第24話 少女H

 ──自分は一体何を見せられているのだろう……。


 目の前ではどうみてもR18な行為が繰り広げられている。


(いや……、マジかよ)


 天城あまぎはるかは瞠目し口を大きく開けたまま固まっていた。すぐ傍では友人の櫻井さくらい笙子しょうこも同じように固まっている。


 ここに至るまでの流れを頭の中で順番になぞる。


 食後、絢音の宣言により白百合家の使用人である神崎姉妹も含めた全員でお風呂に入ることになり、脱衣所に着くとまずは真っ先にユウキが浴室──というか大浴場だった──に入っていった(実際は「後からだと来ない可能性がある」と言い出した絢音と沙織里に服を脱がされ渋々先に入っていったのだが)。


 二番手は遥だった。この順番になったのはたまたまでしかなく、あえて言うなら各自の髪の長さや脱いだ服を畳んだり畳まなかったりといった個々の性格の差が影響したのだと思われる。自分で言うのもなんだが遥は割とガサツなタイプだ。


 街を歩いていてたまたまスカウトされたのと、家族への微妙な反発心から読モなんてものをやっているが、あんまり女の子女の子したことは昔から苦手だった。化粧も、ファッションも、恋バナなんかも、単に周りに合わせているだけで実はそんなに好きじゃない。我ながらかわいくない女だと思う。


 ──ただ、まあそういった部分がなぜか他者からは「絡みやすい」ということになるらしく、クラスではそこそこ人気者でいられるのだから世の中何が幸いするかわからない。


(……まぁ、だからってモテはしないんだけど)


 そう、自分は全くモテない。


『──天城って、話しやすいし顔はいいんだけどなあ……。でも、なんか友達までってーか──恋愛の対象としては見れないわー』


 いや、悪い意味じゃなくてさあ、とは一体誰から言われた言葉だったか。似たようなことは中学の頃から何度も言われてきたのでもう忘れてしまった。


 ──こっちこそ願い下げだっつーの。鏡見ろや。


 最初の頃はそれなりに傷ついたし怒りもしたが、次第にどうでもよくなった。ありのままの自分で駄目なら恋愛なんかしなくてもいい。


(──っと)


 ちょっと思考が逸れた。


(……で、なんだっけ? ああ──)


 そうだ、目を瞑ったユウキが湯船でぷかぷかしてたんだっけ。あれは謎だった。思わず「ドザエモン!?」と叫んでしまうくらいには意味不明だった。


(そんで──あたしがでかい声出したからだろうけど──すぐに絢音が飛んで来たんだっけ)


 そんで改めて何をしているのか尋ねても「気にしないで」「ドザエモンとでも思って」って、バカかよ!


 元からかわいかったし、今じゃもっとかわいらしくなってしまったが(あたしより胸があるとかマジどういうことだよ)、でもああいうちょっとバカっぽい行動を見ると「ああ、こいつこれでもやっぱ男の子だったんだな」と微妙に名残を感じるかもしれない(現在小五の弟がちょうどあんな感じだ)。


(つか……)


 諸事情とか訳のわからない言いわけをしていたが、最後まで頑なに目を開けなかったあたり、本人としては精神の割合的な部分で、まだ「男の子のつもり」なんだろう。だから咄嗟に遥たちの裸体を見るわけにはいかないと思ったに違いない。こっちは中身がたとえ男でも今さら気にしたりしないのに。


(まったく、お人形みたいな見た目してさ)


 今や遥よりもずっとかわいらしい女の子ユウキが、紳士ぶって自分を「女の子扱い」している。事実だけを並べるとなんとも滑稽な話だが正直悪い気はしなかった。過去、ユウキほど一生懸命に自分を女の子として気遣おうとしてくれた者がいただろうか。


 ──否。


 きっといなかった。


(へへへ……)


 ユウキのいじらしさが愛おしい。


(──って、違っ)


 ぶんぶんと頭を振っておかしな感情を振り払う。


(いや、ノーマル! あたしはノーマルだし!)


 ……たぶん。やっぱりちょっと自信がない。それもこれも──


(あいつらが悪い!)


 遥の視線の先、そこにあるのは美少女ユウキ美女沙織里が裸でむつみ合う倒錯的な光景。沙織里の繊手がユウキの全身を艶かしくまさぐり、彼女にあられもない嬌声を上げさせている。


(いや、無理! それ、もう、完っ全、にっ、喘ぎ声ぇ!)


 少々文学的に取り繕おうとしてみたものの、ユウキのそれはもはやどう頑張ってもエロいことしてる最中に出るアレにしか聞こえない。

 その表情だって──


(いやユウキ、頼むからお前、ダチの前でアへ顔晒すなってえええっ!)


 友達のあんな姿見たくなかった──。


(つーか見てらんないから!!)


 なのに──


(あ゛ああああああああっ! チックショーーーッ! 目がっ、目が離せないんだけどおおおおおお!?)


 それどころか、きつく目を瞑りびくびくと小刻みに震えるユウキの様や、その上気した白い素肌、沙織里の手によって弄ばれ、刻一刻と形を変える柔な乳房にひときわ目を引く桜色の尖端。それらを見ていると遥の下腹部は徐々に熱を帯びてくる。


(あぁ……あたしも)


 ──したい?

 ──されたい?


「ばっ──!?(っかじゃねーの! あたし! しっかりしろよ! マジ、なにトチ狂ってるわけ!?)」

「遥さん……大丈夫ですか?」

「!?」


 ──笙子ちん!?


 ふと見下ろせば小柄な友人が心配そうにこちらを見上げていた。──が、


(うわ、えっろ! いや、待って! あんたこそぜんぜん大丈夫に見えないけど!?)


 その顔は率直に言って完全に「デキあがって」いた。どうも遥と同じかそれ以上にあの光景に「あてられて」しまっているようだ。


(ヤッバ。あぁ~、もう……っ、どうすんだよコレぇ……)


 再び視線をユウキたちのほうに戻せば、


(うわぁ……)


 あちらはあちらでいよいよユウキが「達し」そうになっていた。すごくエロい。なんだかもう浴場を漂う湯気ですら視覚化されたフェロモン物質に思えてくる。


(はは……っ、浴場で欲情とかウケる)


 と、遥がいよいよ頭の悪いことを考えて始めたその時──


「はい、そこまでよ」


 絢音が洗面器に溜めたお湯を二人にぶっかけた。


(お、おぉう……絢音お嬢さまマジ白百合姫)


 目を見開き、あんぐりと顎を落とし、遥が思い浮かべたのは、そんなアホみたいな感想だった。

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