第13話 パワープレイ(3)
勇気がいろいろなことを先送りにさせてもらって
当たり前だが学校へは行っておらず、だからといって代わりに何かするわけでもなく、のんびりとした、とても穏やかな日々だった。
本日もまた
「白百合さんが?」
と、思わず疑問系になってしまうのも無理はない。
彼女の自宅でお世話になっているにも拘わらず、ここで顔を合わせるのは基本的に勇気の専属という扱いらしいメイドの沙織里ばかりで、白百合の両親にすらまだ会っていない。なんなら白百合に会うのだって初日その他は何日目だったかの夜に一度、軽く様子を見に来てくれて以来だから……次が通算で三回目だ。
(言ってた
※
「──お待たせしたわね。全て片付いたわ!」
神崎(姉)を伴い、颯爽と現れた白百合は、開口一番そう言った。これが漫画なら背景に「ドーン!」とか「バーン!」とかの描き文字が入りそうな勢いだった。
「う、うん」
勇気は少し反応に迷って、とりあえず曖昧に頷いておいた。
(できればもう少し具体的な説明が欲しいです)
そんな気持ちが顔に出ていたのか、
「神崎」
白百合が控えていた神崎(姉)に目配せをする。
「はい。まずは
「……な、なるほど……」
「詳しく聞きたい?」
「え!? いや、えぇ……と、別に聞かなくても大丈夫かな……」
白百合の悪戯っぽい笑みが逆に恐ろしい。聞けばきっと後悔する。そんな予感がした。
「そう、残念ね」
白百合はさほど残念でもなさそうに言って、笑った。
(絶対、聞いちゃ駄目なやつだ……)
ぶっちゃけ、白百合グループの持つ力を鑑みれば「東京湾に沈めた」と言われても不思議はない。佐伯たちがどうなろうが知ったことではないが、心の平穏を保つためにも余計なことは知りたくなかった。
そして、
「次に真田さまご自身に関してですが……」
と、神崎(姉)が少し言い淀み──
「私から言うわ」
それを白百合が引き継いだ。
「真田くん、最初に謝っておくわ。……ごめんなさい」
「へ? どういう……」
「真田くん」
「は、はい」
「あなたを社会復帰させるために──私はあなたに死んでもらうことにしたの」
「はい?」
「今のあなたは……より正確に言うと『真田勇気という少年』はすでに故人よ」
「え」
「佐伯数馬がネット上に流出させた例の写真」
「………………うん」
思い出すと心が鉛を飲んだように重苦しくなる。
「あなたの個人情報は一部の物好きによってすでに特定、拡散されてしまったわ」
「……まあ、そうだろうね」
そもそもが初めから隠す気などまるでない悪意に満ちた画像だ。ネットに流れた時点で勇気の社会性命は詰んでいた。だからこそ一度は自ら死を選んだ。
「ワイドショーや写真週刊誌が大喜びしそうな話よね」
「だね……」
白百合の歯に衣着せぬ言いっぷりに勇気は苦笑いを浮かべた。
高校生の少年がいじめを苦に自殺、たしかに彼女の言うとおり「いいネタ」だろうと思った。
「けど安心して。今回の件はワイドショーなんかで流れたりしないわ」
「そうなの?」
「ええ、マスコミには大小問わず圧力を掛けておいたから大っぴらに騒がれることはないはずよ」
「そ、そうなんだ。なんというか……ありがとう?」
「いいのよ。それに完全に揉み消すのは無理だわ。あなたがいじめを受けていて、例の写真が撮られたという事実までは消しようがないもの。どの程度広がるかはわからないけれど、いずれどこからか漏れてしまうと思う」
「……うん」
「──けど、何より隠さなくちゃいけないのは、あなたが実は生きていて、しかもどういうわけか女の子になってしまったという不可思議な事実よ。どうしてかは……言うまでもないわよね?」
「う、うん」
リアルで起きたファンタジーなTS現象なんて世間に知れたら、マスコミはもちろん各種研究機関から果ては宗教関連まで、その存在は世界中から注目を集め、勇気の身柄は常に狙われることになるだろう。
