第19話 お泊まり会(3)

 食後、ユウキたちが再び居間に戻ると──


「お嬢さま、ユウキさま──改めてお帰りなさいませ。そしてようこそいらっしゃいませ──天城さま、櫻井さま。わたくし、こちらでユウキさまのメイドを務めさせていただいております、神崎かんざき沙織里さおりと申します。どうぞ、お見知り置きを」


 そこには自称「ユウキのメイド」、沙織里がきらきらしい笑顔で待ち受けていた。

 彼女は挨拶を終えると、ユウキたちが座るのを見計らってソファーセットにワゴンを寄せ、ごく自然に給仕を始める。


(──って、いやいやいやいや! ちょっと待って!? いつから沙織里さんあなたメイドさんになったの!? あくまでも「担当」だよね! 似たようなものかもしれないけど言い方ぁ!)


 すっごくいい人なんだけどさあ──やっぱりこの人ちょっとおかしいよ! ユウキは心の中で叫んだ。


 帰ってきてからこれまで全く姿を見かけなかったので、ある意味油断していたのだが──


「な、なぁ、真田。このこゆぃ人が例のメイドさん?」

「(ほらぁ こうなるからぁ!)……う、うん。僕のお世話をしてくれてる沙織里さん」


 案の定、隣に座る天城が若干ひきつった顔でこそこそと尋ねてくる。


「………………」


 向かいに座る本来の雇い主白百合に視線で助けを求めるも、彼女は「もうそれでいい」とでも思っているのか静かにティーカップを傾けるばかりで、


「~~~!」


 その隣を見れば櫻井が何やら再び極まった様子だったので、ユウキはそっと目をそらした。


「……(チラッ)」

「……(にこにこ)」


 そして給仕が一旦落ち着いたところでユウキの超至近距離にて控える沙織里。


(ち、近い……)


 どうすんのよ、これ。

 内心頭を抱えていると、助け船は意外なところから出された。


「はぁ……。沙織里、いい加減になさい。あなたは一体誰に雇われてこの場に居ると思っているの」


 沙織里とよく似た──しかし、より凛とした声。

 居間の入口付近で静かに控えていた彼女の姉──神崎志桜里しおり──だった。


「っ……、ね、姉さん」

「この場の給仕を任されているということは、あなたは白百合家の代表なのよ? いい? つまり、あなたの振る舞いがお客さまにとっての白百合家なの。お客さまたちの前でお嬢さまに恥をかかせるんじゃありません」

「……す、すみません」


(おお……)


 普段、ユウキから見て割と自由人のように思える沙織里が小さくなって謝っている。思えばこの二人がこうして姉妹らしい会話を見せるのは初めてかもしれない。なんだかちょっと新鮮だ。


「えっ、姉妹?」


 そういや似てるわ。天城がぽつりとこぼした。


「………………!」


 櫻井は──またなんか目をキラキラとさせているが──まあ、いいだろう。


 ユウキ、天城、櫻井、三者三様にことの成り行きを見守っていると、


「──神崎」


 白百合が口を開く。


「いいじゃない。私は別に気にしないし、ユウキたちだって気にしてないわよ。そうでしょう?」


 あなたは真面目すぎるのよ、と意外にも彼女は沙織里を擁護した。


「う、うん」


 もちろん嘘だ。本当はめちゃくちゃ気にしているのだが、白百合にそう言われてしまっては、ユウキも頷くより他ない。実際、決して嫌なわけではないのだ。恥ずかしいだけで。


「ユウキさま……っ」


 沙織里の声が弾む。


「あたしも……まぁ、別に」


 天城もたぶん本当は突っ込みたいのだろう(というかユウキと沙織里の関係を掘り下げたいに違いない)。奥歯に物が挟まったような雰囲気だが、一応は頷いた。


 櫻井は──


「わたしはむしろ凄くいいんじゃないかと思います!」


 ──うん、なんかもういいや。


 この子、もうキャラを取り繕う気ないよね。ユウキは気にしないことにした。


「……そう、ですか……。皆さま、ご歓談中に空気を悪くしてしまい申し訳ありませんでした。沙織里も……私が間違っていたわ。ごめんなさい」

「い、いえ、姉さん。私が至らないのは確かなので」


 姉に謝られ、沙織里が思わずといった感じで肩を縮めると、志桜里は小さく苦笑を浮かべた。

 そんな志桜里に、


「ほら、もういいでしょう?」


 ──あなたもこっちへきて座りなさい。白百合が今日の業務は終了だと命じる。


「えっ、いや、しかし……」


 志桜里は逡巡を見せたが、


「まあまあ、姉さん。いいじゃありませんか。たまには私のお茶を飲んでください。それに雇い主さまのご命令ですよ?」


 駄目押しに妹からいくらか意趣返しの混じった言葉をかけられ、


「……わかりました。ご相伴にあずかります」


 幾ばくか疲れの滲んだ表情で席に着くのだった。

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