妙な話を広める教員
なんだこいつ?
まずはひとつ疑問を抱いた。
登校時の電車内。いつも通りにつり革に掴まり、車窓に流れる景色を眺めていた時だ。
隣に鞄ひとつ分スペースを取って、並ぶように立つ女子が居る。どこかで見た顔だと思うんだが、どうにもどこの誰かを思い出せない。少なくとも同じ学校の奴じゃない。制服が違うし。
なんで、俺の隣に立っているのか。
目が合った。
あ、思い出した。
昨日、痴漢されて涙目になってた奴だ。
目が合ったと思ったら、速攻で目を逸らされたけどな。なんか知らんが離れて欲しい。女は嫌いなんだよ。
前に背の低い男に人権無い、なんてことを抜かす奴が炎上してた。別に思うのは自由だけどな。口外すれば揉める。
高身長でイケメン、金があって地位もある。優しくて面白くて自分だけを見てくれる。徹底的に尽くしてくれる下僕しか求めてない。
それが今どきの女だろ。
男にとってのメリットなんてあるのか? そんな乞食女と付き合って。
学校最寄り駅に着いて、人混みをかき分けるように下車するんだが、なんか聞こえた気がした。
振り向くも気のせいと思い、そのまま降りる。
学校までの道を歩いているとお馴染みの奴が声を掛けてくる。
「おす」
「おう」
「そう言えばさ、昨日助けた子、お礼とかあったのか?」
礼?
「無い」
「え? 痴漢から助けたのに礼も無いの?」
「無いな」
「マジで?」
そこも今どきの女なんだろ。
助けるのは当然。当たり前のことをして、なんでいちいち礼をする必要があるのか。女性は助けられて当然の存在。犯罪者から守るのは男の役目。力も体格も通常、女を上回るならば、そのために力を行使すべき、程度にしか考えてないだろ。
やって当然のことに対して感謝する、なんてのは今どきの女には無いんだよ。
俺もまた、所詮そんな奴らだから、礼だの感謝だの一切期待してない。そもそも要らんし。心の篭ってない礼なんて受ける意味も無いだろ。
「ってことで」
「いや、それ、なんか違う」
「違わない」
「クラスの女子だって、ありがとうくらい言うぞ」
言うだけならタダだからな。それでチョロい男子は誤魔化される。
騙された男子は調子に乗って、また女子におべっか使いご機嫌取りをさせられる。
「だろ?」
「そんな奴が居ない、とは言わないけどさ、全員がそんな奴じゃないだろ」
地球上に居る人類の半分が女、であれば四十億人ほど居る。
全体のコンマゼロゼロゼロ……一パーセント程度なら、もしかしたら奇跡的な存在も居るかもしれん。
そんな女性に当たる確率は、飛行機が墜落する確率より低い。
「ゼロ、とは言わないけどな」
「そこまで酷くないと思うぞ」
まあ、信じるも信じないも自由だ。占いレベルで時に当たるかもしれんからな。
「なんか、荒んでるなあ」
いいんだよ。女如きに夢や希望を抱くのは間違いなんだから。
学校に着き教室に入ると、友人らしき存在ふたりも声を掛けてくる。
「おはよ」
「おっす」
「おう」
で、やっぱり同じこと聞くのかよ。
「お礼してもらった?」
「感謝して、私と付き合ってください、なんて恋に発展とか」
「あるわけ無いだろ」
驚いてんなあ。
「礼もされてないって」
「マジ?」
「えー。それって、ちょっとあれじゃないの?」
「それが女子って奴だろ」
何を期待してんだか。
助けてもらった礼儀として、せめて感謝の言葉くらいあっても、なんて言ってるけどな。
そこからお近付きになって、恋人同士とか、何言ってんだよ。ねえんだよ、そんなフィクション染みたことなんて。あれはな、物語だから話の都合上、接近するようにしてるだけで、現実はもっと冷淡なんだよ。
朝のホームルームが始まると担任の滝田先生が来て、開口一番。
「昨日、長沼君が痴漢から女性を助けました」
バカだろ。
そんなことをいちいち言う必要は無い。
「果敢に立ち向かって被害女性を助けてくれたんです」