「それで話は戻るのだけど……だからあなたの身の安全を守るため『真田勇気』という人物は戸籍上死亡したことにさせてもらったの。書類上の死因は病死。あなたには本当に悪いと思うけど、対外的にはいじめはなかった、そして自殺もなかった、そういうことになっているわ。万が一物好きな誰かが嗅ぎ付けたとしても『真田勇気』という少年がすでに故人であるという情報より先は辿れないようになっているから安心して」
「あ、うん」
もう何が何やらわからなくなってきたが、白百合が「安心」というならそうなのだろう。たぶん白百合グループにできないことなんてないんだ。そう勇気は半ば無理やり納得した。
──ただ、気になることが一点。
「でも……それだと僕はどうなるの……?」
今現在、こうして勇気は生きている。性別は変わってしまったが、せっかく生き延びたのだから今ではもう死にたいとは思わない。
……思わないが、戸籍上死亡した人間はこの国でどうやって生きていけばいいのだろう。
「大丈夫よ。もちろんちゃんと考えてあるわ。──神崎、あれを出して」
「はい。真田さま、こちらをどうぞ」
白百合が促すと、神崎(姉)が鞄から一枚の書類を取り出し、それを勇気に渡してくれる。
「……戸籍謄本?」
「ええ、そうよ。よ~く見て」
「…………………………はい?」
実物は初めて見るが、真田家全員の戸籍が記載されたそれには両親の欄に続いて長男である自分──真田勇気についての記載があり、そこには死亡した日時が印字されていた。公文書によって自分自身の死亡が証明されているというのはなんとも不思議な気分だ。
しかしそれよりも気になる……というか明らかにおかしな記載がある。
「へ──? 長女? 真田……、ユウキ?」
親子三人家族のはずの真田家に本来いるはずのない四人目の人物、長女「ユウキ」。文字違いの同姓同名、どうも彼女は勇気と同じ誕生日時らしい。つまり勇気には双子の姉もしくは妹がいた、ということだ。書類上は。いやいや、んな馬鹿な。
「真田家長女『真田ユウキ』──それがあなたの新しい戸籍よ」
「え」
………………はい?
※
さすがは天下の白百合グループというべきか。その手に掛かれば一人の人間を死んだことにするのも新たに戸籍をでっち上げるのもお手のものらしい。
さらに言えばこのことは勇気の両親もすでに納得の上了承済みらしく──なんと、この二週間の間に勇気は本人不在のまま学校を退学、そしてその後密かに死亡したことになっており、ついでに両親と事情説明を受けたそれぞれの祖父母らの手によって略式の葬儀まで終えているらしい。
つまり今さらもう勇気が納得しようがしまいが既にこの世に「真田勇気」なる少年は完膚なきまでに存在しておらず、今日このときより新たに「真田ユウキ」という少女として生きていくしかないのだ。
新しい名前に元の名前の名残がありありと残っている──というか音はそのままな──ことについては、自分自身の気持ちや、名付け親である両親の名前に対する愛着あるいは執着、そこに生じたであろう葛藤など、いろいろと思う点はあるが……。
とはいえ──
「思ったより平気そうね?」
白百合が意外そうに片眉を持ち上げた。
「うん、まあ……ね」
「どうしてか、聞いても?」
「いや、ほら? いろいろあったし、今もこれからもまだまだいろいろとあるんだろうけど……」
と勇気──いや「ユウキ」は一旦言葉を切り、
「僕がこうして女の子になっちゃったこと以上の驚きというかショックはもうないでしょ? たぶん」
「────ぷっ、ふふふ……そうね、たしかにそうだわ」
「でしょ」
「ええ、第一発見者になった私の受けた衝撃といったらもう……想像もつかないでしょう?」
当時の状況については既にユウキも聞いている。
サスペンスドラマばりの勢いで同級生男子の部屋に踏み込んだら、なぜかそこに居るはずの男の子にそっくりな女の子が倒れていたのだ。白百合にしてみればもう、訳がわからなかっただろう。
