというのに、今度は勇者に襲われるとは、やはり俺はツイていない。


「勇者め……。次に現れたら私が八つ裂きにしてくれる……」


 アラベラタの憤慨もわかるが、まずは集落の防衛措置を取るべきだ。


 今の状況ですら安眠できないのに、勇者が考えなしに単独でコチラに乗り込んでくる無頼漢となれば、いつまで経っても枕を高くして寝れやしない。

 よしんば俺は襲われても何とかなるとして、プリセラやゴブリンたちには勇者の攻撃を防ぐ手立てがない。


 早急に彼らを守るための手段を見つけるべきだろう。


「ともかく集落の防衛を強化しなければな」


「それでしたら、小耳に挟んだ話なのですが、実は——」


 そう切り出したルドヴィカの話を聞き、俺の次なる目的が定まったのだった。


◇◆◇


 魔王城から北西に位置するところに、ツタに塗れた大きな屋敷がある。

 この辺り一帯を取り仕切るメイヴィスが所有する邸宅である。

 その邸宅の一室で家主のメイヴィスが椅子に座り、息子であるマイセンの話に耳を傾けていた。


「何でわかってくれないんだ! これ以上、下賎な魔族に魔王軍を任せちゃおけねえよ! 由緒ある家柄のオヤジが魔王になるべきだ!」


 マイセンはいつも、この調子である。メイヴィスは魔王の懐刀と呼ばれるほどの男だが、一方、彼の息子は魔王を魔王と認めていない。


 魔王に相応しいのは自分の父であると吹聴してさえいるのだ。


「わかってくれないのはお前だろう。散々言ってるが、俺は上に立てるような男じゃない。魔王はアイツが適任なんだよ。家柄の良し悪しなんて、どうだっていい話だ」


 マイセンがいつも通りであるのなら、メイヴィスもまたいつも通りだ。息子の啖呵に困り顔をしながら説得に回っている。


「周りの奴らだって言っている。オヤジが魔王になれば付いていくってな。皆も魔王に反感を持ってるんだよ。今が立ち上がる時だ」


「マイセンよぉ。それは違う。魔王軍っていうのは色んな奴がいる。だから、誰が魔王になったって反感を持つ奴が出てくるんだ。だがな、反感を持ってようが、纏まるためには同じ方向を向かせなきゃならねえ。その調停が俺の役目だ」


 メイヴィスが首元を掻きながら何度も聞かせた口上を再度息子に言い聞かせるも、その息子は不満を唸りに変え、喉から捻り出すのみだ。


「オヤジほどの男が、ただの調停役なんて馬鹿げている。納得がいかねえ。そんなもん、アラベラタにでもやらせておけばいいんだよ」


「アイツは魔王の近くを離れられねえだろ」


「じゃあ、あの魔王にべったりのクソ女にでもやらせておけよ!」


「ルドヴィカは、まぁ……役者不足だな。少し短気が過ぎる。アイツこそ魔王の近くに居るのが丁度いい」


「じゃあ、誰なら調停役に適任なんだよ!?」


「だから、俺が適任だって、さっきから言ってるだろうが。少し頭を冷やせ」


「俺の頭は冴え冴えだ! もういい!」


 マイセンはドンっと握り込んだ拳をテーブルに打ち付けると立ち上がり、ドアへ向かって歩いていく。


「見てろよ、オヤジ。オヤジにその気がなくてもなぁ、俺がそうせざるを得なくしてやるよ」


 ドアの取手に手を掛け、親に背を向けたままマイセンがボソリと呟く。掛ける言葉も見つからずメイヴィスは去っていく息子をただ見守っていた。


 ドアがパタリと閉められる。残された彼は椅子の背にもたれ掛かり天井を見上げた。


「どこで間違えたのか。子育てってのは難しいもんだな……」

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