隣に立つ女子がうざい
まただよ。
俺の隣に立ってるし。しかも微妙な距離の取り方で。
結局あれだろ。礼は言っておかないと周りが煩い。だから言うために接近するも、いちいち男に頭を下げて「ありがとうございました」なんて、言いたくないんだろ。
教育者は礼節を持って、なんて言うわけだ。仕方なく形式上の謝辞を述べる。
意味無いから不要だと伝えたはずだが、先生もまた頑固だから言わせたいんだろう。
見ると俯いてじっとしてるだけ。
心の籠もらない礼なんて要らないっての。するならするで「あんがと」とでも言っておけ。それで義理は果たしたことになる。
こっちは女子に期待するものなんて、一切合切無いんだから。
何らアクションも無く学校最寄り駅に着き、さっさと下車することに。
振り向くことなく下車して学校に向かう。
学校に向かう途中、いつもの友人が絡んでくる。
「そう言えばさ、クラスの女子が気にしてたぞ」
「なにを」
「痴漢から助けたからだろ」
意味が分からん。
曰く「女子と全然会話しないけど、勇気ある行動が取れるってことで、感心してる」らしい。
まあ痴漢は女なら少なからず被害に遭ってるだろう。それを撃退したとなれば、表向き感心して見せるだろうよ。俺がやった、ってことで驚いたのもあるだろうし。
「俺だからだろ」
「そうだけど、見直したんじゃないのか?」
「見直す、ってことはだ、もともと女子からの評価が最低だった、ってことだ」
「いや、そうじゃないと思う」
女子と接点を持とうとしないから、女子もどう接していいのか分からない。それでも陰で女子を助けてくれるなら、充分ヒーローだと関心を示すのではと。
そんな人が身近に居ると思えば、心強さもあるだろうとか。
「ねえっての」
「あるだろ」
「都合よく使えるチェスの駒だっての」
一応、良くてナイト、どうでも良ければポーン。将棋なら何度でも使えるが、チェスの場合は使い捨てだ。
クイーンを守らせるために討ち死にさせるんだよ。多少惜しいと思いこそすれ、自分が生き残るためだからな。捨て駒にするなんてよくあることだ。
退場させられたら、あとはどうでもいい存在。使えないからな。
「お前、マジで捻くれてんなあ」
「捻くれてない。事実だから」
「いやでも、お前女子と話ししないじゃん」
会話も無しにどうして女子のことが分かるのか、と一見正論。
「見れば分かる」
「分かんないだろ」
「じゃあなんで離婚とか別れ話が多い?」
「それは俺も良く知らないけど」
当事者にしか分からない事情もあると思う、だそうだ。
教室に入ると先に来ていた友人が声を掛けてくる。
「ながぬまぁ。助けた女子って同じ電車だろ」
「そうみたいだ」
「一緒になって好きです、とか無いの?」
「あるわけ無いだろ」
つまんねえなあ、じゃねえっての。
「助けてからの恋に発展とかさあ」
「なに夢見てんだよ」
「だって、あるじゃん。つり橋効果とか言う奴」
「気のせいだ」
少し時間を置けば冷静になって、すぐ気付く程度の話でしかない。いつまでも継続する代物じゃ無いだろ。
ましてや、それを切っ掛けに付き合っても、こいつとは合わない、となればすぐ別れる。その程度の話だ。
授業を終えると、また担任から職員室へと呼び出される。
何度もしつこいなあ。
已む無く行くと昨日と同じく、椅子を用意され「座って」と。
「あのね、助けた女子生徒のことだけど」
「礼なら要らないです」
「もう。そうじゃなくて」
引っ込み思案で本人を前にすると、緊張して話ができないとか。女子生徒の通う高校の担任と話しをしたそうだ。
危険を顧みずに助けたことは、評価に値するからと。そのためにお礼のひとつも、と思っても口に出せないから、助けた本人から声を掛けて欲しいと。そうすれば話も多少はできるからだそうだ。
「じゃあ永久に話しすることは無いですね」
「どうして?」
「要らないから、と昨日も言いました」
呆れて深いため息を吐く先生が居るけど、マジで要らないんだから、この話はこれで終わりにして欲しい。
