第3話 告白(3)

「ぐ……っ」


 そしてその舌鋒をまとに食らうことになった佐伯が、果たしてそれをどのように感じたのか。その辺りは勇気の想像の及ぶべくもない。

 ただ、一度呻いたきり悔しげな表情を浮かべるだけで何も言い返さない様子を見るに……かなり参っているようだ。少なくとも今のところ反論すら浮かばないらしい。

 そんな怨敵を見て、


(ざまあ)


 勇気は思いきり溜飲を下げた。

 佐伯以外の三人──清水、須釜、千田ら──もリーダー格がやり込められてどこか所在なさげにしている。


(ああ白百合さん……もっと徹底的に言ってやって!)


 と、そんな風に邪なことを思ったのがいけなかったのかもしれない。


「──真田くん」


 白百合絢音の舌鋒。

 怨敵佐伯を刺し貫いた、その鋭く尖った矛先が、


「その顔を見ればあなたが今どんなことを考えているのかなんて大体わかるけど……あなたもあなたよ?」

「え」


 どういうわけか、今度は勇気に向けられた。


「どういう──」

「まず大前提として──。いじめというものはそれを行う者が一番悪いわ。なかには『いじめられる側にも問題がある』なんて言う人も居るけど……少なくとも私はそうは思わない。いじめは卑劣な犯罪よ」


 そこで白百合はゆっくりと周囲を見回し。

 最後に、


「そうでしょう?」


 と言って、佐伯たちに対し、再び例の汚物でも見るような目を向けた。


「っう……いや、だからあ、それはそいつがさあ──」


 佐伯は勇気のことを指しながら何か言い返そうとしたが、


「──あなたの言い分なんて聞いてないの。今話しているのは私よ。佐伯くん? 少し黙っててくれるかしら」


 白百合がそれをぴしゃりと遮った。


「なっ!? ~~~っ」


 佐伯はそれでも何か言いたげに口を何度かぱくぱくと開け閉めしていたが、


「………………」


 白百合が相手ではさすがに分が悪いと思ったのか……結局、むっつりと黙り込んだ。


(うわあ……。めっちゃ睨まれてるし……)


 そのヘイトは思いきり勇気に向けられているわけだが。


「ごめんなさい、邪魔が入ったわね」

「あ、いえ」

「~~~っ」


 邪魔者扱いされた佐伯が、視界の隅で茹で蛸のようになっている。


(白百合さん……そうやってナチュラルに煽るのやめてもらえませんか)


 今はいいが後が怖い。勇気は内心げんなりとした。


「──話を戻すわね。大前提として、いじめは百パーセント加害者が悪い。これはいい?」

「うん」

「……っ」


 いちいち佐伯が睨んでくるが、白百合の持論については勇気も常々そう思っていたので素直に頷いた。


(そうだ、僕は何も悪くない……悪いのは全部あいつらだ)


「その上で、あえて言わせてもらうわ。真田くん──あなたはなぜ彼らに為されるがままになっているの?」

「へ?」

「どうして抗おうとしないの?」

「は?」

「私はそれが心底不思議だわ」

「しら、ゆり、さん……?」


 白百合はその言葉どおり、本当に不思議そうな表情で勇気を見つめる。


 ──ナニヲイッテイルンダキミハ──


 勇気が佐伯たちの為されるがまま? ああ、それはそうだろう。

 ただでさえ弱い勇気が、一対四であいつらに敵うはずがない。


(だからって……僕がやつらに抗おうともしない?)


 ──ソンナワケナイダロウ──


 何度も抗った。この三ヶ月弱、勇気はひとりぼっちで戦ってきた。だけどどうにもできなかった。その結果、今の状況がある。


(僕は抗った……)


 ──ソレヲナニモシラナイデ──


 急激に、心が冷えていく。


「………………。白百合さん……いくらきみでも言って良いことと悪いことがあるよ。僕だってね──」


(抗ったさ。抗ったんだ……っ)


「真田くん」

「!?」


 不意に。勇気の頬にひんやりとした何かが触れた。


「勘違いしないで」


 いつの間にか白百合が両手の平で勇気の顔を挟んでいた。勇気よりも背の高い彼女が少しだけ腰を折り、上目遣いに勇気の顔を覗き込んでいる。


「~~~!? なあっ、はいっ? ちょ、白百合さん!?」


 白百合の顔が近い──。──否、近すぎる。


「最初に言ったでしょう? 私はあなたが悪いなんて微塵も思っちゃいないわ」

「~~~っ」


 うおおおおおお!?

 ちょ、白百合さん何を!?

 キャーッ、大胆!

 なあ、あれってどういう状況?

 ぐぬぬ……羨ましい!


(ひぃっ、近い近い近い──! てか、目ぇでっか! 睫毛なっが! 肌も綺麗すぎて毛穴なんてひとつも見当たらないんですけど!?)


 白百合の突然の奇行?に何やら周囲がざわついているような気もするが、今の勇気にはそれを気にする余裕などない。自分のことでいっぱいいっぱいだ。


「私が言いたいのはね──真田くん、どうしてあなたは誰にも助けを求めないのか、ってことよ。人が困難に立ち向かうとき、必ずしも独力である必要はない。そうでしょう?」

「……え」

「先生には話したの?」

「………………」

「まあ、少なくともうちの担任には言っても無駄そうよね」


 勇気たちのクラス担任はかなりのことなかれ主義だ。

 白百合は仕方なさそうに苦笑いを浮かべた。


「なら、ご両親には?」

「っ……」


 勇気は下唇を噛んだ。

 すると白百合は、


「……そう。あなたは真田……くん、だものね。言えないか」

「!?」

「どうして、って顔ね。私の身近にも居たのよ。名前で苦労したひとが、ね。基本的に、名前というのは親や家族が子供に託す願いよ? でも、時にそれは呪いにもなり得るものよね」

「………………」

「じゃあ」


 友達には──、そう言いかけて、


「! ……っと、ごめんなさい」


 白百合はバツが悪そうに謝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る