第23話 お泊まり会(7)
「痒いところはございませんか」
洗い場でバススツールに座らせられ、絢音に優しく頭皮を洗われる。
「……大丈夫です」
ユウキは目を瞑ったままポツリと答えた。案外落ち着いている自分に少しほっとする。
実のところこうして沙織里に頭を洗ってもらのは──というか入浴を補助されるのは──これが初めてではない。ここへ来て一週間が経ち、彼女を下の名前で呼ぶようになってからは毎日の日課となっていた。
当初は──まあ今でもだが──男性としての自意識が消えず、「お風呂でもお世話します、いえさせてください」と主張して止まない沙織里に対しどうにか断ろうとしたユウキだったが、結局は彼女に押し切られてしまった。
絶対に引く気がない沙織里に、ユウキは「せめて服は着たままで」とお願いし──それでも自分は全裸なので恥ずかしいは恥ずかしいが──渋々だったが譲歩を引き出した。自分でも明らかに譲歩するところがおかしい気がしないでもないが。というか今日の沙織里は全裸だ。どうしてこうなった。
「流しますね」
シャワーノズルから柔らかな水流が注がれ、沙織里が丁寧な手つきで髪に付いた泡を洗い流してくれる。
「さあ、ユウキさま。次はトリートメントをしますよ」
軽く水気を切った髪に沙織里が言葉どおりトリートメント液を塗り込んでいく。この辺はもはや慣れたものでユウキも為されるがままだ。最後に髪をタオルで巻かれ、
「はい、おしまいです。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
じゃあ、と一旦湯船に戻ろうと立ち上がりかけたところで、
「ユウキさま、まだですよ?」
と両肩を軽く押さえられ、再び座らされる。
「はい?」
「お身体がまだです」
「え」
──うっひゃー、ユウキのやつマジでお姫さま扱いじゃん。
──なにかこう、非常に捗る光景ですよね。
外野が何か言っている。
(だから今日はちょっと──)
もうここまできたら今さらかもしれないがまだ最後の一線は越えていないはず。
──ならば守りたい、その一線。
などとユウキは思うのだが、しかし思うだけではこの構いたがりのメイドさんが斟酌などしてくれるはずもなく。
背後でクチュクチュと手のひらでソープを泡立てる音がして──
「失礼します」
「っ……」
と、まずはほんの少し、背中にひんやりとした感触。もちろんそれは沙織里の手のひらだ。その手のひらがヌルヌルと滑らかにユウキの背中を撫で回す。肩や首の周りに始まり二の腕から脇腹へと滑り落ちたそれは丸みを帯びた臀部を優しく揉み洗いし、お尻の割れ目の際どいところまで入り込んでくる。
「~~~~~~っ(ひぃいいいいいっ)」
ユウキは必死で声を我慢した。いつもならくすぐったくて「にゃあああ!」とか「にょわあああ!」とか叫んでしまうところだが、今日は絢音たちや志桜里まで近くにいるのだからあまり醜態は晒せない(なお、既に手遅れという可能性については捨て置く)。
「ユウキさま、少し腕を上げていただけますか」
「ふぁ、ふぁい」
もうあまり頭が回らずユウキは言われるがまま小さくバンザイをした。
そして次の瞬間──
「ひゃん!」
かわいらしく悲鳴を上げてしまう。沙織里の手のひらが無駄毛一つ生えていない脇の下を撫でたからだ。
さらには、
「失礼します」
と耳元で囁かれ全身に鳥肌が立つ。
(なにを──)
と思ったがそれはすぐに明らかとなる。
「!!?」
ユウキの背中に得もいわれぬ柔らかなものが二つ、押しつけられた。その衝撃に思わず全身をこわばらせる。
(!? !? !?)
すると背後から抱きしめるように回された沙織里の両手が、先ほどと同じように──いや、より丁寧に──今度はユウキの身体の前面を滑るように隅々まで撫で回していく。
乳房を包み込むように優しく揉まれ、柔らかな下腹を手のひらで撫でられ、太ももを掴むように擦られ、内腿を擦り上げたかと思えば、その指先が鼠径部の際どいところを何度も何度も往き来する。
「はぁ……、はぁ……っ、ふっ………、ぅ……んっ」
誰かの上げた黄色い悲鳴が浴場にこだました気もするが、それ以上に荒くなり始めた自分の呼気がうるさい。胸の先や下腹の奥が熱い。
(や……、やばいかも……)
気持ち──、よくて──、よすぎて──、もう──、なにも──、考え──、られない──
(も……、もう、いい……、かな……? いいよね、別に……)
もう、何もかもどうでもいい──
「イ……ッ」
ユウキは頭が真っ白になり──────────……ばしゃん。
「ぷはっ!?」
「はい、そこまでよ」
「え? えっ?」
お湯?? なにがなんだかわからないまま、濡れた顔を上げると──
「絢音さん……?」
「お嬢さま」
洗面器を持った絢音が仁王立ちで呆れ顔を浮かべていた。もちろん全裸だ。豊かなバストも──その尖端の桜色も、引き絞られたウエストも──その下の薄い茂みも、彼女の芸術品とでも言うべき見事な肢体は何一つ隠されていない。
不思議といやらしい気持ちや恥ずかしい気持ちは湧かなかった。それは相手があまりにも堂々としていたからというのもあったし、それに何より──
「……綺麗」
だった。
「! ……ありがとう」
あ、ちょっと照れた。ユウキは少しほっこりした。神々しい女神さまが急に普通の人間になった、そんな感じがしたからだ。
(……って、そうじゃない)
今がどういう状況か思い出す。
(………………ぜ、全部、見られてた……)
先ほどまでの痴態を顧みていっそ死にたくなる。なんたる色ボケか。
「お嬢さま……何故邪魔をなさるのですか」
沙織里が不貞腐れた声を出す。ああ、この人こんな声も出すんだ、とユウキは妙な感心を覚えた。
というか──
(沙織里さん、あなた本当に大丈夫ですか!?)
本当にもう……、色々と。駄メイド……あるいは堕メイド。そんな失礼な言葉が頭を過る。
しかし、
「邪魔をされたくなければ場所ぐらいわきまえなさい」
「ですが──」
「私だって我慢してるのよ」
「! 失礼しました」
「わかればいいのよ」
お互い納得したように頷き合う二人。何やら通じ合っている。
(いいの!?)
ぜんぜんよくないと思うよ! あと絢音さんは何を我慢してるの!? 見れば志桜里は疲れた顔でゆるゆると首を振っているし、遥や笙子は目を見開いて口をあんぐりとさせている。だよね!
──おかしいのは二人だけ。
その事実に内心ちょっとほっとした。よくよく考えてみれば懸かっているのはユウキ自身の貞操だ。それを勝手にやり取りしないでいただきたい。先ほどはつい流されそうになったがそう簡単に奪われてなるものか。
(いやまあ、別に絶対に嫌なわけじゃないけど……むしろあり寄りのありかもしれないけど……。でも、どうでもよくなんてないんだからね!)
「──では、続きを」
「え!?」
(──ま、この状況で!? さっきのやり取りの意味は!?)
この人、正気か! しかしそんなユウキの思いは、
「? トリートメントと、泡を洗い流してしまいましょう」
沙織里から返ってきた至極当たり前の言葉によって見事ブーメランとなって突き刺さる。
「ふふっ、ねえユウキ? あなたは今、一体何を想像したのかしら」
「………………」
絢音の浮かべた蠱惑的な笑みがユウキの心を抉るのだった。
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