女嫌いなのに痴漢に遭ってる女子高生を助けてしまったら懐かれた

鎔ゆう

間違って人助けをした

「おい、こら」


 薄汚いおっさんの腕を掴んで凄みを利かせてみた。

 通じてるかどうかは知らないけどな。


 いつも通りの変わり映えしない朝。

 いつも通りに起床後身支度を整えダイニングに行く。

 母さんが朝飯を用意し俺を見て「今日は何かいいことあるかもね」とか言ってる。

 何のことは無い。テレビの星座占いコーナーを見て、たまたま良いことがあるとかで。

 そんな占いなんて何の根拠もないし、そもそも人を十二個程度に分類するのは無理だっての。八十億の人類をたった十二個だぜ。運勢ってのは十二個しか無いのかよ。

 まだ手相の方が幾らかマシだ。それでも所詮は占いだけどな。当たるも八卦当たらぬもって奴だ。

 信じる奴は好きにすればいいが、それを人に押し付けるなっての。


「彼女、まだ作る気無いの?」

「要らん」

「楽しくなるのに」

「ならない」


 腹の立つことが増えても楽しくなることは無い。これは断言できる。

 身勝手極まりない女子なんてのは、見るだけでも不愉快だ。

 男に過剰なまでに要求噛ます癖に、自分は男に何もしないで、お姫様気取りってか? バカ抜かせってなもんだ。

 男の方が一方的に損じゃねえか。


「世の中にはね、男と女しか居ないの」


 今はLGBTQなどあっても、肉体的性別は男か女。精神と肉体が一致しないことはあっても、そのどちらかしか居ないのだからと。


「付き合ってみれば、いいところも見えてくるでしょ」

「無いだろ」

「なんでこうなっちゃったのかしらねえ」


 それを言う母さんは、じゃあなんで別れたのかって話しだ。

 問えば「頑張ってみたんだけどね、あの人、家のこと顧みなかったから」と言う。母さん自体も要求がでかすぎたんじゃないのか?

