第8話 ウザい後輩は好きですか?
場所は変わって、演劇部室。
恐縮する俺に演劇部長はお茶を出してくれた。
「もしかして先輩って、俺のこと……」
お茶を一口飲んで落ち着いた俺は、俺を呼び出した理由を尋ねた。先輩とはほとんど絡んだことはないが、
それなら全然頷ける話だ。子供っぽさが抜けない詩織をいつもお守しているからな。恐らくそういうことなのだろう。
色めき立つ俺に、先輩は何にも含みを持たせずに首を振った。
悲しい。
「ううん、そうじゃなくてさ。 しおりのメッセージってどう、面白かった?」
「詩織のメッセージ?」
「違う違う。詩織じゃなくて、しおり、ね?」
部長はそう言って彼女の隣に立つ詩織と自身の手に持ったしおりを指さした。俺達が部室で見たものと同じようなしおりがその手に握られている。
「えっと、どういうことですか?」
まだ理解できていない俺に、部長の後ろからため息が漏れる。
「先輩、鈍感過ぎません? ラノベ主人公ですか」
「お前は外にでも行って遊んできなさい。 俺は今、部長さんと大事な話をしているんだ」
「一つ年が下だからって……!」
俺に煽られたのが悔しかったのだろう、分かりやすく歯ぎしりをする。いつもは俺の事を子ども扱いしてくる仕返しで言ってみたのだが、案外これが効いているらしい。なんと気分が良いことだろうか。今度から詩織にはおこちゃまだから、という理由で彼女を煽ることにしよう。
「今回、東浜君にやってもらったゲームを文化祭の演劇部の出し物にしようと思ってて。 それで、実際にやってみて面白いかどうかやってもらったんだよ」
俺と詩織のコントのようなやり取りを一通り見終わった後、部長が教えてくれる。言い終わった後、「どうよ」と若干ドヤ顔をしたのが可愛い。
彼女の説明によると、今日俺と詩織の二人でやったしおりを探したこのゲームは、その名もズバリ「青春のしおり」というものらしい。しおりに書かれたメッセージをもとに、参加者に想いを寄せている生徒の元へ向かい疑似告白を味わうとこができるとのこと。昔の甘酸っぱい経験を思い出したい、今彼女ができなくて困っているという人たちのために演劇部が総力を挙げてやってくれるのだそうだ。
ありがたいような、悔しいような。
「実験台、という訳だったんですね」
「そういうこと」
満足そうに頷く先輩。
なるほど見事に一杯食わされたという形だ。
「じゃあ、詩織も知らなかったんです?」
「いや? 詩織は協力者っていう立ち位置から君を助けてくれたはずだよ。 メッセージのヒントが分からなかったら教えてくれたりとか」
そんなことしてくれたっけ。あいつは逆に俺の集中を削ぐような言動しかしていなかった気しかしないけど……と思い返すと、そういえば二つ目に関しては詩織のおかげで分かったんだった。確かに夏目漱石の『夢十夜』はファインプレーだったな、俺は全然純文学は読まないから。あとは……ん、もしかして一冊目も自分が右から探し始めることで、俺が左を探すよう誘導してくれていたのか?
意外と俺の事をフォローしてくれていたのかもしれない……のか?
「先輩……私のこと、見直しました?」
見ると「気づいちゃいました?」と言わんばかりのドヤ顔をする詩織。ただのドヤ顔のはずなのに彼女がするだけでなんとまぁ憎たらしい顔なんだろう。彼女の思惑通りであったのは悔しいが、なるほどそういうことだったのか。
「で、本番は体育館裏に待ってる私が告白をしようってわけ。 まぁ、一種の謎解きみたいな感じだから、そんなに人数は出来ないんだけどさ」
そういいつつも、先着20名ほどで開催するらしい。
しかし、先輩が思いを寄せてくれるなんて、設定だとしても大人気となるだろう。20人なんて、ものの数分で埋まってしまうのではないか。
「告白してくれるのは先輩が全部受け持つって感じですか?」
「いや、何人かで回す予定だよ。 流石に私一人で20人に告白するっていうのはちょっと疲れるからね」
ハハハ、と軽く笑う。
「それじゃあ、詩織もやる感じですか?」
「おっと、私が誰彼構わず告白するのを想像して妬いちゃいましたか? 出て行けとか言いながら、私のことが気になって仕方ないんですね? そうなんですね? そうって言ってくださいよ」
何故か最後は泣きつくように袖を掴んでくる詩織。俺が部長に構いっきりで淋しかったらしい。こういう所は可愛げがあっていいんだけどさ。
「お前に聞いてないんだけどな」
先輩に視線を向けると、彼女は横に首を振った。
「いや。 詩織には今回と同じように協力者として謎解きに詰まった参加者を助けてもらう役になってもらおうと思ってる。 ホントは詩織にも告白する役をして欲しかったんだけど……ね?」
