第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その556
―――殺したって、構わない。
レイチェルの、というか復讐者の『優れている点』はその感覚に尽きる。
一切の躊躇なく敵を殺せるのは、得難い才能だよ。
この狂暴性を秘めているからこそ、レイチェルは踊り子にして最強の戦士だ……。
―――芸術家のひとりであるボクが言うのも、少しおかしなことだけど。
基本的に芸術家は、あまり殺人を好むものじゃない。
むしろ、多くの場合で殺人や軍事行動を嫌うところがある。
そういう行いは、芸術の目指すものではないという認識が漠然とはあるのさ……。
―――でも、ボクは『ルードの狐』でもあるから猟兵になれた。
殺すことにも、戦うことにもあまり抵抗がない。
復讐者レイチェル・ミルラは、生粋のサーカス・アーティストだったけれど。
復讐の衝動ゆえに、芸術家の認識を良くも悪くも拡張しているんだ……。
―――『演出』という芸術の力で、敵を恐怖に陥れようと考えている。
それは、夫やサーカス団の仲間たちを殺された恨みを。
彼らから得た力で、敵を殺すことで晴らそうとしているのかもしれない。
帝国兵は、彼らのサーカスを見もせずに皆殺しにしたからね……。
「……膠着状態に、なったな」
「帝国兵にしては、大きな失態です。包囲されようが、思い切っていずれかの方向に走るのが定石というもの。つまり、新米の指揮官のようです」
「まだ、不慣れなわけだ」
「この膠着状態の緊張感にさらしておけば、そう長くは理性を保てないでしょう。判断ミスをしますよ。すでに、判断の遅さという悪癖を見せつけました。戦場という空間は、恐怖が己の悪癖を引きずり出す。プレッシャーをかけていけば、必ず失敗するでしょうね」
―――レイチェルの読みは、的確だったよ。
敵船の指揮を執っている帝国兵は、それなりにベテランではあったが。
作戦のリーダーにされたのは、今回が初めてだったらしい。
帝国軍だって、無限の戦力があるわけじゃないからね……。
―――とくに負け戦が続いたあとでは、現場で活動可能な戦力は極めて少なくなる。
ルルーシロアが暴れていること、ロロカたちの作った勝利の結果も作用していた。
あくまで帝国軍は、守備的な反応を選んでしまっている。
保守的な守り、我々との境界線を大きく『前』に逸脱するつもりはないのさ……。
―――それでも、あらゆる組織がそうであるように。
完全な一枚岩であるはずもなく、どうやら偵察を押し付けられた部隊がいたらしい。
保守的で守りに入る選択が、どうも正しくないと感じている血気盛んな士官もいる。
そいつらが全体の意向に反して、積極的な偵察をさせたがったようだ……。
―――あまのじゃくな者はいるものさ、十人も士官がいれば一人以上は確実に。
そして、十人の士官がいれば一人は必ず金や出世欲の虜でもある。
周りを出し抜くことで手柄を立てたい、そう願う男がどこかにいたのさ。
そういう男が、組織全体の輪を乱してしまう……。
―――レイチェルたちの目の前にいる連中は、その種の組織内政治の犠牲者だ。
有能な人材が投入されることはないよ、そういう人材は他の士官も確保しているからね。
誰も期待していないセカンダリー/二線級、経験値のない軍曹あたりが選ばれる。
戦術も指揮能力も、まだ試され切っていない『無名の男』だ……。
「て、敵に包囲……されました……っ」
「み、味方は、来ないんですか……っ」
「単独での、任務だ。距離を置いた偵察……どうして、この闇のなかで、気づかれたんだ」
「りゅ、竜が、いるのでしょうか。『蛮族連合』の、りょ、猟兵と呼ばれる者が、竜に憑りつかれている片目の男……」
「竜など、いない。少なくとも、我々の上空には」
「た、戦えば。竜が、この場にいなくても、ぜ、全滅ですよ」
「う、うろたえるな。夜の闇は、こ、こちらにも有利なんだから……っ」
「に、逃げ道は、ないようです……え、選ぶしかない」
―――投降して捕虜になれるかを試す、あるいは命がけで戦ってみる。
捕虜になったからといって、助かる保証はない。
命がけの戦いをするのも、まあ悪くはないよ。
夜の闇のなかでなら、互いに放つ矢が当たりにくいからね……。
―――レイチェルによって、漁師たちの船も間合いを詰め過ぎてはいない。
一か八かで、漁船のあいだを抜けるように突撃を試みるのも悪くないよ。
まあ、包囲が不完全だったのは漁師たちの戦術理解能力の低さと。
レイチェルがあえて見逃しているからだ、逃げ道を見せることで考えさせている……。
「有能さが、分かるのですよ。この逃げ道を見抜けて、素早く突破を試みられるのなら、実力不足であっても、悪くない指揮官です。セオリーに対して、思い切りのいい博打をやれる者は、たとえ実力で劣ろうとも、勝利や成功を勝ち取る可能性を持ちますので」
「こいつらは、そうじゃなかったらしい」
「ええ。ムダに、迷いましたからね。判断力の遅さは、あまりにも部下に対して無責任。そのせいで、戦わずして死ぬかもしれない」
「何か、策で揺さぶるんだな?」
「人の心は、言葉と感情で作られているもの。言葉で、いじめてあげましょう」
「ふ、む。やってみたらいい。ムダに戦わなくていいなら、それが最高だ」
「いつでも矢を放つ準備は、崩さないように」
「もちろんだ。敵がいらん真似したら、ぶち殺してやるよ」
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