第18話 お泊まり会(2)
「うっはぁ~……、噂には聞いてたけどマジ『なんじゃこりゃ』ってかんじだねー。こんなん、お屋敷ってかもう西洋の城じゃん」
「……本当にここは同じ都内なのでしょうか……? ここだけ世界観が違い過ぎます……。もはや異世界と言われたほうが納得できますね」
西陽に照らされ聳えるように建つ白百合家の邸宅を見上げ、天城と櫻井が呆けたようにそれぞれの感想を漏らしている。ユウキにもその気持ちはよくわかる。新たな同志の感想に深いわかりみを覚えてうんうんと頷いた。
「まあ、うちが西洋かぶれなのは否定しようのない事実ね」
白百合が唇を歪め軽く肩をすくめる。そのシニカルな仕草こそまさに「西洋かぶれ」そのものだったが、彼女がやると実にさまになって見える。美人には東西の垣根などあまりないのかもしれない。
「いえ、その……素敵だと思います」
自分が失礼なことを言ったと思ったのかもしれない。櫻井がフォローを口にする(ユウキからすればそんなことは全くなく、白百合がたまに皮肉げな振る舞いをするのは謂わば彼女にとってはごく平常運転だろうと思うが)。良くも悪くも櫻井の精神性は実に日本人的なそれなのだろう。
「つーか、真田ってばこんなとこに二週間以上居候してんのかよ……。しかも『おはよう』から『おやすみ』までメイドさんにかいがいしくお世話されてんだろ? それって、もう姫じゃん。あんた、この先下界に戻ってやってけんの?」
「ひゃわ!?」
右の脇腹をつつかれ思わず飛び上がる。視線に恨めしさを込めて見上げれば、呆れたような、からかうような表情で天城が見下ろしていた。
下界はさすがに言い過ぎだと思うが……いや、しかし白百合家を天上界に例えるとしたら相対的にユウキの実家なんかは下界ということになるのか──
「それは……。たぶん……、大丈夫……だと思いたい」
「もはや願望じゃん」
「ぐっ……」
ぐうの音も出ない。この二週間と少々、特にメイドの
「戻れないときはこのままうちの子になればいいのよ。何も問題はないわ」
「え」
「白百合さん……あんた、マジか」
「……これは外堀を重機で埋めるが如し、ですね」
笑顔とともに放たれた白百合の言葉に三者三様の驚きを浮かべる。
ユウキはその笑顔を見てすぐに冗談だと理解した。それと家に帰りづらい自分に対する気遣いだろう、と。つまり「いつまでいてもいいのよ」という彼女からのメッセージだ。ありがたい。
天城はなぜか顔をひきつらせていた。白百合の見せた意外と奔放な一面に驚いているのかもしれない。
櫻井は……なんだろう。やはり驚いてはいるようだが何を言っているのかユウキにはわからない。
「さ、いつまでも立ち話もなんだし、そろそろ中に入りましょう」
白百合がそう言うのと同時──、まるで自動ドアのように玄関が開かれるのだった。
※
「ふぉおおおおおおおおお……!! しゅ、しゅ、しゅごぃ……!!」
邸内に入ってすぐ、櫻井が壊れた。
「さっ、櫻井ちゃん……、落ち着こ? なっ?」
それをドン引きしながらも天城が宥めようとしていた。
「こっ、こここ……これが落ち着いていられますか! あなたこそなにを落ち着いているんです!? 本物のメイドさん! それに本物の執事さんですよ!? ほら、見てくださいよあの質感! クオリティ! 秋葉原や中野辺りにいる偽物なんかとは全くの別物! ──ああいえ、なにも偽物が全て悪いとは言いませんよ? あれはあれでよいものです。わたしも好きです。むしろ大好物です。しかしいざこうして本物を間近に見てしまえばやはり細部まで行き届いた所作やそこから醸し出されるといった部分では敵いません! ええ、段違いですとも! ああ……! わたし、生きててよかった!!」
「お、おう」
しかしその効果のほどはさっぱりだ。
(えぇ……)
これにはユウキもドン引きだった。
クラス内における
(
文学に本来は貴賤などないのだろうが、どうやら櫻井の好みはかなり「ライトな方面」に寄っていたらしい。
(そういえば……)
彼女の手に持つ本にはいつもブックカバーが掛けられていた。常にすました顔でそれを読み耽っていたが、きっとあれらの中身は高確率でライトノベル等の類いだったのだろう。
(おさげ眼鏡でロリ巨乳なオタクかあ……)
大変失礼ながら、ちょっと属性過多気味でなんだか胸焼けしそうである。
「私は知ってたわよ」
「そうなんだ……」
ということは、こうなることを予測しながら連れてきた、ということか。飄々とした口振りの白百合にユウキはほんの少しだが呆れが湧いた。
が、
「でもまあ、さすがにここまでとは……。ちょっと思わなかったわ……」
「アッハイ」
うんうん、ですよねー。ユウキは大いに頷いた。
※
「……すっ、すみません。お恥ずかしいところをお見せしました」
夕食まではもう少し掛かるとのことで一旦案内された居間にて、正気に戻った櫻井が縮こまっていた。一人掛けのゆったりとしたソファーの上でぷるぷると震え、ただでさえ小さな体を限界まで縮めようとするその姿は非常に小動物じみており、たとえ同性あっても強く庇護欲を掻き立てられるだろう。
肉体的には女性になったとはいえ、中身がまだ男性寄りな自覚があるユウキからすればその思いもひとしおであり、自然と彼女を庇うような言葉が口を衝く。
「だ、大丈夫だよ櫻井さん。誰も気にしてないって。あ~、いや……、まあ……ちょっとびっくりはしたけど。でも、それだけ夢中になれるものがあるって羨ましいよ」
僕、そういうのないし。と笑う。
「真田くん……」
「あ~……ねぇ……。うん、まぁ……趣味なんてもんは人それぞれだし、別にいーんじゃね?」
「天城さん……っ」
「櫻井さん。我が家のお仕着せでよければ何着かプレゼントするわよ?」
「えっ、いいんですか!?」
「櫻井さん……」
「櫻井ちゃん……」
「は……っ!? わたし、また……! すっ、すすす……すびばせん!」
「ぷっ」
「くっくっく」
「ふふふっ」
これまでひた隠しにしてきたのであろう櫻井の本性(──は大袈裟かもしれないが)、それが本人の自爆によって明らかとなり、もはや隠しようもなくなったこの状況に、かわいそうだとは思いつつも、ユウキはつい吹き出してしまった。
すると似たような思いを抱いていたのか天城に白百合まで笑いだし、室内が笑いに包まれる。
「~~~~~~~~~っ」
──悶絶。耳まで真っ赤に染めた櫻井の、声なき絶叫がこだました。
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