女子が密着してくる

 女子をどんな目で見てるのか。母さんは問うてきた。

 乞食以外の何ものでもない。

 いや。むしろ乞食の方がましかもしれない。少なくとも施しに対して、感謝の気持ちくらいは持つからな。

 対して女子はと言えば、それすら持たない。当たり前のことと認識してるわけで。

 乞食以下ってのが今の女子ってことか。


 最悪じゃねえか。

 一生関わらないようにしよう。


 いつも通りに自宅最寄り駅で電車を待つ。

 相変わらずの辛気臭さを漂わすホーム上の人々。男女問わずだから、日本って国は誰も希望を抱けないのか? 辛気臭くなるような社会構造なんだろう。

 電車がホームに滑り込んで停車すると、少ない下車人数に対して、乗車人数が大きく上回り、無理やりにでも車内に入り込む。


 一極集中の弊害だよなあ。なんでもかんでも都内に集めりゃ、こうなるなんて、予測を立てるまでも無いのに。

 人の流れに合わせて車内に入り、車両中央付近まで移動する。

 押し退けないと行けないのもあれだ、これじゃあ痴漢し放題だろ。一度車内に入ると身動きすら取れん。


 臭い。

 人が多くて換気が悪いせいだ。窓も開けて無いから、空気が入れ替わることも無い。

 ひたすら臭い。


 ふたつほど駅を通過すると、停車駅となり降りる人が移動する。

 中ほどに居ても押し出される感じで、ドア付近まで追いやられ、続いて乗車してくる連中に再び押し込まれて行く。


 ひとり俺に抱き着く変態が居る。

 鞄ごと押しやられ、俺に抱き着いてるんだよ。誰だよ、気色悪い。

 と思って視線を向けると、どこかで見た顔だ。

 そのまま押し込まれて反対側のドア付近まで。そして何より、なんだこの体勢は?


