第25話 G、扇情のアリア(ただし独唱ならぬ独想)
「ふぅ……」
広々とした湯船にゆったりと体を浸すと、胸元の大きな──大きすぎる二つの膨らみが浮力を得てふわりと浮き上がった。まるでぶら下がっていた重しが取れたような感覚に、肩や首周りが一気に軽くなる。
(あああ~……楽チンですねー)
笙子が日々の暮らしのなかで最も楽しみにしているのがこの入浴の時間だった。人間工学に基づき設計されたという自宅のバスタブも浸かり心地は抜群だが、この広々とした解放感もまた別のベクトルで素晴らしい。
(しかも温泉とは驚きです)
聞けば白百合家のこの浴場は天然温泉なのだとか。東京という土地柄、たしかに掘れば温泉が出る可能性はあるのだろうが、それでも実際に個人の家に源泉かけ流しの温泉があると聞けば誰だって驚くに違いない(まあ、白百合家の家屋は家というか邸宅というかもはや城だが)。
(羨ましいなあ……これなら毎日好きなだけ長風呂できちゃうじゃないですか)
母方の遺伝により櫻井家の女性陣は母がG、姉がH、笙子がGと漏れなく全員が巨乳……いや爆乳の持ち主である。そうなれば自然の摂理として各自が抱える悩みも似通ってくる。
下着や服などのサイズはもちろん深刻だが、直接的に一番辛いのは肩こりだ。母や五つ年上の姉が辛そうにしているのを昔から見て育ち、笙子自身もEカップを超えた中学二年の頃から慢性的に悩まされている。
肩こりの主な原因は筋肉の無意識な緊張による血行不良だ。そしてその改善方法として最も手っ取り早いのは体を温めてあげること。笙子の肩も今、温泉に浸かり現在進行形で癒されている。
故に櫻井家の女性陣は全員揃ってお風呂好き且つ長風呂が大好きだ。血行改善も大事だが、最も直接的な理由としてはこの浮力が挙げられる。無駄で重たい脂肪の塊を下から等圧で優しくふわりと持ち上げてくれるこの感覚。
(堪りません……)
この感覚をいつまでも味わっていたいがために、ついつい長風呂をしてしまうのだ。放って置けばいつまでも入っている。そのため櫻井家の女性陣は「一人当たりの入浴時間は一時間半まで」と決められていた。
湯船に浸かる以外の時間──身体を洗ったり各種ケアをしたりするための時間──を考えると本当は一時間半程度ではぜんぜん満足できないのだが、さすがにそれ以上は独り割を食っている形の父に申し訳なさすぎるので、皆我慢している。
(ガス代も馬鹿にならないですし……)
いっそのこと自分もここに居候──いや、下宿させてもらえないだろうか。絢音なら頼めばどうとでもしてくれそうな気もする。
それに……
(はふぅ……かあわいいなあ)
笙子のいる向かい側──二メートルほど先──で湯船に浸かっているユウキを見て思わず頬を緩める。
先ほどから絢音と沙織里に両脇から──文字通り、というか物理的に──ゼロ距離で挟まれ、俯きがちにモジモジとする姿は堪らなくかわいらしかった。困った姿が──本人には申し訳ないが──異常なほどよく似合う。気を抜くと笑ってしまいそうになる。
(フッ……。他二名も同じ、と)
少し離れて我関せずを装っている遥と志桜里も、その意識がどこに向いているかなど笙子からすれば一目瞭然だ。オタクという人種は同好の士の気配を敏感に察することができるのだ。笙子の優れたセンサーが「彼女らもまた同類である」と告げていた。
(まあ仕方ないですよね。ユウキちゃんてばかわいすぎますし。
表向き笙子は彼女を「ユウキさん」と呼んでいるが、内心では完全に「ユウキちゃん」呼びである。
しかしそれは何も今日に始まったことではなく、彼女がまだ彼で、笙子が彼を「真田くん」と呼んでいた頃から、既に笙子の中で「真田勇気」は「ゆうきちゃん」だったのだ。
(男の娘にしたら絶対に似合うと思ってましたけど)
まさかこの現実の世界でTSして本物の女の子になってしまうとは。さすがに予想外である。笙子としてはユウキには「男の娘」というニッチなジャンルに収まって欲しかったという思いも多少あるが……
(どうも中身は男の子のまま……というのも少し語弊がありそうですが、性的指向については男の子の頃のままっぽいんですよね……。しかも本人はそれで悩んでいる)
それは今日一日を一緒に過ごしてみて肌で感じたことだ。いやらしさなどなく(そもそも外見が美少女というのもあるだろうが)、本人がただただ恥ずかしそうにしていたせいか全く不快感はなかったが、しかし時折感じたユウキの視線はたしかに男性が女性に向けるそれだった。
──イイじゃないですか……すっごく。
笙子は自身の胸裡に仄暗い歓びが灯るのを自覚する。
自己矛盾に苦しみつつも染められ悦びに堕ちていく美少女──
(は……、捗るぅぅぅ!)
笙子はBLも百合もイケるクチだ。どちらかといえば二次元が好みだが、今この場に居並ぶ美女・美少女たちなら三次元でもぜんぜんイケる。
(………………わたしもつまみ食いぐらいなら許されるでしょうか)
いろいろな意味で「絢音×ユウキ」の最終的絶対優位は揺るぎないだろうが、メイドの沙織里に好きなようにさせているあたりを見るに、絢音の独占欲は幸いそこまで強くもないような気がする。これでもし仮に男性がユウキを狙ったとしたら許されないだろうが……
(同性なら)
たぶんワンチャン、いやツーチャン、というかハーレム要員くらいにはなれそうな気がする(女性しかいない状況を果たしてハーレムというのかはわからないが)。
そもそも今日こうしてこの場に自分が──ある意味選ばれて──居るという事実が絢音に受け入れられている証拠だ。それは遥も同じだろう。
(「遥×ユウキ」はリバもありですね。遥さんは一見タチですが本来はネコのような気がしますし)
あのモデルのような──実際、読モだが──肢体が幼げな美少女に責められ淫らに乱される……
「……じゅる……(っと、涎が)」
ちなみに、
(わたし自身の場合はどうでしょう。「笙子×ユウキ」、「ユウキ×笙子」……。うむむ……っ、どちらも捨てがたい。できれば両方試したいところですね)
──アレもしたいコレもしたい、アレもされたいコレもされたい。
妄想は止まることを知らない。
(ふへへ……ユウキちゃあん……)
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