第15話 採掘と商談

 ルドヴィカに集落開拓の指示を与えると、俺はプリセラと共に魔王城からそう遠くないダンジョンまでやって来た。


 魔王になったからダンジョンに入っても襲われないだろうと俺は予想していたのだが、そんなことはなく魔物たちは普通に俺たちを襲ってくる。

 ダンジョンマスターの監督不行届だろう。


「プリセラ。あんまり俺から離れたらダメだからな?」


「了解しました、マスター」


 籠を背負ったプリセラが返事をしながらチェーンソーの刃をブーンブーンと動かしている。


 彼女が手にする武器は魔力に反応して刃を動かすチェーンソーだ。本来のゲームで彼女が使っていたものと酷似している。


 魔王城の宝物庫で護身用の武器を選ばせたところ、彼女はそれを手に取ったのだが、その行為に俺は物悲しさを感じてしまった。


 趣味は変わっていないらしいが、まさか死の運命まで変わっていないのではないだろうか?


 そんなことを考えながら襲いくる魔物たちを張り倒し、奥へと進めば、しばらくしてボスのいる間まで辿り着いた。


「我の眠りを妨げし者よ。死の覚悟は出来てっ……ま、魔王様! 何でこんなところに!」


 奥から大層な物言いで現れた双頭の大蛇が俺を見た瞬間に恐れ慄く。ダンジョン内の魔物たちは俺を知らなかったようだが、彼は俺を魔王と認識できるらしい。これ以上の無駄な戦闘は回避できそうだ。


「ここに来るまでの間だいぶ襲われたが、教育が行き届いていないんじゃないか?」


「あ、いえ……。私はここに住んでいますが、皆が皆、僕というワケではないと申しますか。自由にやらせていると申しますか。知能が低いので侵入者を自動的に襲ってしまうと申しますか。……いえ、すみませんでした。以後、気を付けます」


 ゲームで見た時は万物の上に立つ恐ろしい魔物であったが、言い訳を並べ立てる彼は、まるで哀愁を漂わせる中間管理職のようであった。


 そんな彼をあまり苛めてやるのも可哀想だろう。そもそも俺は蛇に小言を言いに来たわけではない。


「まぁ、良い。実は、この辺を少し掘らせて欲しいのだが、問題あるか?」


 双頭の大蛇に用はない。用があるのは、このダンジョンの最奥でしか採れない鉱物だ。

 この鉱物、色々と使用用途のあるのだが、いかんせん高難易度のダンジョンにある採取しずらいポイントでしか入手できない仕様だったのため、ゲーム内でも僅かにしか流通していなかった。


 どうやら、その仕様はこの世界にも適用されているらしく、長年この世界で生きる俺もその鉱物を目にする機会はなかった。


「それはお好きにしていただいて結構なんですが……あのー……」


 大蛇は何か言いたげにチロチロと舌を出し入れしている。俺が採掘することに何か問題でもあるんだろうか?


「言いたいことがあるのなら言え。不服か?」


「いえ……そのー、ここら辺を掘っても食べものは出てきませんよ?」


「……そんなことは知っている」


 俺がギロリと睨みつけると、大蛇は舌を出したままダラダラと汗を流し始めた。カエルを睨みつけて硬直させるヘビではあるが、ヘビも魔王に睨まれれば硬直するらしい。


「あっ、いえ、すみません! 出過ぎたマネでした! それでは私は奥に居ますので何かあれば声を掛けてください」


 そう言って大蛇は大穴に引っ込んでいった。ゲーム内でもこれくらい聞き分けが良ければ、採取も楽だったんだが……。


「よし、プリセラ。掘るぞ〜。レアな鉱物が掘り放題だ〜」


「プリセラ、頑張って掘ります。たくさん掘ります。えいえいおー」


 こうして、俺たちは掘れなくなるまでレアな鉱物を採掘し続けたのだった。


◇◆◇


 それから数日後。


 集落に作った俺専用の掘建小屋の中で商人のシルニーがルーペで俺たちが採掘してきた鉱物を鑑定していた。


「ふ〜む。何度見ても、やはりこれはペイナイトっ。希少な鉱物をこれほどの量……っ。これだけあれば一生遊んで暮らせますが、いったいどのようにして入手したのでしょうか?」


 シルニーが目を丸くしている。この量でも俺たちが採掘してきたものの一部だと知ったら彼女は何と言うだろうか?


 いくらでも取り放題だと知ったら気絶してしまいそうだ。

 だが、軽々しく採掘地を答えるわけにいかない。ゲームで得た知識は俺の生命線なのだ。唯一俺が他の者より優位に立てる手立てとも言える。


 とはいえ、それを教えたところで一般人が容易く採掘できるものでもないが。


「魔王城の宝物庫にあったとでも思ってくれ」


「なるほど、なるほど。そう思っておきましょう。詮索すると首が飛びそうですので」


 商人はこれだから助かる。儲けが出るのであれば余計な口出しはしない。


「それが身の為だ。で、どうだ? 俺としてはそれを元手に色々と用意して欲しいんだが」


「ええ、問題ありませんよ。ただ一つだけ質問なのですが、今後ペイナイトが市場に溢れかえるような事態にはならないでしょうねぇ?」


 彼女の心配も最もだろう。高値で買い取ったら、すでに市場に氾濫しており値が付かなかった、なんて笑えない冗談だ。


「流通量の問題なら心配するな。お前にしか売るつもりはない。信用できないか?」


 俺とて需要と供給の崩壊は歓迎しない。希少なものは希少だからこそ価値があるのだ。


「魔王様のお言葉です。ええ、ええ、その言葉を信用しましょうとも。それに貴方様は商売のイロハをわかっておられるようですので、自らが損をするようなことをしないでしょうし」


「では、交渉成立だ。細かい段取りはルドヴィカと頼む」


「承知しました」


「ああ、それと、もし必要なものがあれば、俺が探してくるぞ? 俺が知っているものという条件付きだがな」


「それはそれは助かりますねぇ。商売の幅が広がりそうです」


「何かあれば、いつでも言ってくれていいからな?」


「はい。では、今後とも良いお付き合いを」


 そう言って彼女は掘立小屋をあとにした。残ったのは俺とプリセラだけ。


「さーて、次は生産といくか」


 首をコキコキと動かしながら生産ウィンドウを開く。

 俺がペイナイトを採掘してきたのには、売却以外にもう一つ目的があった。

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