第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その552
―――男という生き物は、年を取ってくるほどに良い父親ぶりたがる。
賢者ではなく、多くの文学者が書き記してきたように。
ゾロ島のキケも、そういった傾向が現れていたのさ。
古来より変わらない男の本能というものかもね、いつかボクもそうなるかも……。
―――女装してクラリスの影武者をやりながらでも、男性としての気質はあるのさ。
姿かたちより、血に宿っている何かだろうね。
説教臭いおじいさんたちのようになるのが、おそらく男の定めなんだよ。
それは別に悪いものじゃない、伝統的で普遍的な役割でもある……。
―――古き世代から、より正しい知識を学び取るというものはね。
この種の教育を、しっかりと受け取るためには教養か前向きさがいるものだが。
キケの諭すような言葉は、社会の落伍者にも響きやすいようだ。
キケ自身に、どこか山賊や海賊の気質が備わっているからかもしれない……。
―――荒くれ者の男にしか、与えてやれない居場所というのもある。
王道の生き方だけをしている者は、落伍者たちには明るすぎてまぶしすぎるから。
この不正な取引の一端を支えていた若者たちに、ゾロ島は最後のチャンスだ。
人生の道を誤れば、どこまでも堕ちていく羽目になるものだよ……。
―――流れ者の悪漢たちが集まる漁村に、混沌とした許容があった。
人種の別もなく、傷つき堕落した者たちの集落がね。
キケは彼らの父親代わりのリーダーだったが、彼もまた成長している。
政治的な願いを叶えるために、戦いへと積極的に身を投じる覚悟を固めた……。
―――その成長を感じたのは、本人ではなくその周囲の漁師たちの方だよ。
キケが今まで以上に立派な人物のように、荒くれ者たちは感じている。
人生をやり直せるチャンスなんて、そうあるものじゃない。
生き直すという種類の変化は、とても痛みを伴うものだから……。
―――落伍した若者たちに、キケの説く生き方の価値はまだ伝わらないだろう。
だとしても、野生的で本能じみた感覚が働いてくれた。
底辺で生きている者ほど、這い上がりたくもなる衝動が隠れているから。
彼らが帝国軍に近づいたのも、そういった衝動がさせたのかもしれない……。
―――『帝国に雇われたら、まともな暮らしになれるかも』。
ユアンダートの見せる魅力的な道筋に、参加したくなっていたのさ。
もちろん、帝国軍内の不正な取引なんかに関われば。
証拠隠滅のために殺害されるリスクしかない、帝国市民権は絶対に得られないさ……。
―――よほど度胸のある切れ者な悪人なら、交渉術を駆使したかもしれない。
不正の主導者たちである、帝国軍の士官たちとね。
能力があれば、悪人でも欲しいものを得られるときがある。
だが、およそほとんどの場合でそうはならないさ……。
「命からがら、逃げ出すしかなかったオレたちを、拾ってくれたのはあんただ。オレたちは、あんただけは裏切らない。いや。そうだ。それだけじゃ、足りないな。オレたちは、ゾロ島の仲間を守る……帝国軍とだって、た、戦ってやるさ」
―――殺されかけた記憶が、彼らの『自由同盟』への参加を拒んでいたけれど。
今はその呪縛から、解き放たれている。
キケのリーダーシップに、『未来』を見つけ出したがっているんだ。
このまま、いつまでも最悪な生き方をすべきじゃないからね……。
―――盗賊なんて生き方の末路は、まあ最低なものだ。
『自由同盟』の戦士として生きて、勝利を得られれば。
彼らは歴史に残る一連の戦いに参加した、偉大なる勇士として余生を過ごせる。
伝説の一部として生きられるのなら、自尊心を失くす日は来ないだろう……。
「教えるよ。洗いざらいを……ま、まあ。何でもかんでも、知っているわけじゃない。密輸に使ったルートだとか、あいつらが使っていた『倉庫』についてぐらいかな……」
「あら。それはとても興味深いものですね。悪事の拠点です」
「そ、そうだな。そういう言い方もできるかも。あいつらは、その、オレたちよりもプロの盗賊みたいだったんだ」
「持続的な営みとして、物資の略奪と横流しを計画していたと?」
「う、うん。そんな印象だった。帝国兵ってのは、どいつもこいつもアタマがいい。ああ、褒めているんじゃない。何ていうか、その、金稼ぎに対しての執着心ってものが、オレたちよりも大きかった。オレたちは、ちょ、ちょっとした金でも満足していたが。あいつらは、そうじゃない……」
「戦争とは、お金と権力のために起きるものですから。彼らは、権力は得られない。だからこそ、お金の獲得に走った。堕落と腐敗を、もちろん帝国からだって評価されないのを知りつつ。悪人に堕ちた者が率いる組織は、必ずや滅びるものです」
「たしかにな。見てきたから、よく分かるぜ。『西』のクズどもは、内部抗争で破滅するかもしれん。デカくて、不正な仕事をしようと企むと、必ず仲間割れが起きるものだ。大きすぎる悪事を、長くは隠せるものじゃない。それなのに、犯罪の証拠を消し忘れるような、油断もあるからな。誰かが、責任を取らされる。それを受け入れたくないときは、他のヤツに罪を擦りつけようと企む。どこのクズどもも、およそこの流れで滅びやがった」
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