第16話 生産

 今回、俺が生産スキルで作成を予定しているアイテムは肥料Lv.10だ。

 ペイナイト以外の材料は、すでにシルニーに用意してもらっているため準備は万端。


「マスターは何をしているのですか?」


 生産ウィンドウを確認していると、プリセラが俺にそう尋ねてきた。

 生産ウィンドウは彼女に見えていない。きっと彼女には、俺が虚空で目を行ったり来たりさせている変な人に見えているのだろう。


「ああ、ペイナイトを使って肥料を作ろうとしているんだよ。ゴブリンたちは狩猟採集しかしないけど、それじゃ困る。豊かな暮らしをするために農耕してもらわないと」


「農耕? ゴブリンにそんなこと出来るんですか?」


「教えれば、きっと出来るよ。でも、そのためには準備が必要なんだ。肥料もその一つだね」


 確かに農耕は大変だ。朝から晩まで汗水垂らして働かなければ、思うようにはいかない。

 だが、準備してやれば、きっと彼らにも出来るはずだ。


 まず【悪魔からの招待ディアボリックスワンプ】で土地を平らげることは可能。すでにシルニーが農具の類を用意してくれているし、土地を耕す作業は力の強いオークに任せれば良い。アイツらは直立した猪みたいな見た目をしているし、そういう作業は得意だろう。


 そして、最大の問題点が土地の栄養なワケだが、肥料Lv.10がそれを解決してくれる。


「肥料って、そんなにスゴいんです?」


「本来の意味で言えば、そこまでスゴくはないんだけど、俺が作る肥料は特別なんだ。農作物が素早く大量に作れちゃう」


 良い肥料があるからといって効率が劇的に上がるものでもない。


 だが、この世界では事情が違う。この世界の肥料は農作物の成長速度を増大させる効果が備わっており、肥料Lv10は農作物を十倍速で成長させることが出来るのだ。


 人口爆発必至のブッ壊れ性能だが、作成にはレア鉱物が必要なので人口爆発などしてはいない。いくら早く作物が作れても、それ以上に資源が必要なのでは大赤字だ。商売として考えたら肥料Lv1を使うのが精々だろう。


「そうなったらゴブリンさんたちがお腹いっぱい食べれますね。マスターはとっても優しい」


 不意に誉められ、少し照れてしまう。ルドヴィカなどが俺をおだてる時は、どうしても旧魔王の影がチラつくけれど、彼女にはそんな部分がない。旧魔王を知らない彼女は俺を真っ直ぐに見て率直に誉めてくれているのだ。


