第20話 お泊まり会(4)
志桜里を加えた歓談は終始和やかなものだった。
中でも最も口数が多かったのはここへきて何やら吹っ切れてしまった感のある櫻井、次いで天城。会話は主に二人からの質問という形で進み、それにユウキや白百合、時たま神崎姉妹が答えていった。
そしてある程度時間が経ち──宴会ではないが──宴もたけなわといった頃合いになると、天城がふと思いついたように言った。
「つーか、これ思ってんのって、あたしだけじゃないと思うから言うんだけどさぁ」
──ん? 全員の視線が彼女に集まる。
「お互い、いつまでも名字呼び、それも『さん』付けって──なんか、ちょっとよそよそしすぎない?」
うちらって、もうダチじゃん? と天城。
「まぁ、今日久々に会ったら、なぜか白百合さんだけは真田を名前呼びだったんだけど……(ちらり)」
どうなってんのよ? と、その視線がユウキを捉える。
「え~と……」
それが昨日から何故か急にそうなったんだよね。ユウキは思ったが、果たしてこれはなんと答えたものか困った。
すると──
「それもそうね」
白百合が大きく頷いた。
「私たち、お友達ですものね」
素の表情。声もはさほど抑揚のあるものではなかったが、その口角は見る者が見れば判る、程度には上がっていた(ユウキは今日一日でずいぶんと判るようになった)。
(白百合さんに「
午前中、エレベーターの中で交わした会話を思い出し、ユウキは密かにわかりみを深める。
「っし、言質取ったかんね、
さっそく下の名前──それも微妙にあだ名──で呼ぶ天城に対し、
「言質って。私は別に撤回を求めたりしないわよ。そっちこそいいの?
悪戯っぽく笑い、こちらは呼び捨てで応える白百合。
「っ……」
それを見た天城は一瞬言葉に詰まったが、
「も、もちっしょ! へっへぇ~、まっさかあたしがあの白百合姫と名前で呼び合う仲になるなんてねぇ」
と、何でもないようにおどけて見せた。
(うんうん、今の笑顔はヤバかったよね)
ユウキは内心で天城に同情?した。すごくわかる。なぜなら自分も流れ弾を食らったから。白百合が見せる不意打ちの笑顔は性別の壁など容易に越えてくる。
「あ、あのう……。わたしは皆さんの下の名前に『さん』付けさせていただく形でもよろしいでしょうか」
小さく挙手しつつ、櫻井が言う。
「あの、決して壁を作りたいとかではなくてですね? その、なんというか、そのほうが自分としては自然な気がしまして……」
「もちろんよ。こんなの強要するようなものでもないし、無理しないで自由に呼んでくれて構わないわ。でも私はあなたを
「も……っ、もちろんです。絢音さん……っ」
「ふふっ、改めてよろしくね」
「んじゃ、あたしは笙子ちんでよろ」
「ええ、遥さん……よろしくお願いします」
(……ば、場違い感……っ)
なんだか空気が百合百合しい。どうにも居たたまれなさを感じていると……
「おーい、一人だけ空気んなってんじゃねーぞー」
と、天城に肩を掴まれた。
「ふぇっ!?」
「ふぇっ、じゃねーって。お前もあたしらのこと名前で呼ぶんだよ」
「えぇっ!?」
「えぇっ、でもないんだって。お前ももうあたしらのダチだろ。頼むから違うなんて言うなよ? 少なくともこっちはもうそう思ってんだかんな。もし違うなんて言ったら……」
「言ったら……?」
「泣く」
「えぇっ!?」
「ちなみに絢音っちが」
「そうね。私、泣くわ」
「えぇーっ!?」
「悲しい……。昼間、お友達って言ってくれた、あれは嘘だったのね……」
「ちょ、待って!? 嘘じゃないよ!?」
「じゃあ、私のことも絢音って、名前で呼んでくれる?」
「ほらほらユウキ、呼んでやりなって」
「ユウキさん……」
「ぐっ……(三人とも目が笑ってるし!)」
『………………』
