第17話 勇者
王都にあるホテルの最上階には、庶民の手が届かないほど宿泊料の高い、富裕層向けの部屋が存在する。
その一室で、教会の礼拝服を着た女がソファーに座ったまま目を閉じ、ブツブツと祈りの言葉を述べていた。
そんな中カチャリと部屋のドアが開かれる。現れたのは先ほど魔王に向けて光の刃を飛ばした男だ。
「どうでしたか? 勇者様。私の言った通りだったでしょう?」
聖職者が祈りを中断し、男に顔を向ける。本来、王国の国教に指定されている教の信徒は何があろうとも祈りを中断したりはしない。たとえ地震が起きたとしても、だ。
祈りを中断するという行為は、つまり彼女の信仰心の浅さを示しているのである。
「そうだな。君が言った通り確かに魔王らしきヤツがいた。大した護衛もつけずにな。まさか本当にあんな集落に魔王がいるとは思わなかったな」
「教会は嘘など申しません。さあさあ、そんなところに立っていないでコチラにいらしてください」
女の手招きに応じ、勇者と呼ばれた男が彼女の反対側のソファーに腰をかける。それを見た女は、そそくさと彼の隣のソファーに移り、そして、聖職者とあろう者が何を思ったのか、彼の手にその手を重ねようとした。
「……そういうのはヤメろ。気安く僕に触れるな」
勇者が手を引っ込め、軽く睨むが、女は何ともない様子で微笑んだままだ。
「ウブなお方」
「君は神の信徒だ。前にも言ったが、そういうのは良くない。もちろん僕にも君をどうこうする気はない」
「私は神の信徒として貴方様を勇気づけようとしているだけですのに……」
「もう一度はっきりと言う。僕は君の体に興味などない。申し訳ないが、そこらの砂粒程度にも興味が湧かない。理解したか?」
「……承知しました。それでは、領地だからと油断し切っている愚かな魔王に不意打ちと参りましょうか。我々が援護いたしますので、勇者様の
女が立ち上がり、勇者の前に来るが、彼は何とも言えない表情を浮かべるだけであった。
「……それなんだかな。実は、もう試しに魔王を攻撃してみたんだ」
「ハァ? ……ハァ? ……ハァ〜?」
先ほど女の尊厳を踏みつけられても笑顔を消さなかった聖職者がガチギレである。微笑みを携えていた顔が声を発するたびに歪んでいく。
「荷物を運んでて隙だらけだったし、チャンスだと思って……」
「もちろん手傷は負わせたんですよね?」
「たぶん無傷……だろうな」
「……ハァ〜? それで尻尾を巻いて逃げてきたと。勇者様は何をしに行ったんですか?」
「偵察……のつもりだった」
視線のやり場がわからず勇者は下を向く。一方、彼女はコメカミをひくつかせたものの、すぐに微笑を取り戻していった。
「やってしまったものは仕方がありません。大丈夫です。まだまだ機会はありますから」
「すまん。せっかく教会が情報をくれたのに僕は活かせなかった」
「謝ることはありません。考えてみれば、勇者というのは勇気ある者。勇者様のその行いこそ勇者である何よりの証なのでしょう。私の方こそ先ほどは声を荒立ててしまって申し訳ありませんでした」
ここぞとばかりに女は勇者に取り入ろうとする。軽く頭を撫で、まるで自分が上位者であるかのようだ。
そこへドアがドカーンと激しく開かれ、突然ローブを羽織った魔術師のような格好の少女が乱入してきた。
「リーヴェ! 良かったぁ。一人で魔王んとこに乗り込んだって、そこの女から聞いて、私、心配で、心配で」
「あらあら、騒がしいですね。それでは、私は教会に報告しなければならないので一旦帰ります。良きように報告しますので勇者様は心配なさらないでください。それと、あんな貧相な身体の女より私を選んだ方が賢明かと……。それでは失礼」
言い終わり際、女は勇者の頬をサラリと撫でると、魔術師の脇をすり抜け、部屋から出ていった。
「ねぇ、リーヴェ。あの女にも教えた方が良いんじゃないの? 絶対にリーヴェの操を狙ってるよ?」
今度は、部屋に入ってきた魔術師の少女が彼の隣に座る。聖職者のように手を握ろうとしたりはしない。むしろ、ソファに深く座り、両手を頭の後ろで組み気が置けない友人のような様子だ。
「いや、それはダメ。あの人は最近PTに入ったばかりだし、正直言うと私、彼女のことを信用できそうにないんだよね。余計なことは言わない方が良い気がするよ」
勇者の方も言葉を崩し、友人に話すような雰囲気を出している。
「まぁ、信用できないのは私も同感だけど。前任の回復役の子が行方不明になってるのも何か怪しいのよね〜。教会の陰謀的な?」
「陰謀かぁ。確かにね。……な〜んか馬鹿みたい。魔王を倒して世界を平和にして皆で仲良く暮らせば良いじゃん」
「それねー。でも、どうせ魔王を倒したら今度は内輪揉めだよ。共通の敵がいないとパパたちも全然まとまらないんだから」
「大丈夫、大丈夫。魔王を倒せば平和になるはずだから」
「リーヴェって勇者様の割にお気楽だよね」
「いやいや、それが既定路線ってだけで私だってお気楽じゃないよ? 今日、魔王を見てきたんだけど、頭にあったのと全然違っててさ。しかも見た目は普通なのに普通に強いの」
「そりゃあ魔王なんだから強くて当たり前でしょうが」
「そうなんだけど、そういう話じゃなくてぇ」
「はぁ……。なにを勇者様が弱気になってんのよ。ちょっとジェラートを買ってきてあげるから、それ食べて元気だしなさい」
「ジェラート!? もしかして奢ってくれるのっ!?」
「はいはい。今日のところは私が奢ってあげるわよ。じゃあ、ロビーに行って頼んでくるわ」
「はーい。いってらっしゃ〜い」
このあと、勇者と魔術師は遅れてやってきたエルフの仲間とともにキャッキャッとお喋りをしながら、舌の上でとろけるその甘さを堪能したのであった。
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