第22話 お泊まり会(6)

「お嬢さま……、これは……その、一体どういった状況でしょうか」

「志桜里」


 揺蕩うユウキの耳に怪訝そうな声が飛び込んできた。


(志桜里さん)


 沙織里とよく似た──しかしそれよりも少し硬質な印象を抱かせる声。その声は今、明らかに困惑を湛えている。


(なんかすみません……)


 戸惑いに揺れる怜悧な美貌を思い浮かべると、なんだか申し訳ない気分になってくる。


(特に意味は無いんです……)


 あえていうなら、タイミングを逃したせいで引っ込みがつかなくなっている、といったところだろうか。


「見てのとおりよ」

「は、はあ……」

「『諸事情』あって土左衛門の真似をしているらしいわ」

「え、えぇ……」


(ごめんなさい! ほんっと、ごめんなさい!)


「あの……、真田さま? 大丈夫なのですか?」

「……えーと、はい。ちょっとこうしてたいだけなので、できれば気にしないでもらえたら……」

「──ということらしいわ」


 見ずとも、その呆れたような声から、脳裏に絢音が肩を竦める様が浮かぶ。


「まーまー、志桜里さん。そのうち勝手に飽きるっしょ」

「天城さま……」

「プールではないですけど、ユウキさんがああしてみたくなった気持ちもわからなくもないですけどね。ここ、ものすごく広いですし」

「櫻井さま……」

「さ、そういうわけだから。ユウキのことは一旦置いておいて、私たちもさっさと体を流してお湯に浸かりましょう」

「かしこまりました」


 志桜里がそう言ったのを潮に人が動き出す気配がした。


(はぁ……)


 ユウキもこっそりと息を吐いて、今のうちに馬鹿な真似は止めてしまおう、と思ったその矢先──


「──姉さん、何をあっさりと『かしこまって』いるのですか! 皆さまも──、あのようなユウキさまを放置するなど言語道断です。たとえお嬢さまやユウキさまご本人が許しても、このわたくしが許しません」


(さ、沙織里さああああああん!? ちょっと待って、あなたなに言っちゃってんの!?)


 雇い主と本人が許してるんだからそこは許そうよ! というかいい加減このメイドの立ち位置はどこなのか真面目に問い質したい。


 ──あ、でもなんかとんでもない答えが返ってきそうで怖いからやっぱいいや。


 そうこうするうち、ざぶんと水音がして、そのままじゃぶじゃぶと湯を掻き分け明らかに誰かが近づいてくる。それが誰かなど見るまでもない。


(ちょ、な、なにを……!?)


「失礼します」


 と、背中と膝裏に少しひんやりとしたものが触れ──


(──って、ちょ──、わっ、おわああああああ!?)


 ザァーッと滝の流れ落ちるような音がして、ユウキの身体が湯船から空中へと浮かび上がる。


「(──お、お姫さま抱っこ!?)……っ(駄目だ!)」


 一瞬、驚いて目を開けそうになったが、その場合、目の前に「何が見えるか」に気づき、慌ててもう一度固く目を瞑る。


「ちょっ、沙織里さん!? 一体何を──」


 そして問い質すも、


「ユウキさま……勝手をして申し訳ありませんが、あまり長い時間湯船に髪を浸していては、せっかくの綺麗な御髪が傷んでしまいますよ」


 そんなことになったらわたくし悲しいです、とどこか困ったような声で柔らかく窘められてしまうと、ユウキにはもう二の句など継げるわけもない。


「ごめんなさい……」


 ユウキが女性となり白百合家にお世話になって以降、スキンケアやヘアケアなど、いわゆる「各種女の子的な嗜み」を実践を交えつつユウキに教えてくれているのは他ならぬ沙織里である。


 今のところ枝毛一つ見当たらない、ユウキが「我ながら綺麗だなあ」と感心してしまうような髪質も全ては彼女の協力──いや、努力あってのものなのだ。それが「傷む」と言われればさすがに心が「痛む」。


「お分かりいただけたのならいいのです。さ、このまま洗い場に参りましょう」

「え」


 自分で歩きますからと言いたかったが、言ったところで無駄だろう。


(はぁ……)


 諦めて沙織里に身を委ねる。


(あああ……柔らかぁ……)


 ──女同士だもん、少しくらいいいよね。見なきゃセーフでしょ……たぶん。


 あり得ない状況にも徐々に毒されていく?ことを自覚しつつも、それを自分でもよくわからない言い訳で誤魔化し、ユウキは沙織里の豊かな胸元に顔を埋めた。

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