第3話 魔王城

 魔王討伐から三日ほど経過した。


 俺は今、魔王城の執務室にあるフカフカの椅子の上で激しく貧乏ゆすりをしている。

 さっきから魔王城がガダガダと揺れているが、それは俺の貧乏ゆすりが原因だ。


 何故こんなところに俺が居るのかと言えば、話は単純で、俺が魔王だから。


 あの後、突如現れた魔王軍の幹部を名乗る者に魔王城まで案内されてしまった、という次第だ。


 魔王を倒したら魔王になるとは全くの道理。単純な話である。……などと納得できれば、城が揺れるほど脚をガダガダと揺らしたりはしない。


 だが、たとえ納得できずとも、それが事実。


 どうやら、この世界では支配者ルーラーイコール魔王という等式が成り立っているらしいのだ。

 あの事件の前後で俺の身に起きた変化を思慮すれば、そうとしか考えられない。


Name;エルク

Job;支配者ルーラー

Base Lv;255

Job Lv;99


 何故、支配者ルーラーというJobが魔王を指すのかは、さておき、ステータスウィンドウを見てもらえばわかるように、俺は今、支配者ルーラー……つまり、魔王なのである。


 まったく困ったことだ……。


 そして、これは別に困ったことではないのだが、俺のLvが異常なほど上がっている。


 このゲームでは99がLv上限だったはずなのだが、すでに俺のBase Lvはカンストどころか限界突破の状態だ。


 そもそも99Lvまでに必要な経験値ですら膨大なのに、俺が倒した旧魔王はどんだけの経験値を含有していたんだ?


 必死の思いで二十年も掛けてLvを40まで上げたのがバカらしくなってくる。

 魔王の経験値含有量を知ったら、きっとメ○ルスライムも真っ青になって、元のスライムに戻ってしまうに違いない。


「魔王様。如何なさいましたか? 魔王様のお力に城がガダガダと恐怖しておりますが……」


 独り虚しさを感じていたら、脇に控えていた魔王軍副官のアラベラタに声を掛けられた。

 三日前、地面にへたり込んでいた俺に後ろから声を掛けてきた男だ。


 この男、モブ然とした俺とは対照的に、長く美しい銀髪を持った長身のイケメンで、おまけに声まで渋い。吸血鬼ヴァンパイアの王だと言われても納得のいく威厳ある風貌だが、実際に彼は吸血鬼の王らしいので、それも当然だろう。


「いや、何でもない。気にしないでくれ」


「失礼しました。ですが、何か気掛かりなことがありましたら何なりと私めに……」


「大丈夫。何でもないんだ。気にするな」


 アラベラタは魔王に絶対の忠誠を誓っているみたいなのだが、その割には魔王が別人に変わっていることに全く気が付いていない様子だ。


 「黄金のツノも生えてないし、全く見た目が違うんだけど、何で気付かないの?」と一度尋ねてみたい。


 別人だとバレたら彼に何をされるかわかったもんじゃない、もちろん実行する気はないが。


 余談だが、彼は〈ラーマスフィアー〉の男性キャラの中でも一二を争うほど人気があった。

「首元にお噛み付きいただきまして、エナジードレインされたひ」とはゲームで知り合った女性(自己申告)の言葉である。


「そうですか……。ですが、魔王様——」


「いい加減に黙れ、吸血鬼。今、魔王様は気にするなと二度もおっしゃった。お前には聞こえなかったのか?」


 引き下がらなかったアラベラタを厳しい口調で咎めたのは、同じく魔王軍の副官で、燃えるような赤い髪を持つ美人なお姉さんだ。


 アラベラタの反対側に控えていた彼女の名はルドヴィカ。


 見た目的には人間の女性で、軍服風なのに何故か胸元だけ大きく空いた何とも目のやり場に困る衣装に身を包んでいる。


 ゲームをプレイしたこともないのに彼女のコスプレをしている女性が散見されたのは、衣装の艶かしさ故だろう。


「私は魔王様を心配しているだけだ。黙るのは貴様の方だぞ、ルドヴィカよ」


「お前は主人あるじを何だと思っているんだ? 魔王様は吸血鬼ごときが心配して良いお方ではない。身の程を知れ」


「……吸血鬼……ごとき? もしや貴様は私にケンカを売っているのか?」


「そう聞こえたか? 私にそんなつもりはなかったんだが……。血の吸い過ぎで頭に血が昇りやすくなっているんじゃないか? なぁ、吸血鬼」


「……なるほど。やはり貴様は私にケンカを売っているわけだな」


 三日ほど様子を見てわかったのだが、この二人は、同じ副官という立場にあるせいか仲が悪い。ライバル的な意味で互いの存在が気に食わないのだろう。

 おかしな言い回しだが、魔王軍の奴らも中々にところがある。


 とは言え、このまま二人を放っておくわけにもいかない。


「アラベラタ。ルドヴィカ。口喧嘩は——」

「「申し訳ございません!」」


 やめろと言う前に二人がピシャリと背を伸ばしていた。先んじて謝るとは、どうやら怒られることをしている自覚はあるらしい。


「で。さっき何か言い掛けていたけど、言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれ」


 二人のケンカが止んだため、話を元に戻す。


 俺の方から根掘り葉掘り尋ねるわけにはいかない以上、彼らとの何気ない会話が重要な情報源だ。それに、最後まで聞いておかないと何だか気持ちが悪い。


「ええ。批判するつもりなぞ毛頭ございませんが、魔王様の話し方が前と少々変わった気がするのです。いったい、どうしたのですか?」


 話し方の前に、そもそも見た目が変わっているんだが、そこは気にならないんだろうか?


「特に変わっておらんぞよ」

「……ぞ……よ?」

「ぞ……よ」


 俺の言葉づかいに二人がキョトンとしてしまった。『ぞよ』はいかめし過ぎだったか。


「冗談だ。少しイメチェンしようと思って話し方を変えているだけだから気にしないでくれ」


 こう言っておけば、そのうち慣れてくれるはずだ。なにせ、見た目が変わっても気にしない奴らだ、口調の変化くらい問題のうちに入らないだろう。


「そうでしたか。それは失礼いたしました。今後は気にしないようにします」


 アラベラタが頭を下げ、これで落着と思われたのだが……。

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