第30話 サンデーモーニング(後)
「ふふっ……ねえ、ユウキ? もっと強く抱きしめてくれてもいいのよ?」
蠱惑的な笑みを浮かべ、絢音が囁く。背筋をぞくり、と何かが駆け抜けた。
「はわわっ、あのっ、そのっ、これは決してわざとではなくて──」
実際、事故のようなものだった。ユウキは言い逃れを口にしつつ抱擁を解こうと身動ぎするが──
「だめよ」
逆に絢音から抱きつかれてしまう。
「ぇ……ちょ、あの? 絢音……さん?」
「もう少しだけ──お願い。それとも……嫌かしら?」
「うぐっ」
その聞き方は正直ずるい。
「えと、嫌……ではないけど。その……、絢音さんこそ嫌じゃないの? 僕、見た目はこんなんだけど、ついこの前まで男だったんだよ?」
「でも、今は女の子だわ」
「見た目はね」
「中身は今も男の子?」
「……よく、わからない。自分でも『ああ、僕は女の子になったんだな』って思う瞬間もあるけど──」
「その逆もあるのね」
「………………」
「たとえば──、私を異性として見てる」
「……気持ち悪いでしょ?」
ユウキは自嘲した。今の自分はどっちつかずの中途半端な存在だ。男とも女とも断言できない。
「いいえ。そんなことは全くないわ」
「! いや、でも……」
「ユウキ。一つ聞きたいのだけれど」
「な、なに?」
「以前のあなたはLGBTQ──いわゆる性的マイノリティに属する人々に対して差別的感情を抱いていたりしたかしら」
「………………えっと?」
「ごめんなさい、少し唐突だったわね。けど、大事なことなの。どんな答えでも私は絶対に批判したりしないから正直に答えてくれないかしら」
「それは……その……なんというか……。なんとも思ってなかった……かな。あ、いや、正直……興味自体なかったと思う」
「……そう。ちなみに私もよ。どんな性的指向も、癖という意味での嗜好も、それが他人に迷惑をかけないのなら本人の好きにすればいいと思うわ。たぶん、日本人のほとんどはそんなものじゃないかしら。わざわざ他人の趣味にとやかく口を挟んで批判するような連中はよっぽど暇か──でなければ、それこそ異常者ね」
「……うん、まぁ……そう、なのかな」
「そうなのよ」
「断言しちゃうんだ」
「するわ」
「あはは」
「私が何を言いたいか、もう大体伝わったと思うけれど。──要するに、よ? 世の中、あなたが思うほど他人はあなたのことなんて気にしてないから安心しなさい、ということ。もちろん、あなたにとっては深刻な悩みということは理解してる……というか理解してあげたいとは思うけれど、でも、あえて言うわ。悩むだけ無駄よ」
「……ちょっとひどくないかな?」
「そう? なら、言い直してあげる。少なくとも私に対してはそんなことで悩む必要なんてないわ。もちろん、あなたに興味がないから、なんて理由じゃないから、そこは安心してよね」
「………………。ありがとう」
「ふふふ……いいのよ。私たち、お友達でしょ?」
「そういや、そうでした」
「むっ、なによそれ、ひどいわ」
「あはは」
「──ゴホンッ、あ~……なんつーか、そちらのお二人? 朝っぱらからお熱いところ悪ぃんだけど……、そろそろいい?」
「!?」
突如響いた咳払い──、そしてそれに続く呆れたような声。
ユウキは驚きのあまり飛び起きそうになるが、
「こら。まだ、ダ~メ」
絢音が離してくれない。
(ちょ、絢音さん!?)
「ユウキちゃん抱き枕……羨ましいです」
「笙子ちん……あんたもなに言ってんだ……。いや、この状況でいまだにユウキを離さねー絢音っちも大概だけどさ」
いつの間に起きたのか、笙子と遥が彼女たちのベッドに座りこちらを見ていた。
「代わりましょうか?」
「え」
「是非!」
「ふふふ、ダメ~」
「えー。なんかキャラ違くねー?」
「くっ……勝者の余裕を感じます」
「あの……僕の意思は」
『………………』
「え。せめて誰かなんか言おうよ!?」
「あ~っと……、おはよ?」
「おはようございます」
「おはよう。遥、笙子」
「いや、絢音さんはそれせめて僕を離してから言おうよ……」
「どうして? 嫌よ。それに今日は日曜日じゃない。まだ起きるには早いわ」
「えぇ……」
「へー、絢音っちもそんなこと言うんだぁ」
「なんというか、ちょっと意外ですね」
「あのねえ、私だって普通の女子高生なのよ? 休みの日くらい普通にだらけるわよ」
「うん、まぁ絢音っちが普通かどうかは置いといて、朝好きなだけダラダラできんのは休みの日の特権だよねー」
「わたしは休日の早起きも割と好きですよ? 一日が長く感じられてお得な気分になれます」
(……ふむ。僕はどっちかなあ……?)
朝は割と強いほうだが、絢音や遥の言うとおりダラダラと二度寝、三度寝を楽しむのも悪くない。
そんなことを考えていたからか……
「ふぁ……」
と欠伸が漏れた。
「あら。眠そうね? もう少し寝ましょうか」
絢音が何やら言っている。同時に彼女に抱きしめられる圧力が増したような気がする。
──離れないと。
そう思うも、
「んぅ……」
温い。気持ちよすぎて、まるで落ちていくように意識が急速に遠のいていく。
(………………だめだ……眠い……)
「ふふっ……おやすみ、ユウキ」
「ん」
ユウキは包み込まれるような温もりに身を委ねた。
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