「いや、優しいわけじゃない。俺は自分がお腹いっぱい食べたいだけだよ。魔王軍は貧乏だからね」


 これは照れ隠しではない。実際に、連合軍側の暮らしに比べるとコチラは貧しいのだ。魔王の食卓であっても家康並みに質素だ。


 このような状況に魔王軍が陥った原因は、ゴブリンやオークたちなど、大多数の魔物たちが持つ『必要なものは奪う』という思考にあるように思える。


 弱肉強食が世の理であるのだから彼らの考えを否定はしない。だが、平和的で豊かな生活を送りたいのならば、『必要なものは作る』に考えを改めさせなければならないだろう。


「そんなことないです。マスターはプリセラに優しいです。だからマスターは優しいです」


「そうか? まぁ、そんなことより肥料を作ろう。時間は有限だからね」


「了解です、マスター。プリセラは何をすれば良いですか?」


「プリセラは見ててくれれば良いよ。何もしなくて良い」


「わかりました。プリセラは何もせずにマスターを見ています」


 素直な人造人間ホムンクルスに見つめられる中、俺は生産作業を開始したのだった。


◇◆◇


 生産は無事成功し、大量の肥料Lv10が完成した。あとは、これを倉庫に運んで本日のお勤め終了だ。


「プリセラが運びます」


 そう言ってプリセラが肥料の詰まった袋をよいしょっと持ち上げる。人造人間ホムンクルスの彼女は見た目は幼くても力持ちなのだ。


「俺も一緒に運ぶよ」


「マスターは休んでてください。たくさん肥料を作って疲れています」


 疲れているか、と聞かれれば、それなりに疲れてはいるが、だからと言って彼女にだけ運ばせる理由にはならない。


「プリセラだけに運ばせたら、俺が悪い人みたいに見えちゃうぞ?」


「それは良くないです。ゴブリンさんやオークさんにマスターが嫌われたらイヤです。やっぱり一緒に運びましょう」


 彼女を見ていると自然に心が温まってくる。

 前世でも今世でも生憎と子宝を得たことはないが、娘が居たら、きっとこんな気分なんだろう。


 プリセラには何かを憎むのではなく、全てを愛せる子に育って欲しいと思う。


「よし、じゃあ早く運んじゃおうっ。で、終わったらご飯だ」


 肥料の入った袋を持ち上げ、歩き出す。後ろからプリセラがついて来た。


「ご飯、とても楽しみです」


「最近はゴブリンも味付けって文化を覚えてくれたからな。まぁ、大味なのが難点だが」


「プリセラは美味しいですよ?」


「そりゃ良かった。いつかプリセラにも和食を食べさせ————っ!!」


 瞬間、強烈な殺気を感じ、咄嗟にプリセラを抱えて思い切り飛び退いた。


 先ほどまで俺たちが居た場所を、まるでSF映画のレーザー光線のような大きな光が過ぎ去っていく。その光は森林を消し飛ばしながら直進し、遥か先まで平らげ、そして消え去った。


 光線がやってきた先に目をやれば、そこには薄水色の長い髪を後ろで一本に縛った中性的な男の姿。一振りの剣を持つ、その手には奇妙なアザ。


「避けたか……。まぁ、避けるか」


 男は、今しがたドス黒い殺気を放っていた奴と同一人物とは思えないほど落ち着いた様子で言ってのけた。


「いきなり何のつもりだ? もしプリセラに当たったらどうする?」


 一方、俺の声は怒気を孕んでいる。


 俺が怒るのも当然だ。いきなりプリセラを殺されかけて怒るな、という方に無理がある。


 どれだけ俺が平和主義的温和な性格だとしても、だ。


「お前がその娘を守らなかったのなら、その娘はお前にとってその程度の存在というだけの話だ。当たろうが、当たらまいが関係ない」


 いきなりぶっ放してきて、この無茶苦茶な言い草。少なくとも俺とは気が合いそうにない男だ。


 服装の雰囲気から察するに人族のようだが、この集落に現れたということは魔族か?


「お前、誰だ? お前みたいな喧嘩っぱやい知り合いを作った覚え、俺にはないが」


「お前こそ誰だ? ……と言いたいところではあるが、お前が魔王だな?」


「……人違いだ」


 正直に言う義理はない。それに、この男、あまり関わり合いになりたくないタイプだ。性格もそうだが、特に中性的な整った顔立ちに腹が立つ。


 何故、俺の周りはイケメンばかりなのか?(ただしゴブリンとオークは除外するものとする)


 世界はモブ面の俺を貶めて楽しんでいるんだろうか?


「そうか、そうか、人違いだったか。それは大変すまないことを……した!!」


 男が剣を振り下ろし、性懲りもなく、また光線がぶっ放してきた。決して謝罪しながらすることではない。


 もはや、わざわざ避けるのも腹立たしい。


 そんな風に思い、真正面から【裁雷パエニテンティアジーテ】Lv5で応戦。


 裁きの雷が光を容易く押し返していく。


 結果は俺の勝利。だが、すんでて男は襲い掛かる雷を回避していた。


「……こ、これが……魔王の力」


「怯んでいるところ悪いが、さっさと名乗れ。名乗らないのなら……」


 そこで遠くからルドヴィカが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。凄まじい光と轟音に異常事態を察してコチラに向かって来ているようだ。


「やはり一筋縄ではいかないようだな。魔王よ、今日のところは引かせてもらうが、次に会った時、お前の命がついえると知れ」


「逃げようとしてるくせに、よくカッコつけられるな、お前。それ、むしろ、恥ずかしくないか?」


「うるさい、うるさい、うるさーいっ!!」


 男は金切り声で俺を威嚇すると脱兎の如く走り出した。

 今なら後ろから攻撃できるが、するつもりはない。追うつもりもない。あまりにも情け無い去り際を哀れに思ったワケでもない。


 あの男は逃がす。それが俺の判断であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る