──というか、だ。下手をすれば白百合はTSした「ユウキ」ではなく、首吊を吊った「勇気」の死体第一発見者になっていた可能性もあった。
「……その節はすみませんでした」
改めて気まずく思いながら頭を下げた。
「いいのよ」
しかし白百合は気にした風もない。
「間に合ってよかったわ」
発見時、ユウキは心配停止状態にあり、白百合──というか実際に処置をしてくれたのは神崎(姉)らしいが──の蘇生措置がなければ「勇気」の部屋に謎の少女の変死体が残されていたかもしれない。今生きていること自体が白百合たちのお陰だった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ユウキが万感を込めて感謝を述べると、白百合は花がほころぶように笑った。
しかして直後、
「──ところで」
「うん」
「なんだか……ずいぶんと仲良くなったみたいね」
と、彼女は何やら訝しげな視線を向けてくる。
「うん?」
一瞬「なんのこっちゃ?」と思ったが、その視線をそれとなく辿ると──
「………………(え、近くない?)」
「………………(にっこり)」
現在、ユウキと白百合はテーブルセットを挟んで向かい合って座っており、それぞれの背後──斜め右後ろ──には白百合側に神崎(姉)が、同じようにユウキの側には神崎(妹)こと沙織里が控えている……のだが。
その沙織里の立ち位置が──ユウキに対する距離感が妙に近い。神崎(姉)が白百合との間に常識的な──おおよそ人ひとり分ほどの──スペースを空けているのに対し、沙織里はというと
……。
(……うん、当たってるし。これ完全に当たってるよね? ……まさか当ててんの?)
ほとんど密着しており、その豊満な胸の膨らみが一部、ぽよぽよとユウキの後頭部に触れていた。
「………………(にっこり)」
美貌のメイドは何も言わない。しかしその笑顔は絶対に確信犯だろう。
「……ふうん」
白百合が軽く鼻を鳴らす。音に釣られてそちらを見ればものすごいジト目を向けられていた。
「………………(き、気まずい)」
自分と白百合との関係とは一体なんだろう。
間違っても男女の関係ではない。それについては二週間と少し前──自ら望んだ告白ではなかったが──きっぱりと振られている。
なら友人かといえば……それも違う。あの日よりも以前、ユウキと白百合の間にはクラスメイトであるという意外に何一つ接点はなかった。
しかし今もただの一クラスメイトかといえば……それも絶対に違うだろう。何せユウキは彼女の自宅にはや二週間もお世話になっているのだ。ただのクラスメイトで括れる段階はとうに過ぎている。
おそらくは「クラスメイト以上──友人未満」ぐらいが現在における適当な位置付けか。
であるのに、
「………………(じぃ)」
「ええ……っと」
まるで浮気の現場を押さえられたようなこの居心地の悪さはなんだろう(浮気もなにもユウキには異性との交際経験などないが)。
「……まさか沙織里に先を越されるなんて。もう少しこっちにも顔を出しておくべきだったわね」
「すみません、お嬢さま。あまりにもかわいらしいものですから……つい」
「……むぅ」
(……ナニコレ)
白百合と沙織里の間で何らかの火花が散っている……ような気がする。よくわからないがユウキの本能は決して口を挟むなと訴えていた。
「……まあ、いいわ。私のターンはこれからよ──というわけで真田くん……とはもう呼べないわね。真田さん……もなんだか他人行儀だし……ユウキさん……? いいえ、ここはもういっそ呼び捨てのほうがいいでしょうね……うん。──よし、ユウキ!」
「へっ? あっ、はい」
「ちょうど明日は土曜日だし、一緒に買い物に行くわよ」
「買い物?」
「あなた、女の子としての私物なんてまだ何も持ってないでしょう?」
「う、うん」
「私がイチから見繕ってあげる」
「あ、はい。……お願いします?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます