第4話 告白(4)

「別にいいよ」


 そんなことはいまさらだ。

 勇気には友達なんていない。以前はいたような気もするが、あれは幻か何かだったのかもしれない。佐伯たちからいじめられるようになって、友人たちは勇気から徐々に離れていった。

 その辺りは白百合も知っていたのだろう。珍しく「失敗した」という顔をしている。


「その、あんまり気にしないでよ。されても正直……困るし」

「……ありがとう、でいいのかしら?」


 白百合は困ったように苦笑いを浮かべた。


「とりあえず、お言葉に甘えさせてもらうわね。それでだけど……ねえ、真田くん。いじめは加害者と被害者、あくまでも当人同士の問題。そう言ったわよね? 少なくとも私はそのように考えるわ。だから私はあなたと佐伯くんたちとの間に起こっているそれにわざわざ自分から進んで関わるつもりはない。だって私はお節介な正義の味方なんかじゃないもの」

「………………」

「──けどね。こちらから関わるつもりがなくても、巻き込まれたのなら話は別なのよ? ねえ真田くん。今回の茶番を佐伯くんたちから持ちかけられた時点で私に相談することはできなかったの? 私、もしも事前に聞かされていれば決して無下には扱わなかったわよ?」

「それは……」


 そもそもそんなことは思いつきもしなかったのだが……しかし、たとえ思いついていたとしても、佐伯たちに「例のもの」を握られている以上、勇気にはやつらの命令に従う以外の選択肢はなかっただろう。まして、それを込みで白百合に相談するなんてもってのほかだ。

 勇気が何も言えず黙っていると、それをどう受け取ったものか白百合が、


「………………私って、もしかして怖い?」


 などと突然妙なことを言い出した。


「──へ? ちっ、違うよ!?」

「あー……うん、いいのよ。自分でもまあ結構刺々してるなあって思うし」

「いや、そんなことないから! 白百合さんは正直、美人すぎて近づきがたい雰囲気はあるけど……けど、怖いとか、そんな風には全然思ってないから!」

「……それ、本当?」

「もちろん!」

「ふうん………………そっか。ふふっ、そうなんだ」


 なあ、これ俺たち何見せられてんの?

 サーナンダロナー。

 やだっ、なんか白百合さんがすっごくかわいく見える! いつも以上に!

 白百合さんと真田が良い雰囲気、だと……?

 ついさっきあんなにはっきり振られたのに?

 砂吐きそう。

 ちっ。


「──こほん。ちょっと脱線したわね」

「! えっ、あ……うん……」

「とにかく、私が言いたかったのはね、あなたが気づいていない、もしくは最初から選択肢から消してしまっているだけで、あなたの周りには私を含め、いざとなれば味方になってくれるひとは案外たくさん居るのよ──ってことなの」

「………………」

「信じられない? なら、今から聞いてみましょうか。ねえ、みんな? 真田くんがもし本気で助けて欲しいって言ったら、もちろん助けてくれるわよね?」


(──え、ちょっとこの子何言っちゃってんの!?)


 勇気は白百合絢音という少女のことがわからなくなった。宇宙人的な意味で。

 一見してクールな美少女。その発言も──少なくともこれまでは──一貫してクール。

 というか、ついさっきまでめちゃくちゃクールでドライなことを口にしていたはず。

 その子が、なぜか急に頭がお花畑みたいなことを言い出したのだから困惑もひとしおである。キャラ、ブレすぎじゃない? きみ、頭大丈夫? 本気で意味がわからない。


「あのう……白百合さん?」


 おずおずと名前を呼ぶ。


(もう勘弁してください……居たたまれないしあとで佐伯たちに何されるかわかりませんから)


 しかしそんな勇気の思いなどよそに、


「いいよ。あたし、真田の味方んなっても」


 さっそく一人、そう言ってくれる者が現れた。現れてしまった、というべきか。

 しかも、


(……嘘でしょ?)


 その人物というがあまりにも意外で、勇気は目を見開いた。

 天城あまぎはるか。ちょっとボーイッシュな雰囲気のあるスレンダーなギャルだ。ボブカットの髪には赤紫のインナーカラーを入れている。

 ちなみにだが天城は勇気にとってこれまで一度も話したことがない相手だ。そんな彼女がどうして、と困惑する。


「天城さん!」


 白百合が華やいだ声を上げる。


「白百合さんは真田に付く、ってことだよね? なら、あたしも一緒する。なんつーかさ、ぶっちゃけ佐伯たちのことあんま好きじゃないしね」


(いやいやいや)


 そんなことを言ってしまって大丈夫なのだろうか?

