第15話 女女女 ─姦しい─

「あ! やっと来たし。ちょっと二人とも遅いじゃんか~」

「はぁ~……。これでようやくホッとしましたね」


 悶着──というか白百合と唐沢氏のじゃれ合い──の後、案内された個室に入ると、そこではユウキにとって少々意外に思える者たちが待ち受けていた。


「天城さんに……櫻井さん?」

「よっ、おひさ~」

「こんにちは」


 天城あまぎはるか櫻井さくらい笙子しょうこ。二人はユウキと白百合のクラスメイトたちだ。


(あ、僕にとってはクラスメイトってことになるのか)


 便宜上、ユウキはすでに翔山高校を自主退学したことになっている。級友ならぬ旧友との凡そ二週間ぶりの再会であった。


「え……っと。ど、どうして……?」

「私が二人に声を掛けて来てもらったのよ」

「え、そうなの?」


 そんなの聞いてないんだけど。


「いや~、なんか白百合さんが三つ星フレンチごちってくれるっていうからさー」

「あはは……」


 あっけらかんと軽口を叩く天城に、困ったように笑う櫻井。

 あの日ユウキに味方すると声を上げてくれた彼女たちだが、それ以前は単に同じクラスという以外に関わりなど無かった。なのでこうして学校の外で──ましてや休日に──会うなんて当然ながらこれが初めてだ。


「………………」


 どうしたらいいかわからず、ユウキは少しだけ身構えてしまう。


「う~ん、それにしても真田マジか~。見た感じもう完ぺき女の子じゃん。しかもかわいいとか」

「……ですねえ」

「!」


 そしてごく普通に受け答えしてしまったが──、自分はもう戸籍上「真田勇気」とは別人になっていることを思い出し、やにわに焦る。


「白百合さん!?」

「大丈夫。二人は知ってるわ」

「そうなの!?」


 思わず二人のほうを見ると、


「まーね。ほら、例のアレをいっちゃん最初に白百合さんに報せたのってあたしだし」

「わたしは急に自主退学って聞いて……あんなことがあったんだし当たり前といえばそれまでですけど……。でも、放課後真田くんのお家を訪ねても真田くん本人は愚かご両親にも会えないし……それで白百合さんに相談したら──って、感じです」


 天城はどこか得意げに胸を張り、櫻井は困ったように眉尻を下げた。


「ユウキ。秘密を知る人間はもちろん少ないほうがいいわ。──けど、ちゃんとした事情を知っている味方だっていたほうがいいでしょう?」

「そ、それはそうかもだけど……」

「あなたに何も相談しなかったのは悪かったわ。でも、この二人なら信用も信頼もできると思ったのよ」

「真田……」

「真田くん……」

「ユウキ、彼女たちを──いいえ、私たちを信じて。それでも万が一、何か問題が起きた場合は私がきちんと責任を持って『処理』するから」

「処理って──!?」


 天城が悲鳴のような声を上げた。


「……え? 処理は処理よ。でも心配なんてする必要ないわ。私、天城さんのこと信頼してるもの。問題なんて起こらないって信じてる」

「重っ、白百合さんの信頼が重いんだけど!」

「うふふ」

「……はは」


 白百合と天城のやり取りを見てまず櫻井が笑い──そして釣られるようにユウキも笑ってしまった。


「いや、あんたら笑い事じゃねーし! あたしにはわかる……! 白百合さんはやるときゃ絶対に殺る女だって」


(うん、それね。すでに殺ってる可能性もあるよね……)


 ──あいつらは一体どうなったのだろう。ふと怨敵たちの末路が気になったが……


(別にどうでもいいか)


 今後、二度と会うことはないと聞かされている、ならばもうそれでよかった。思い出したくもない。


「とりあえず食事にしましょう」


 積もる話は食べながらでもできるでしょう?

