第14話 商人のシルニー

 諸侯会議が終わったあと、俺はルドヴィカとプリセラを連れてゴブリンの集落へ向かった。


 フェンリルタクシーに初めて乗ったプリセラは、最初の内こそ普段通りに無表情であったが、次第に顔を青くし始め、最終的に落狼し掛けていた。


 道なき森を走るフェンリルタクシーは横揺れ縦揺れともに酷いのだ。プリセラが酔うのも無理はない。


「マスター。プリセラはとても気分が悪いです。ナゼですか?」


 まだ拙いところがあるとはいえ、彼女はだいぶ流暢に話せるようになってきている。

 人造人間ホムンクルスが物事を吸収する速度は凄まじい。この調子なら、すぐ普通に話せるようになりそうだ。


「生き物ってのは揺らされると気持ち悪くなるんだよ。動くのがツラいようなら、休めるところまでおぶって行ってやろうか?」


「大丈夫です。マスターにおぶられるのはイケナイこと。私はマスターのメイド。立場はわきまえます」


「では、プリセラは私がおぶって連れて行きまましょう。……うっぷ」


「いや、ルドヴィカも酔ってるじゃないか。こりゃ、他の移動手段も探しておかないとな」


「ワオーン(もしや我ってば早くも解雇の危機なのでは? 言葉はわからないが、雰囲気で、なんか、そんな気がする)」


「確かに他の移動手段があると良いですね。このフェンリル、かなり揺れますし」


「ワオーン(ルドちゃんは我の友達だよね? 我の悪口、言ってないよね?)」


「森を切り拓いて魔王城と集落の間に道路を敷くか。馬も用意できると良いんだが」


「ワオーン(魔王様が他の乗り物に浮気しようとしてる予感!)」


 そうこうしているうちに、ゴブリンの長老とオークの暫定リーダーがコチラに気が付き、駆け寄ってきた。


「これは、これは魔王様。よくぞ、おいでくださいました」


「ごぶーり(おはようございます)」


「おお! 魔王様が我々の言葉を……。なんと光栄な」


 実を言うと俺はルドヴィカにゴブリン語を少し指南してもらった。とは言っても、まだ挨拶くらいしか出来ないが。


「ぶいーひっ(こんにちは)」


「ブ、ブーヒ(ま、魔王様が我々の言葉をっ)」


 もちろんオーク語も少々かじった。当然、コチラも挨拶程度だ。

 だが、挨拶はコミュニケーションの基本。挨拶するだけでも、だいぶ心象が違うはずだ。


「ああ、魔王様が我々の言葉を……」


「ブヒ(なんと偉大なお方か)」


 目の前のゴブリンとオークはとても喜んでくれているみたいだし、勉強した甲斐があった。


 日本語で挨拶をしたら会場が沸いてしまった時の海外スターは、こんな気分なんだろうか?


「はいはい。お二人さん。感激しているところ申し訳ないんですが、ちゃっちゃと私を紹介して貰っても宜しいですかねぇ?」


 そう言いながらコチラに近づいてきたの猫耳と尻尾の付いた人間。だが、ただのコスプレ女ではない。彼女はウォーキャット。この世界では猫人族ねこひとぞくと呼ばれている種族だ。


「そうであったな。魔王様。ご紹介いたします。彼女はシルニー。商人をしているそうです」


「シルニー? メルニーじゃなくてか?」


 俺は長老の紹介を聞いて、つい口走ってしまった。ゲーム通りなら彼女はメルニーという名のはずだ。


 プレイヤーの行く先々に現れ、色々と用立ててくれたり、魔物からのドロップ品を買い取ってくれる便利な商人ではあるが、非常に低い確率で持ち金の20%を盗んでいくことがある手癖の悪い嫌なキャラだ。


 そんなものは都市伝説だと言われていたが、実際に俺の身にも一度そのイベントが発生したことがあるので、その手癖の悪さは事実。


 ドロップ品を売却したはずなのに持ち金が減っていて呆然とした記憶は、たとえ転生しても消えはしない。

 このキャラを考えた奴はかなり性格が捻くれていると俺は思う。


「おや? 魔王様は姉とお知り合いで? アイツは王国で商売しているはずなんですが」


 なるほどメルニーとシルニーは姉妹だったのか。これはマズった。


 取り敢えず、誤魔化しておくか……。


「いや、会ったことはない。風の噂でメルニーという可愛い猫人族の商人が居ると耳にしただけだ。てっきり君がそのメルニーだと思ったんだが、君の姉だったか」


「あら? お上手ですねぇ。さり気なく私も可愛いと言ってくださっている。お噂はかねがね聞いておりましたが、ウワサは所詮ウワサというワケですねぇ。魔王様は意外に遊び人の気質でいらっしゃる?」


 シルニーがどのような噂を耳にしていたのか知らないが、この様子だと「堅苦しい」だとか「気難しい」だとか良くない方向の噂だろう。


「遊べるなら遊びたい。それは誰だってそうだろ。……で、商人が俺に何のようだ?」


「商人ですから、そりゃあ目的は一つですよ。この度、魔王様が新たに集落の開拓を始めたと耳にしまして、そのお手伝いを……という次第にございます」


 商人というやからは耳が早い。俺がこの集落を開拓すると言ってから、さして時間も経っていないというのに、どこからどうやって嗅ぎつけたことやら。


 どうにも怪しげではあるが、商人というのは良い。信頼、信用を重んじる彼らとの関係は常に金の上にある。金で繋がった関係であれば、気も楽。ある意味で魔王軍の者たちよりも信用できるのだ。


「お前は、例えば傭兵のようなものも取り扱っているのか?」


「傭兵ですか? もちろん、そういったものも都合はつきますが、魔王様は私兵を欲しておいでで?」


「例えばの話だ。取り敢えず、大きめの籠と頑丈なツルハシが欲しいんだが、すぐに用意できるか?」


「はいはい〜。すぐにご用意いたしますとも。それでは、しばしお待ちください。あっ、それと二度と姉のことは口はしないで貰えると嬉しいですね〜。あの女の話をされると虫唾が走りますので」


 俺にも姉が居たから、何となく彼女の気持ちがわかってしまった。俺の方は彼女のように家族を憎んだりはしていないが……。


 なんだかシルニーとは長い付き合いになりそうだ。

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