第31話 おぜうの普通
ユウキが寝入ってしまった後、しばらくして絢音は「朝食にしましょう」と遥と笙子を誘った。
ユウキを起こさないよう別室に移り、普段どおり起床し既に業務に就いていた沙織里に給仕をさせる。まるで長年の友人同士のように他愛ないやり取りを交わしつつ食事を終え、各自にお茶が行き渡ったところで絢音は控えていた志桜里に指示を与えた。
「志桜里。二人にアレを」
「──はい。天城さま、櫻井さま、こちらをどうぞ」
「どうも……って、は? 転入学、願書……? なにこれ?」
志桜里から差し出された書類を受け取り、そこに印字された文字を見て、遥が片眉を持ち上げた。
「なるほど……白百合学園高等部、ですか。つまり?」
笙子が物知り顔で尋ねてくる。
絢音はお茶を一口含み大きく頷いた。
「ええ、
絢音が中学の三年間を過ごした場所でもある。
「たしか女子校ですよね?」
「そうよ」
頷くと笙子の瞳がキラキラと輝いた。
「そんで? いや、もう大体わかるけどさ」
遥がなんとも言えない表情で先を促す。
「夏休み明け、二学期が始まるタイミングで私とユウキはそこに転入するわ。それでもし良かったらだけど……あなたたちも一緒にどうかと思っ──」
「行きます!」
「おわ!?」
笙子のあまりの食い付きに、遥の顔がひきつった。正直、今のは絢音も驚いた。いやまあ、たぶん笙子なら乗ってくるだろうとは思っていたのだが。
「遥さんは行かないんですか? 行きますよね? ねえ、一緒に行きましょうよ!」
「あ、はい」
「というわけで絢音さん! お願いします!」
「え、ええ。私は誘った側だから嬉しいのだけれど……遥は本当にいいの? ちゃんと自分の意思で決めてくれていいのよ」
「あ~……うん、ぶっちゃけ今のだと笙子ちんの勢いに負けたようにしか見えないかもだけど、ちゃんとあたしの意思だから大丈夫。あたしらダチだろ? 一人だけ仲間外れは悲しいじゃん」
「そう、なら良かった。手続きは全てこちらで済ませるから特にすることはないわ。あとは親御さんへの説明が必要でしょうけど……それには志桜里を付き添わせるし、掛かる諸費用もうちが持つから安心してちょうだい。あなたたちはほとんど身一つでも大丈夫よ」
「あーうん、普通ならお金のこととかいろいろと遠慮しなくちゃなんだろうけど……まぁ、そっちは白百合家だし気にしたら負けだよね……。お願いします」
「お願いします! あ、白百合学園て中学からは全寮制でしたよね?」
「ええ、そうよ」
「えっ、そうなん?」
笙子はなんだか嬉しそうだが、遥は目を丸くしている。
「遥は知らなかったようだけれど……大丈夫? 無理なら通いにすることもできなくはないけれど」
「へ? ああ、うん。ぜんぜん大丈夫ってか、むしろ家から出れんのは嬉しいかも」
「そ、なら良かったわ」
遥には何かしらあまり家に居たくない理由がありそうだが、それは追々知る機会もあるだろう。今はそっとしておくことにした。
「あ、ところで絢音っち。この話、ユウキには?」
「まだよ」
「え」
「けど、彼女のご両親からは既に了解をいただいているから大丈夫よ」
「え」
「あ、それなら大丈夫ですねー」
「え」
「どうしたの遥? さっきから変よ」
「ですです。え、しか言ってませんよ?」
「えぇ……。いや待って。これ、あたしがおかしいの……?」
「?」
絢音は笙子と顔を見合わせた。
「??」
笙子も不思議そうにしている。
「はぁ……まぁいーや。あいつもどうせ断りゃしないだろうし」
(うーん? 何か事を成そうとすれば当然、外堀から埋めていくのは普通だと思うのだけれど……。遥は一体何をそんなに呆れているのかしら)
「絢音っち、あんた可愛く小首を傾げてっけど、ぜってーろくでもねぇこと考えてるよな」
「むっ、失礼ね」
自分を人格者などと思ったことは一度もないが、少なくとも今考えていたのは常識的な内容だ。その辺りを言葉にして説明すると、
「はぁ……。あたしも大概だけどさぁ、たぶん絢音っちは幼稚園からやり直したほうがいいって」
さらに呆れられてしまった。
「むぅ」
他の人は、と視線を走らせれば、笙子はニコニコと笑っており、沙織里もまた優しく微笑んでいる。
(……それは一体全体どういう笑みよ)
──意味がわからない。
と、今度は一番付き合いの長い志桜里を見れば、彼女はなぜか項垂れており片手で顔を覆っていた。
(もう……っ、なんなのよ……!)
まるで私に常識がないみたいじゃない。
「ふん」
強めに鼻息を一つ。絢音は憤りごと温くなった紅茶を一気に飲み干した。
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