 それに耐えかねて家を出たとか、別れたとかありそうだけどな。一方の言い分だけ聞いてたら、正解には辿り着けないんだよ。


 朝飯を済ませ、いつも通りの時間に家をあとにする。

 母さんはこのあと職場に向かうわけで。なんでも保険外交員だとかで、成績もいいらしい。そのお陰で生活自体に無理はなく、一般家庭と遜色ない収入があるとか。

 まあ、頑張って働いてることは評価するけどな。


 自宅最寄り駅に向かい、改札を抜けホームに立つと、朝の混雑具合はなんとかならんのか。毎日毎日、同じ顔触れが、揃って同じ時間に密集しやがる。

 右を見ても左を見ても、辛気臭いツラ晒しやがって。


 電車がホームに滑り込み、ドアが開くと降車する人より乗車する人の方が多い。

 人の流れに身を任せ電車に乗り込む。車内の混雑具合も結構なものだ。近くにあるつり革に掴まり車窓に目を向ける。

 しばらく揺られていると、視界に女子の姿が目に入った。たぶん俺と同じく高校生だろうか。制服着てるから間違いないと思うが。

 普段は気にもしないんだが、動きがおかしいから気になるんだろう。


 体を右に小さく捩り、左に小さく捩り、俯いて何かを訴えているような。目元を見ると涙を浮かべている感じも。

 少し距離があるから、つり革から手を離し一歩二歩進むと、おかしな行動の原因を把握できた。

 さて、どうするか。

 ここで正義感たっぷりに対処したとしよう。その場合に負うリスクが如何ほどか。

 殴られる程度で済めばまだマシだろう。もし刃物を持っていて刺されでもしたら、助け損ってことになる。

 女子なんて助けたところで、俺にとってのメリットは無いに等しい。単にリスクのみ負うだけだ。


 いやいや、メリット、デメリットで犯罪行為を見過ごすのは違う。

 南無三。


「おい。何してる?」


 女子の後ろに立ち卑猥な表情を浮かべていたおっさん。

 薄らこ汚いツラ晒しやがって。俺が腕を掴んだことで驚き焦ったようだけどな。


「痴漢してただろ」

「し、知らん」

「見てたんだよ」

「き、気のせい、って奴だ」


 往生際の悪さはさすが悪党。

 どうやら喧嘩慣れしてるわけではなさそうだ。ついでに刃物も持ってないな。リスクはかなり減少したってことで。

 少しすると電車が停車したから、暴れるのもお構いなしに、ずるずる力の限り車外に引き摺り出す。


「や、やめろ! 俺は関係ない」

「見てたって言っただろ」

「見えるわけ無いだろ」

「バカだな。その辺は駅事務所で弁明しろ」


 程なくして駅事務員が来て事情を説明すると、そのまま事務所へ連れられて行くおっさんだ。

 ついでに俺も事情を聞くってことで連れて行かれたけど。

 マジか。学校遅刻じゃねえか。

 事務所には女子も一緒に来てる。同じように事情を聞かれてるのと、被害届を出すかどうかを聞かれてるんだろう。


 結局、事務所を解放されたのは、一時間ほど経過してからだった。


 ご協力ありがとうございます。なんて言葉を受け取ってもなあ。

 今から学校に向かっても三限目になるじゃねえか。とんだ損失だ。

 良心なんて出すもんじゃないな。


 それと、占いの結果。良いことがある? 不幸が訪れただけだ。やっぱりあんなもの、何の当てにもならないと証明されたな。

 ホームに滑り込む電車に乗り、項垂れつつも学校を目指すことに。

 ついてない。


 学校に着くとまだ授業中だし。

 静けさ漂う昇降口前で暫し時間を潰し、鐘の音と共に教室へと向かうが、途中で二限目の授業をしてた先生と遭遇。


「長沼。教室に居なかったが遅刻だな」

拠所無よんどころない事情がありまして」

「あとで担任に報告しとけよ」

「はい」


 まあ、煩い先生じゃなくて助かったな。これが英語の先生だと、根掘り葉掘り自分が納得するまで追及されるからな。

 教室に入ると一応友人と目が合い声を掛けられた。


「ながぬまあ。居なかったじゃん」

「遅刻か? 珍しいよな」

「寄り道? それとも寝坊した?」


 説明するのも面倒だけど、まあこいつらは唯一のダチって奴だし。

 あんまり人付き合いが上手くないからな。自覚はあるんだよ。女子を毛嫌いしてたら、人付き合いまで上手く行かなくなってるし。

 自分の席に着くと周りを取り囲んでくる。


「ちょっと私人逮捕」

「私人逮捕って、何があったんだよ」

「痴漢」

「え? 痴漢ってマジで」


 かくかくしかじか、状況を説明すると「怖くて相手なんてできないよなあ」とか「刺されたり殴られたりしそうじゃん」とかな。

 ハイリスクノーリターンってのが人助けって奴だ。こんなことは誰でも知ってる。だから周りに大人が居ても、誰も助けようとしない。リスクが大き過ぎるからだよな。

 それに女子なんて助けても、リスクに見合うものは得られない。正義を執行した程度の自己満足。


「よくやったよな」

「まあ、さすがと言えばいいのか」

「でも、女子嫌いなのになんで?」


 目の前の犯罪行為が見過ごせなかった、ただそれだけだ。

 次の授業が始まる鐘が鳴ると、全員席に着き少しだけ静かになる。


「長沼は、来てるのか」

「出席してます」

「朝居なかったみたいだが」

「理由はあとで担任に説明します」


 面倒な。

 残りの授業と昼を済ませ午後の授業も終えると、ロングホームルーム。


「長沼君」


 担任の滝田先生だな。三十路で独身とか。まあ見た目が悪いわけじゃないが、学校だと出会いも無いんだろうよ。教師のほとんどは既婚者か、年寄りばっかりだし。

 呼ばれて朝の出来事を説明した。


「勇気あるんだね」

「いいえ。勇気じゃなく無謀と言います」

「でも、助けたんだし、そこは称賛しても」

「称賛で命を投げる阿呆でしかありません」


 確かに、今どきはそうなりがちだけど、なんて言ってるけどな。

 遅刻の理由が正義の行為ってことで、お咎めはもちろん無い。むしろ教員間で共有しておくとか。余計なことするな。

 この先生、お節介なんだよ。


「でも同じ女性として、そうやって助けてくれる人が居るって、心強さもあるから」


 見て見ぬふりだの、見てても微動だにしない昨今、リスクを冒しても助けてくれるなんてヒーローだよ、とか言って持ち上げてるし。

 命の危険もあるんだから、そこは周りの人と協力してとか、そう言うべきだろ。

 アホだな。

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