 心配になり、勇気はそっと佐伯たちの様子を窺うが、


(……あれ? いない?)


 四人はいつの間にか姿を消していた。


「真田。今まで見て見ぬふりしててごめんな?」


 天城がはにかみながらそう言った。


「……っ、えっと……」

「ぷっ、なんだよお前……顔、真っ赤じゃんか。あ! もしかしてあたしに惚れちゃった?」


 にしし、と笑われ、


「へっ? ちっ、違うから!」


 勇気は慌てて否定した。


「なんだよぉ、そんなに力一杯否定しなくてもいいだろお……あたしだって傷つくんだかんなあ?」

「あっ、ごめん」

「──あー……ははぁん? なるほど、こりゃ確かにかわいいわ」

「はい?」

「んー、なんでもなーい。たーだ、白百合さんの気持ちにちょっちわかりみを覚えたかも的なやつ」

「はあ……」

「天城さん……?」

「!? あーっと、ごめんごめん! 大丈夫だから! 盗ったりしないから睨むのマジやめて?」

「まったく……」


(ナニコレドウイウジョウキョウ?)


「あのう……わたしもいいですか?」


(えっ。櫻井さんまで……?)


 胸の辺りで小さく挙手をしつつ名乗りを上げたのは櫻井さくらい笙子しょうこ。長い黒髪を編み込みのおさげにした太縁眼鏡が似合う文学少女だ。ちなみに小柄な彼女だが一部分だけとても大きい。


「もちろんよ、櫻井さん。ねえ、真田くん?」

「へっ? あ……ああ、うん。その……よろしく?」


 またしても、なんだかよくわからないうちに白百合に押しきられた。


「わたし、やっぱりいじめはよくないって思うんです。目指すはいじめ撲滅です! 頑張りましょう!」


 櫻井はそう言って、身長の割に立派な胸の前で両手をふんすと握った。


(ええ……いじめ撲滅って)


 そして……、


「んじゃ、俺も」

「私も」

「俺も。天城の話じゃねーけど、俺も佐伯たちって、好きになれねーんだよな」

「あたしもあたしも」


 と。

 天城遥に櫻井笙子。

 その性質は両極端といっていいふたりが名乗りを上げると、あとは芋づる式にクラスメイトの三分の一ほどが次々と「勇気の味方をする」を表明したのだった。


(なにこれ……本当に何がどうなってんの?)


「ほら、ね? 言ったでしょう、たくさん居るって。みんな、あなたが求めてくれるのを待ってたのよ?」


(……そう言われてもな。別に求めたつもりもないし……)


「なら、私たちは不要かしら?」

「!?」

「そんなに驚かなくてもいいでしょ。顔にそう書いてあったわよ」

「………………」

「ねえ、真田くん。案外、世の中にはたくさんの天の邪鬼がいるの。大抵の人間はね、口では『面倒事は嫌だ』『関わりたくない』なんて言っていても、いざ困っている人を見たら助けてあげたくなるものなのよ。でもね、そういのってやっぱりちょっと照れ臭いし、助けた結果、相手や周りから偽善やエゴだって思われるのを恐れてしまったりで、なかなか行動には移せないのね。だからまあ、助けたくてそわそわしながらも相手の方から『助けて』って言ってくれるのを待っているってわけ。滑稽でしょう? 今ここに残っているのは、みんなそんな人たちばかりよ。もちろん、私を含めてね」


 白百合はそう言って優しく笑う。

 だからって、


「こんなに……?」


 その人数にも驚きだが、クラスメイトとはいえほとんど話したこともないような顔ぶれだ。


「そうよ、真田くん。たった今から私が──いいえ、私たちがあなたを守るわ」

「────」


 なんで?

 どうして?

 こんなことってあるの?

 本当に信じてもいいの?


「~~~~~~っ」


 困惑、疑問、歓喜、感動、さまざまなもので胸がいっぱいで、頭の中がぐちゃぐちゃで、勇気はたった一言、「ありがとう」と、それだけ言うのが精一杯だった。

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