「だって私、そういうキャラじゃないですし」
同意を求める部長に、詩織はぶっきらぼうに答える。
「やればいいのに。 お前、演技してれば人気出るだろ」
「演技してれば、って、素だと人気出ないみたいに言わないでください。 私、自慢じゃないですけど、先輩以外には優しく可愛く接してるから人気高いんですよ? この間だって、同じ演劇部の男子に告白されましたし」と、自信たっぷりといった風に胸を張る部長。
「……あの、勝手に私の声マネするの止めてくれませんか? ってそれより、なんで私が告白されたこと知ってるんですか! それまだ誰にも言ってないはずですけど!」
焦った口調ツッコむ詩織に、部長は茶目っ気たっぷりに笑った。
薄々気づいていたが、部長の詩織に対する扱いが抜群にうまい。どこか秘密を握られているような強く言えない感じが詩織から伝わってくる。まくし立てる詩織に、部長は半眼を向けた。
「私知ってるよ? 詩織がこないだ告白されて盛大に振ってたこと」
「マジですか。 俺にも詳しく聞かせてください」
「先輩も止めて下さい! 部長、これ以上言ったらこうしますよ」
「ギ、ギブ……ギブ」
そう言って俺の首を絞める詩織。
別に実演しなくてもいいと思うのだが、詩織が必死に部長を説得した(実際っは俺が言わないように必死で頼んだ)ので、俺は命に別条がなかった。そのため結局どういう内容だったのか詳しく聞き出すことができなかったんだけど。ただ、詩織が珍しく頬を赤らめるほどの出来事だったようなので、これ以上は追求しないで上げよう。
詩織って人気がある割にそう言った話は聞かないもんな。
俺は自身の首元を労わりながら鞄を持った。
「あれ、そろそろ帰る?」
「はい。 もう外も暗いですし」
そう言うと先輩も椅子から立ち上がる。
体育館裏で先輩と会った時は日没前ということもあって空はまだ明るかったのだが、今はとっぷりと日は落ちてしまっている。だが扉を開けると演劇部以外の部活動もまだ残っているらしく、廊下は教室から漏れ出た光で明るかった。文化祭における部活動の在り方とはどういうものなのか、しみじみと感じ入る光景。
文化祭の為に
「今日はシミュレーションに手伝ってくれてありがとう。 東浜君の話を基にしながら修正を加えて文化祭を迎えようと思うよ」
「俺も文化祭は暇なんで、先着に間に合えば行きますね」
一通り挨拶を交わして演劇部を後にする。
すると詩織も俺と一緒に帰るらしくトコトコとついてきた。
「楽しかったですね、謎解き!」
「お前は知ってたんだろ?」
演技していたとは全然わからなかった。いつも文芸部に入り浸っているから「演劇部員ってのは肩書だけで実際は演技なんてできないのではないか」と勝手に見くびっていたのだが、詩織に完全にしてやられた形だ。
詩織は軽く頷く。
「知ってましたけど、面白かったですよ。 こうやって先輩と二人で協力することができて。 私はそういうつもりはないんですけど、先輩はいつも勝手に私と敵対してますからね」
「それは誰のせいだ」
ジトっと彼女を睨むと、詩織はわざとらしく前を向いた。様々な部室から漏れ出る光が照らす廊下を眺める。その瞳は相も変わらずハイライトが消えているが、そんな中でもどこか晴れやかだった。
「でも、こういうの、青春してるっていう感じしますよね」
先輩もそう思いませんか、と弾けるような笑みを向けてきた。
屈託のない笑み。
そんなストレートに言われたら、少し照れてしまう。いつもは煽ってくる奴の素直な笑顔は思っていたよりも説得力があった。
「まっ、そうかもな」
彼女から廊下に視線を移すと、空いた窓から少し寒くなった夜風が火照った頬を優しく撫でる。こういう少し生意気な後輩ってのも悪くないのかもしれない――そう思いかけた瞬間。
「童貞をからかえるのなんて、高校くらいですからね」
俺の心を読んだようなタイミングで詩織はニヤッと口角を上げた。
ちょっといい雰囲気だったのに、そういうの全てをぶち壊してくるあたりやっぱり詩織というかなんというか。そのまま何も喋らなければ、俺の詩織に対する評価も少しは変わっていただろうに。
「ホント、可愛くない後輩だよな。 お前は」
ポンと詩織の頭に手を置き、無造作に髪をクシャクシャと撫でる。石鹸のような爽やかな香りが俺の鼻腔をくすぐった。
完
ウザい後輩は好きですか? 春野 土筆 @tsu-ku-shi
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