しかし、ここまでしつこいと、何かしら裏がありそうな。
「先生。なんでそんなに礼をさせたいんです?」
「常識だから」
「助けた本人が要らない、って言ってるんです。なら無理にさせる必要無いですね」
またしても深いため息をひとつ。
「これを切っ掛けにね、少しは女子と会話して欲しいし、少しは理解もして欲しいと思うから」
「くだらないんですよ。そんなことに時間を費やすなら、その分受験勉強した方がましです」
「そんなこと言って、将来結婚とかしないの?」
「無駄なことはしません」
天を仰ぐ感じで天井を見て、そのまま項垂れて深いため息、三発目だな。
「頑なすぎる」
「話しは終わりですか? 勉強したいんで」
「帰っていいよ。なんか虚しいけど」
家に帰ると母さんは仕事で居ない。
夕飯の支度をして風呂掃除もしておく。その後は母さんが帰宅するまで、勉強に費やすことに。ここでしっかり勉強しておかないと、あっと言う間に落ち零れる。
時間も忘れて勉強していると、母さんが帰宅したようだ。
なんか呼んでるし。
「康介」
帰宅したなら晩飯だろう。飯食ってから勉強しろって。
自室から出ると「警察から電話あったけど」と。
なんで?
「人助けしたんだって?」
「人助けじゃない。私人逮捕」
「結果的に助けたんでしょ」
「現場にたまたま居合わせただけだ」
いいことだけど、最近は抵抗する際に暴力を振るったり、凶器を振り回す犯罪者も多いから気を付けて欲しいと。
それは俺も思った。その上でリスクが低いと判断したから、拘束することにしただけで。
「助けるつもりが、被害者になるからね」
「充分理解してる」
「周りの人にも助けを求めるようにしてよ」
「臨機応変に対処するから」
本当に分かってるのか心配になるそうだ。
「あんたは大切な息子だし、いくら人助けのためとは言ってもね、命まで落とされちゃ敵わないから」
「人助けじゃないけどな」
「痴漢から助けたんでしょ」
「犯罪者を拘束しただけ」
お礼してもらったのかとか、お近付きになれたのかと。
「礼なんて要らん。近付く気もない」
「あんたねえ」
「女子にとって当たり前のことをしただけだ」
「その当たり前さえ、できない時代でしょ」
勇気を持っての行動だから、母親としても鼻が高いと。ただリスクが高すぎるから、今後は慎重に行動して欲しいと念を押された。目の前に居なけりゃ、無理に行動しないっての。たまたまだっただけだし。
ついでに。
「せっかくだから付き合ってみれば?」
「要らない」
「すごく感謝してると思うけど」
「するわけ無いだろ」
頭を抱える母さんが居る。なんで先生と似たような動きをするんだ?
「痴漢でしょ?」
「まあ、様子から見て」
「だったら感謝するでしょ」
「しないだろ」
今どきの女子は。お姫様ってのは守られて当然の存在。当たり前のことをして、なんで感謝するんだっての。まあ本物の姫様なら、雀の涙程度の恩賞を取らせたかもしれんけど。そうすれば気を良くして頑張るだろうとか、打算もあるだろうから。
士気の問題もあるだろうし。
「あんたねえ……女の子をどんな目で見てるの」
「乞食」
施しを受けるのが当たり前になってる。相手には何も与えず受けるばかりの。
言葉も無いようだ。
「じゃあ、あたしは康介に施す側だけど」
「施すじゃなくて義務」
少なくとも成人するまではな。
「ああ言えばこう言う。ほんと、口ばっかり達者になって」
「心配しなくても大学卒業したら、母さんの面倒は見る」
「そう言うことじゃないんだけど」
「受けた恩は返す。当たり前のことだと思うが」
それでイーブン。親子であっても貸し借りなんて無い方がいい。
「あたしの育て方、間違ってたのかもね」
「問題無い。学習は自発的にやってる」
「そうじゃないっての……」
どうやら無駄と悟ったようだ。
女子なんかと関わる気は無いんだよ。
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