この話題になってから一言も発していないが、神崎姉妹も視線で何やら訴えている……ような気がする。
(に、逃げ場がない……っ)
いや、別に全く逃げる必要はないのだが……。
(……は、恥ずかしい……)
「ユウキ……」
白百合が瞳を潤ませる。確実に演技だが効果は抜群だ。非常にずるい。こうなるともうやるっきゃない。
ユウキは腹を括り、
「………………えと、その……あ、あや、絢音………………さん」
「はぅっ……」
「?」
一瞬、白百合から変な声が出たような気がするが──
「そこでへたれんなよー」
すかさず天城から突っ込みが飛ぶ。
「うぅ……、だってぇ……」
仕方ないじゃない、畏れ多いんだもの。ユウキとて自分に対しいろいろとよくしてくれている白百合……もとい絢音のことは──昼間に交わした会話のこともあり──とっくに友人だと思っているが、さすがに同格扱い──呼び捨てというのは気が引ける。
「──残念。け、けど、思ったよりずっとよかったわ。それに強要するようなものじゃないって言ったのは他ならぬ私だしね。
でも、いつかは呼び捨てにさせてみせるわ。と絢音。
「……努力はします」
「──てことはユウキ、あたしらもやっぱ『さん』付けなん?」
「えぇ……と、その。まあ、はい」
「だよなー。まぁ、絢音っちを差し置いてってわけにもいかねーし、別にいいんだけどさ」
「でも、名前では呼んでくれるんですよね?」
「それは……うん」
「じゃあ、ほら。早くあたしと笙子ちんのことも呼んでくれよ~」
「……えと、じゃあ……遥さん」
「っ……」
「──と、笙子さん」
「!!」
「こ、これは意外と……うん」
「ええ、はい」
「でしょう?」
絢音、遥、笙子が顔を突き合わせ何やら頷き合う。
(な……、なに? なんなの……?)
──あの、もじもじしてるところがなんかいいかも。
──というか、わたしより遥かに乙女感があってずるいです……。
──食べちゃいたくなるでしょう?
──え!?(×2)
──ええ、わかります。
──え!?(×2)
──こら、やめなさい沙織里。
(……一体、何を話してるんだろう)
いつの間にか神崎姉妹まで交ざっていて、ユウキのほうをチラチラと見ながらこそこそと囁き合う女性陣(ユウキも一応女性なのだが)。特段、嫌な雰囲気は感じないが……さすがにこの状況がいつまでも続くようでは居たたまれない。
「あのう……」
「! あら、何かしら? ユウキ」
「いや何、というか……」
君らこそ何してんの、とユウキは言いたい。
「こほん、放ったらかしにしてごめんなさい」
「いや、それはいいんだけど……」
「ちょっとこの後のことについて相談をしてたのよ」
「この後……?」
「そう、この後よ」
「はあ……。それで?」
「ユウキ──」
「な、なに?」
「──この後はお風呂に入るわよ」
「? えと……? どうぞ?」
時刻は現在二十一時を少し回ったところ。普段、特に決まっているわけではないが確かにそういう時間帯ではある。
「なに言ってるの。あなたも入るのよ」
「え、ああ、うん。じゃあ、僕も入っておくね」
白百合家には浴室どころか浴場レベルのものも含めて風呂場がいくつもあるのだ。もちろんユウキが居候中の客室にもある。
「ちょっと、ユウキ。本当になにを言ってるの? みんなで一緒に入るのよ」
「はい?」
「──だから……はぁ、まあ、いいわ。ほら、行くわよ」
「え、どこに?」
「ねえ、もしかして、わざとやってる?」
「??」
「……わけないわよね。いいからほら、一緒に来なさい」
「わっ、ちょっ、だからどこに!?」
「………………。もうっ、さっきから何度も言ってるでしょう? お風呂よ。お、ふ、ろ」
「え」
──ま? えええええええええ!?
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