勇気ある行動と、女性の敵でしかない痴漢から助け出したことに称賛を、なんて言ってるし。先生が感動したからって、それを他の生徒に押し付けるなっての。
誰も称賛する気なんて無いだろ。ましてや女子なんて当たり前の行動だと思ってんだから。
それを称賛って、何の茶番だよとしか思わんだろ。
教室内に疎らに拍手があるけど、これ、全員義務感でやってるだけだな。
午前の授業が終わり昼休憩になると、普段は縁遠い奴らが数名近付いてくる。
「昨日の遅刻って、痴漢退治だったんだ」
「長沼って女嫌いなのによく助けたよな」
「ざまあみろってほくそ笑んでるのかと思った」
ざまあみろ、か。その行為が犯罪じゃなければ、そう思ったんだろうけどな。
あいにく、犯罪行為が見過ごせないだけで。対象が誰かなんて関係無いし。法治国家で法を犯す奴は断罪されてしかるべきだ。
「少しは女子の評判も良くなるんじゃないのか?」
「なるわけ無いだろ」
「そうかなあ」
「助けるのが当然なんだから、感謝なんてするわけがない」
女子に何を期待してるんだって話だ。
昼休憩も終わり午後の授業を受けているが、陽気の良さからの
睨むと滝田先生だ。
「眠いのは分かるけど、居眠りは駄目」
せっかくの武勇伝が霞んじゃうよ、じゃねえっての。勝手に広めるな。
放課後話があるとかで、職員室に来なさいだとさ。うぜえ。
午後の授業を終え放課後に已む無く職員室へ。
顔を出すと一部の教員が俺を見る。そうするとなんか言い出す始末だ。
「お、ヒーロー登場だな」
「勇気があっていいことなんだが、昨今物騒だからな。もし次があったら周りの協力を仰ぐといいぞ」
ヒーローはともかく、後者の言は確かにその通りだ。たまたま弱い奴だったから、事なきを得てるだけの話だし。今はリスクが高すぎて正義なんて、振りかざせる時代じゃない。
滝田先生のデスクまで行くと、椅子をひとつ用意して「座って」と。
「なんすか?」
「なんかね、助けた子の学校からね、お礼の言葉もらったの」
はい?
「聞き出して調べるのに手間取って、今日になっちゃったらしいんだけど」
女生徒に遅刻の理由を尋ねると、痴漢に遭って助けてもらったと。駅事務所で事情を聞かれているうちに、居なくなっていて礼のひとつも言えず仕舞い。
ゆえに、どこの生徒か調べるも見当つかず。結果、駅事務所に問い合わせて、なんとか学校名だけを教えてもらったらしい。
氏名や住所なんかは個人情報に当たるから、教えることはできないしな。
「先方の学校から生徒に代わってのお礼だけど」
改めて生徒に礼をさせるらしい。
要らねえよ。
痴漢の度に礼とかやってたら、世の中礼で溢れ返るだろ。どうせ女子に感謝の気持ちなんて無いんだから、シカトぶっこいてりゃいいんだよ。
「礼ですけど、辞退で」
「えっと」
「要らないですって伝えてください」
「あのねえ」
女子を遠ざけるのは仕方ないにしても、相手が感謝の意を伝えたい、その気持ちは受けておいて損は無いでしょ。じゃねえっての。
余計なお世話だ。
「話はそれで終わりですか?」
「もう。なんでそんなに女子を嫌うの?」
「いちいち説明が必要ですかね?」
自分の胸に手を当てて問うてみればいい、と言ったら。
「私は今の時代に、そんな勇気ある行動を取れる長沼君が誇らしいけど」
だそうだ。
女性にとって本当にありがたいと、間違いなく思うはずだそうだ。
だからこそ、もう少し女子と距離を縮めて接してみれば、俺の良さを理解するはず、とか寝言ぶっこいてやがる。
「無いでしょ」
「あるでしょ」
「やって当然と思ってんでしょ」
「思ってないから」
女子をもう少し信じてあげて、だそうだ。
当たり前と思う子も、心無い態度や言葉を発する子も居ない、とは言わない。けれど、感謝の気持ちを持つ子の方が、圧倒的に多いのだからと。
「長沼君が思うほどに荒んでないから」
めんどくさ。
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