 白百合のそんな一言で、ひとまずは全員、席に着くのだった。



  ※



 食事中の会話は天城、櫻井の二人があの日以降のクラス内の様子を語ったり(ユウキはこのとき初めて知ったのだが、実は白百合もこの二週間少々の間学校へは行ってもクラスにはほとんど顔を出していなかったらしく、二人の話を興味深そうに聞いていた。……因みに佐伯たち四人も「なぜか」全員自主退学や転校をしたそうだがどうでもいいだろう)、またその二人が白百合家での過ごし方をユウキに尋ねたりと比較的無難なものばかりだったが、全員の食事が済みデサールデザートのフォンダン・オ・ショコラとコーヒーが供されると、話題は若干下世話なものへと移行した。


「──そんでさあ、真田~? あんたってば今実際どんぐらい『女の子』なわけ?」


 天城がニヤニヤとしながらテーブルに身を乗り出す。


「ぶっちゃけ──、自分の身体を見て興奮したりするん? ほら、服脱いだら女体の裸体なわけじゃん」

「ぶふっ」


 ユウキはコーヒーを噴いた。


「げほっ、げほっ」

「ちょっ、天城さん!」


 櫻井が窘めるが──


「えぇー、別にいいじゃんこんくらい。……てか、櫻井ちゃんだって実は興味あるっしょ」

「──え。そ、それはそのあの……ですね、あるような、ないような……。でも、全くないと言ってしまえば嘘になるといいますか……」

「ほら~、やっぱりぃ。櫻井ちゃんみたいなタイプってけっこうムッツリが多いよね~」

「にゃ!? む、ムッツリじゃありません!」

「あっそ。じゃあ、興味あるってことでいーよね?」

「うっ……さ、真田くん……ごめんなさい。わたしも少しだけ興味あります」


(……え、えぇ……)


「──ユウキ。私も知りたいわ」

「そんな──! 白百合さんまで!?」

「ほれほれ真田~、さっさと話して楽になっちまえよ~」

「ぐぬぬ……」


 などと唸ってみるも……、


「真田」

「真田くん」

「ユウキ」


 逃げ場などなかった。


「………………はぁ、わかったよ。言うよ、言いますよ」


 ──ごくり。と、三人が実際に唾を飲んだかどうかは定かではないが、そういった表情をしたのは確かだ。ユウキは仕方なく口を開いた。


「別に……その、自分の身体に興奮したりはしないよ」

「へー」

「むむ」

「……」

「ええと……自分でも不思議なんだけど、鏡に映して見てもそれは単に『自分の身体』ってだけというか……あー……なんだろう? 特に何とも思わないっていうのが一番しっくりくるかな」


 ──たぶん。と、ユウキは小首を傾げた。


「きっと身体と一緒に自身に対する認識まで変わってしまったんでしょうね。本当に不思議だわ」


 白百合がそのように補足する。それはユウキ自身、感じていたことだ。

 自分は元、男性。自然な記憶としてそれが在るにも拘わらず、今現在女性になってしまった自分もまた自然なものとして受け入れられているのだ。

 ユウキは未だ自分を半ば以上男性だと思っているものの、しかし自身の身体を見てもすでに「異性」のものとは感じなくなっていた。


「は~ん、な~るほどねぇ……」


 天城は言葉とは裏腹に「よくわからない」といった表情で唸った。まあ、そうだろうね。とユウキは思う。自分だってよくわかっていないのだから仕方ない。


「まっ、とりあえずオッケー。じゃあさ、他人ならどうなん? 真田の性的な興味の対象は今どっちなのさ」

「はぁ? ちょっ、えぇ……。いきなりそんなこと言われても」


 ──困る。てか、これどんな罰ゲーム?


「なんだよー、簡単だろー? はっきりしろよー」


(誰か助けてよぉ……)


 そう思い天城以外の二人を見るも──


「………………」

「………………」


 白百合も櫻井もなぜか恐ろしく真剣な表情でこちらを見ていた。


(えぇ……ナニコレぇ……。はぁ……)


 ──仕方ない。適当に誤魔化そう。そう思い、


「ええと……実はまだよく」


 ──わからないんだ、と口にしようとした矢先──


「ほれっ、これでどーよ?」


 天城が自身のざっくりとした襟元に右手の人差し指を引っかけ、グイッと引っ張った。


「んなあ!?」


 ニットワンピの柔らかな生地がにゅーんと伸びて、彼女の小振りだがしっかりと存在を主張する二つの膨らみと、それを覆う青い下着の一部が露になる。


「あっ、天城さん!」


 先程に続き、今回も櫻井が悲鳴じみた声で窘めたのだが──


「ほっほ~う? なるほどなるほど」


 当の本人は面白そうに笑い、


「む……」


 白百合もぴくりと眉を動かしはしたものの、特に天城の行動を咎めたりすることはなかった。──どころか……、


「ユウキ。午後は下着を買いに行きましょう」


 彼女は平然と更なる爆弾──ユウキにとって──を投げ込んでくるのであった。

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