第16話 ランジェリー
──というわけで銀座である。
言っておいて何が一体「というわけ」なのか、ユウキ自身さっぱりなのだが、白百合曰く「下着は若いうちからちゃんとした良いものを着けてなきゃだめよ」とのこと。
なんでも女性用の下着というものは加齢とともに変化していく体型にも影響を及ぼすものらしい(因みに現在のユウキは精神面での慣れなどが配慮され、スポーツタイプのブラとボクサータイプのショーツが与えられている)。
──というわけでユウキと白百合に天城と櫻井を加えた一向は、神崎の運転する車で銀座の一角に敷地を占める高級ランジェリーを専門に扱うブティックへとやって来たのであった。
『わぁー!』
店に入った途端、天城と櫻井の歓声が見事にハモる。二人はきらきらと目を輝かせると、そのまま思い思いに店内へと散っていった。どうやらランジェリーショップは彼女たちにとって非常に心踊る場所らしい。
そしてユウキはというと……
(え゛っ、ここ、なの……!?)
入口を潜って少し進んだところでガチガチに固まっていた。
ユウキとしては、いくら「高級店」といっても売り物が売り物だけに、なんとなくライトなイメージというか、もう少しだけカジュアルな感じの店舗を想像していたのだ。
ところが実際に来てみれば──そこにはまるで宝飾店のようなきらびやかさがあった。
そもそもの話、ユウキはつい先日まで男性として生きてきたわけで、その頃は「彼女いない歴=年齢」だったし、当然ながらランジェリーショップを訪れる機会などなかったのだ(仮にもし彼女がいたとしてもユウキの場合絶対に付いてきたりはしなかっただろうが)。なので面食らうのも仕方ない。
(あわわわわ──)
正面はもちろん、右を見ても左を見ても
(……お、落ち着け)
この場に充ちているのはたぶん洗練された上品なセクシーさであって、決して猥褻なエロティシズムなどではない……はず(なお、セクシーとエロの違いなど実はわからないという点についてはこの際スルーする。そこはまあなんとなく……言葉の雰囲気である)。
だからそれらを「そういう目」で見るほうがきっと「変」だし間違っている。……いくら元男性とはいえ自分はもう女の子なのだから。
だからそう、
(いやらしくない……あれは全然いやらしくなんてないんだ……)
とはいえ──、
(いや、
店内の割と目立つ場所に置かれたマネキンが着けている下着……下着?
思わず疑問系になってしまうのも無理はないそれは──たぶん──シルクの総レース作りで、面で構成されている部分が極端に少なく、おまけに大事なところは全く隠されていなかった。
あれではどう見ても白百合の言う「体型の補正・矯正効果」などあるはずがない。
「ふうん? ユウキはああいうに興味があるのね」
背後からからかうような声がした。
「──な! 白百合さん!? 違うよ!? 違うからね!? あんなの一体誰がいつ着るんだろうって思っただけだから!」
「あら、
「え!?」
「………………冗談よ」
「へっ……? あ……、うん。そっ、そうだよね? ……はは、あーびっくりしたあ」
一瞬、あのメイド服の下に……と、想像してしまった。そんなわけないだろうに。心の中で「すみません」と沙織里に詫びる。
「……ねえ、もし私が着たら見たい?」
「はぃ!?」
「そう。なら、そのうちね」
「え!? いや待って?? 今のは疑問系の『はい』であって肯定の『はい』じゃないからね!?」
「ふふっ、わかってるわよ」
「はぁ……もう、心臓に悪いよ」
なんだまた冗談か……。ですよねー。
「ごめんなさい。あんまり緊張してるみたいだから。さっ、ほら私たちも見に行きましょ。私があなたにぴったりのものを見繕ってあげるわ」
「わっ」
妙に張り切っている白百合に腕を取られ──半ば引きずられるようにしてユウキは店の奥へと入っていった。
※
「し、C65……だとっ? ぐぅ……なんとなくそんな気はしてたけどぉ……。負けたぁ……。あたし、白百合さんや櫻井ちゃんはともかく、ちょっと前まで男だったやつにまで負けたぁ……」
わなわなと肩を震わせながら天城が絞り出すような声で呻いた。その肩を櫻井が「まあまあ」と優しく叩いている。
(うん……なんかごめん)
先程「まずは自分のバストの正確なサイズを知らないと」という白百合の言葉に従い、ユウキは店員(もちろん女性)にメジャーでバストのトップとアンダー(この二点の差でブラのカップが決まることをユウキはこのとき初めて知った)を測ってもらうことになった。
すると「じゃあついでに自分たちも」と集まってきた天城と櫻井(と元から一緒にいた白百合)の前で公開測定(因みに下着姿で。めちゃくちゃ恥ずかしい!)を受けることになったのだが……。
「また少し育ってしまったようね……。これ以上はもういらないのだけれど」
そうぼやくように口にする白百合のサイズはD70(因みにトップは現状Dカップに収まる上限値いっぱいだそうだ)。
「わかります……。大きければ良いというものでもありませんよね。わたし、コレのせいで肩凝りが酷くて……」
こんな脂肪の塊なんて……。そう言って恨めしげに自身の胸を手のひらで支えるように持ち上げている櫻井は圧巻のG70。
そして、
「お前らそれ嫌味かよ!」
とキレ気味な天城はというと……
「よりによって真田にトップで負けて、アンダーでも負けるとか……マジ泣ける」
B70。それが彼女に突きつけられた現実であった。
因みにアルファベットがいわゆる「カップ」で、後ろに続く数字が「アンダー」に当たる(これもユウキは今日、初めて知った)。
「トップバスト-アンダーバスト=カップサイズ」なので、トップが同じくらいだったユウキにカップサイズで上回られたのがよほどショックだったらしい。モデル体型な彼女だけに特にアンダーでは負けたくなかったのかもしれない。
(っても、天城さんはめちゃくちゃ細いんだけどね)
読モなんかもやっているらしい彼女は身長が170cm以上もある。男だった頃から160cm程しかなく、今や150cmそこそこにまで縮んでしまったユウキと比べれば、中に脂肪が詰まったトップバストに関してはともかく骨格の影響が大きいアンダーバストの数値は大きくて当たり前なのだ。
その辺りを察してか櫻井が、
「天城さんは背も高くてスタイル抜群なんだから別にいいじゃないですか。見てくださいよ、わたしなんてちびなくせに無駄に胸ばかり育ったものだからバランスが悪くて何を着てもいまいち似合わないし……。その上どうしても太って見えるし最悪ですよ」
普段おっとりした彼女にしてはずいぶんと皮肉げな顔で、天城に対する慰めとも、己に向けた自嘲とも取れる言葉をこぼす。たしかに櫻井の身長は今のユウキとそう変わらないくらいで、胸の主張が激しすぎる分、相対的に横幅が広く見えてしまうのかもしれなかった。
「櫻井ちゃん……」
「天城さん……」
二人は互いに見つめ合うと──
『はぁ~~~……』
揃って深くため息をついた。
それを見ていた白百合が、
「隣の芝は青い、ということね」
ぽつりとこぼす。
『………………』
あんたが言うな! こればかりは渦中の二人だけでなく、巻き込まれないよう黙って様子を見守っていたユウキも一緒になって心の中で盛大に突っ込んでしまうのだった。
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