 女子が完全に抱き着く形で、しかもその女子の鞄は俺の背中。つまり腕で輪っかを作る形で、抱き着かれてるんだ。

 密着し過ぎて、しかし逃れようもない状況に。身動みじろぎひとつできん。

 いつもより混雑してるせいだ。誰だよ、今日に限って電車を利用するなっての。


 俺より頭ひとつ分背が低い痴漢被害に遭っていた女子。

 なあ、俺の胸元に顔埋めてんじゃねえよ。何してくれてるんだよ。

 視線を向け続けると、一旦顔を上げたようで目が合った。


「あ」


 ひとこと、何やら発したと思ったら、また胸元に顔を埋める形に。

 何がしたいんだよ、この変態は。これが男女逆なら完全に痴漢だろ。女子だから許されるとか思うなよ。

 こんな体勢のまま下車駅まで。地獄だ。


 停車すると一斉に下車する乗客。

 その流れに合わせて車外に出るんだが、女子もまた流されて一緒に下車してるし。少しは抵抗して車内に居ろっての。

 結果、車外に揃って出ると、乗っていた電車が発車したようだ。

 それを呆然と見送る女子が居る。


「おい、お前」


 振り向きざまに目が合うと、顔を赤くして俯くし。

 なんかはっきりしない奴だな。


「ここが下車駅か?」


 俯きながら首を横にふるふる振ってるし。流れで降ろされたってことか。まあ俺に抱き着いてりゃそうなるだろうよ。アホだ。

 まあいい。こんなのは放置だ、放置。

 移動しようとしたら袖を引かれる。

 振り向くと俯いたままで制服の袖を掴んでるし。何がしたいんだよ、この女子は。


「なんだ?」

「あ、あの」

「手早く済ませろ」


 礼って奴か? この機会に済ませておけばいい。そして二度と関わるな。

 暫しそのまま。


「何か言いたいことがあるんだろ」


 おい、遅刻するだろ。さっさと済ませろ。「あんがと」程度で充分だ。何も期待してないんだからな。義理を果たせば用も無くなる。さっさと済ませろっての。

 袖、掴んだままで俯いたままで、だから早くしろっての。


「遅刻するだろ。用があるならさっさと済ませろ」

「あ」

「あ? ああ、ありがとうってことか。じゃあ、礼は受け取った。手を放してくれ」


 こ、こいつ。しっかり袖を掴んだまま放そうとしねえ。


「袖、いつまで掴んでる」

「あの」

「用は済んだだろ」


 ホーム上で暫し。

 こいつ、言語障害でもあんのか? だったら仕方ないが、そうじゃないなら手を放せっての。学校行くんだから。

 だが駄目だった。

 そうこうしてるうちに、電車が来て過ぎ去っていく。


「さらに一本乗り遅れたぞ。お前も遅刻だろ」


 頷いてるけど俺も遅刻しそうだ。

 掴んでる袖口に力が篭もってるようで、顔を上げ目が合うと。

 またかよ。目が合うたびに俯いてんじゃねえ。しかも顔赤くして。


「マジで放せ。仕舞にゃ怒るぞ」

「あ、あの」

「なんだよ」

「この、前は……ありがとう、ござい、ました」


 少し怯える感じだが、礼は受け取った。もう充分だ。学校に行かせろ。


「じゃあ今度こそ用は済んだな」

「え、と」

「まだあんのかよ」

「な、名前」


 頭が痛い。名前を知ってどうする? 知ったところで意味は無いだろ。


「なんで名前を知る必要がある」


 また無言で俯くし。なんだよこいつ。

 俯いたままぼそぼそ、なんか言ってるが聞き取れん。声が小さすぎるのと、雑踏の中で周りの音の方がでかいからだ。

 少しすると手を放した。

 意味分からんが、これ以上ここに居ると遅刻確定だ。


「やっと解放したか。じゃあな。もう関わるなよ」


 女子を置いてさっさと学校へ向かう。

 マジで遅刻だ。走って間に合うかどうか。


 息を切らして学校の正門まで辿り着くも、丁度門を閉める風紀委員の連中だ。


「はい。残念でしたぁ。生徒手帳出してくださぁい」


 腹立つ。

 不可抗力での遅刻であって、遅刻したくてしたわけじゃないっての。こいつら融通効かねえし。

 傍に先生が居るから事情をと思い、生徒を無視して先生の傍に行くと。


「あ、こら。直談判しても無駄だから」

「そうじゃねえ」

「遅刻は遅刻。明日は気を付けてくださいねぇ」


 くっそ。こいつらアホだ。

 手帳に判子押してやがる。ついでに名前も控えられてるし。そのノート、何に利用する気だよ。

 先生が話し掛けてきて「一応、事情は聞いてやる」だそうだ。


「女子生徒に捕まって遅れました」

「なんだそれ」

「痴漢の被害者に捕まって礼を言われたんです」

「ああ、例のあれか。やっと礼を言ってもらえたんだな」


 今回は痴漢の被害者を助け、その礼を受けたということで不問となったようだ。

 風紀委員の連中から手帳を取り返し「今回だけは不問にする」と言われ、解放され無事に教室に辿り着けた。

 やっぱ、女子はろくでもねえ。

 絶対に関わっちゃいけない奴だ。


 授業と部活を終えて家に帰ると、今日は母さんが先に帰宅してて、晩飯の支度をしてた。


「ただいま」

「おかえり」


 自室に行きバッグを投げ出し着替えを済ませる。

 少しすると晩飯の時間になり、食卓をふたりで囲むのだが。


「お礼、言ってもらえた?」

「済んだ」

「感謝してたでしょ」

「知らん」


 はっきりしない奴で、遅刻しそうになったと伝えると。


「人見知りか、引っ込み思案かもね」


 少しは気を遣って話しやすい雰囲気を作れば、とか言ってる。話しする気ねえんだから、雰囲気もへったくれも無いんだよ。


「可愛い子だった?」

「知らん」

「顔見てるんでしょ」

「見ても分からん」


 呆れ返る母さんだが「容姿を気にしないのはいいことだけど、可愛いとか、そうじゃないとか普通は感想を抱くんじゃないの?」と。

 女子に感想を抱くとすれば、物乞いか、そうでないか程度だ。顔なんてただの付属品。どうでもいい。そして女子はすべて乞食以下の卑しさしかない。


「少しは関心持ってくれれば、安心できるのに」

「なんでだよ。関心なんて無くても支障無いだろ」

「一生独身で居るの?」

「当然だ。誰が女子如きに貢ぐものか」


 びた一文くれてやる気は無いし、俺の貴重な時間を費やす気もない。今日は已む無しだったけどな。

 明日以降は関与せずに済むだろう。用は済んだわけだし。


「あ、そう言えば名前聞かれたな」

「好かれたんでしょ」

「あり得ない。なんだそれ。三文小説かっての」

「興味があって聞くんだから、好かれたんでしょ」


 相手のことを知りたい欲求だとか。


「すげえ要らねえ」

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