第17話 お泊まり会(1)
「うぅ……疲れた」
ユウキは高級車の包み込むようなシートにぐったりと体を預けた
結局、ランジェリーショップで過ごした時間は三時間近くにも及んだ。一つの店舗で使った時間としては本日最も尺が長い。改めてユウキは「女性の買い物は長い」と思い知った。
「皆さん付き合わせてしまってすみません。でも、おかげさまでとても良いものが買えました」
そう言ってホクホク顔をするのは櫻井である。
なんでもブラジャーは彼女程のサイズとなると既製品──特に国内産──ではぴったりと合うものがあまり売っていないそうで、たまに見つけても彼女曰く「サイズはともかくデザインが……」というパターンが多いらしい。
が、
「フルオーダーなんて初めてで夢みたいです。白百合さん、今日は素晴らしいお店に連れてきていただいてありがとうございました」
「ふふふ、よろこんでもらえたなら何よりだわ」
そこはさすがは高級店というべきか。その品揃えはインポート品を含め非常に豊富に取り揃えられており、それでもなお「満足できない」という顧客向けに下着のフルオーダー生産まで行っていた。驚きのサービスにユウキなどは「そんなのあるんだ」と目を丸くするばかりだ(ちなみにユウキら他三名は既製品に少しお直しを加えてもらうだけで済んだ)。
とりわけ驚きだったのが、
「いやでもあの値段はさすがにあたしちょっと引いたわ……」
(だよね……)
天城のぽつりとこぼした呟きに、ユウキは内心で大きく頷いた。白百合と櫻井は「そうかしら」と首を傾げている。
ユウキも先日まで通っていた私立翔山高校には、スーパーセレブである白百合が在籍していることからもわかるように、家庭が比較的富裕層に当たる生徒が多い。斯くいう真田家もセレブには程遠くとも都内に一戸建てが持てるくらいには裕福だ。詳しくは知らないが天城家もたぶん似たような経済状況だろう。
なら。
うん万円もの金額を──ユウキや天城の感覚では──たかが下着に投じてなお平然としていられる櫻井は、実は白百合にも比肩するレベルの御大尽なのだろうか……。
しかしそんな──ある意味下世話な──疑問は続く櫻井本人の言葉によって解消された。
「あー……、それはですね。ほら、わたしの厄介なコレ。これって母方の遺伝なんですよ。祖母も母も姉も、みんな同じ苦労をしているので、うちでは下着──というかブラに関しては全てお小遣いとは別に必要経費として認められているんです」
さすがに普段はもう少し自重してますけどね、と櫻井。その自重というのはたぶんデザインだったりに妥協することなのだろう。
「あ~……なる」
天城が納得と羨望、あとはおそらく葛藤の入り交じったような表情で頷いた。大きな胸は羨ましい……が、櫻井が語る苦労話が決して誇張や、ましてや嫌味などではないと理解しているからだろう。
(女って大変だなあ……)
そんなユウキもいまや女性なのだが、やはりまだ実感が追いついていない部分が多く、なんとなく男性目線になってしまう。あまり積極的に会話に交ざらないのもそのためだ。
白百合は元より天城にしろ櫻井にしろすでにユウキを完全に「女の子として」扱っているのだが、どうにも慣れない。
さっきまで──ユウキたちが購入した分のお直しを待つ間──だって、主にユウキがモデルとなって──というかほぼマネキンにされて──下着の試着会のような催し?が開かれていたのだが、どうしても「異性」を意識してしまって見るのも見られるのも恥ずかしくて仕方がなかった。
下着を脱ぎ着するということは、つまり一時的に裸の状態を経由するわけで、フィッティングルーム内での肌色の閉める割合たるや凄まじく。しかも白百合たちにいたっては「肌色以外の部分」すらも特段隠そうとしないものだから非常に目の毒だった。
──うおー!? 見なって真田! これ、スゴイ! 指が吸い付く! ふわぁ~、ナニコレ~、沈む~!
──きゃっ、ちょっと天城さん!
──ユウキ、私のでよければあなたも触ってみる?
──えっ、真田の乳首めっちゃ綺麗なピンクじゃん!
──乳輪も小振りだし形もよくて羨ましいです。
──ほんと、思わず吸い付きたくなるわね。
──え!?(×3)
(……って、わああああああっ、僕は何を思い出してるんだ! 忘れろ! 今すぐ忘れろ! 消去、消去ッ、消去ぉぉぉ!!)
「ちょっ、ユウキ!? いきなりどうしたのよ!」
突如自分の頭をガンガンと殴り始めたユウキの腕を白百合が慌てて取り押さえた。
「はぁ、はぁっ、……な、なんでもないから」
……いやでも白百合さんになら別に吸われても……って、違ぁうっ!!
「え、さすがになんでもなくはないでしょう?」
「本当になんでもないから」
「そ、そう。もし何かあるときはちゃんと言うのよ?」
「うん」
ユウキが頷くと白百合は掴んでいた腕を放して引き下がった。納得した、というより今はこれ以上聞いても無駄だと思ったのかもしれない。ユウキとしては蒸し返されないことを祈るばかりである。
「──お嬢さま、本日のお夕食はいかがなされますか?」
運転席の神崎(姉)が言った。季節柄外はまだ明るいが、昼食が遅かったこともあり、すでにそれなりの時間である。
「そうねえ……。天城さんと櫻井さんは急な外泊でも大丈夫かしら?」
「うちは割と放任だからそういうのはヘーキ。つか、白百合さんちなら大歓迎。めっちゃ興味あるし」
「わたしも白百合さんのお宅だと言えば大丈夫だと思います」
「そう。なら、決まりね。今日はうちでお泊まり会にしましょう。神崎、連絡をお願いね」
「かしこまりました」
──今夜は白百合家でお泊まり会。
その話はあっという間に纏まってしまった。
(まっ、えっ、ええええええ!?)
その間、会話に交ざることさえできなかったユウキは、ひとり声にならない悲鳴を上げた。
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