第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その551


―――ゼファーの背に乗っていたのは、ソルジェとミアとジャンだった。

ミアはビビアナとメダルドを心配しつつも、フリジアに任せたよ。

『オルテガ』や『ルファード』が、東西から同時に攻め込まれないために動くべきだ。

潜入を得意とする暗殺の達人、ミアの居場所は『西』である……。




―――ジャンも『オルテガ』の防備よりも、今は攻めに対して使うことをソルジェは選んだ。

ルルーシロアが『オルテガ』から東で暴れてくれている情報が、耳に入ったからね。

敵の動きが積極的になるとは、ソルジェもガンダラも考えなかったよ。

レイチェルの『人魚』としての能力は海の守りに不可欠だから、『オルテガ』に残った……。




―――帝国軍の海上戦力の妨害を、懸念してのことだよ。

『モロー』と、『オルテガ』および『ルファード』のあいだに広がる海。

これを越えようとする『自由同盟』の戦力が、帝国軍に攻撃されるのを防ぐ。

それがレイチェルの任務であり、ゾロ島の漁師たちと彼女は行動を共にしている……。




―――ゾロ島の漁師たちの数名は、『西』で起きている不正についても詳しい。

ゾロ島のリーダーであるキケの命令により、元々は盗賊だった者たちが呼び出される。

レイチェルは暴力的な尋問をしなかったが、キケの拳がその代わりに唸っていたよ。

盗賊だった者たちは、『西』で起きている帝国軍内の不正を語ってくれた……。




―――帝国の法律は『プレイレス』よりも、ある意味では進んでいる点があってね。

商売に関する法整備についてだけなら、『プレイレス』のそれを上回っている。

皇帝ユアンダートの絶対的な権力の下、史上まれにみる精密さで統率されていた。

帝国軍に参加した貴族や大商人には、大きな見返りが法的に約束されている……。




―――占領した敵地における、一定の商品の専売特権だよ。

奴隷が代表的ではあるけど、塩や貴金属や鉄鉱石など項目は実に豊富だった。

占領した敵地で流通する価値ある商品を、独占できるわけだ。

貴族や大商人は、皇帝のもとに大きな利益を稼げるようになる……。




―――ほとんどの土地では、それが保証されていたし。

ユアンダートの権威のもとに、反乱や違反はあまりないわけだが。

『西』においては、ちょっと状況が異なっている。

無数の小王朝を滅ぼしつつも、完璧な掌握には至っていない……。




「あくまで、その演技をしているわけですな。反抗的な勢力が、あちこちにいると主張することで、地域を不安定にした。あえて、治安を悪くしたんですよ。そうすれば、『どこからともかく現れた盗賊たちが略奪しても怪しまれない』から。そいつらは、盗賊ではなく、帝国軍そのものです」

「各派閥同士の争い、ですね」

「その通りでさあ。連中は、そうやって……ときには自軍の財産さえ奪っちまう。それを売りさばいて、金にしちまうんですよ。オレたちも、その種の『ビジネス』に、絡んでいたことがあります。直接的に、というより……密輸する形ですが」

「『プレイレス』に、『西』で帝国軍から略奪した物資を運び込んだと?」




「その通り。マイク・クーガーは怪しげな物資を好みはしなかったんですが。その部下や、末端の兵士たちまで、この『ビジネス』を拒絶は出来なかった。クーガー自体も、金に困っていたりしましたからね。その部下も、別に豊かなわけじゃなかったんだ」

「『ペイルカ』には多くの食料が持ち込まれていた。その一部は、不正な商品だったと」

「自軍から盗んで、自軍に売りつける。盗んだのは、反乱分子のせいにして。運び屋は、オレたちみたいな、使い捨てしやすい小悪党たちだった」

「なかなかの堕落ですね。ユアンダートに聞かせてやりたいほどです」




「そうなれば、『西』の帝国軍の幹部どもは全滅でしょうなあ」

「清廉潔白な者はいなかったのですね。それは興味深い」

「あいつらは劣等感のカタマリだ。十大師団にも選抜されなかったし、本国からあまりに遠く離れすぎたせいで、自分に出世の道はないと自覚しちまったんですよ。そうなれば、男ってのは、ろくなもんじゃなくて。悪事をしても、自分の人生を豊かにしたいと考え始めるもんでして……」

「ボケナスどもめ。もっと、マジメに生きんかい」




―――ゾロ島のキケに叱られると、元・盗賊たちも平謝りする他にない。

乱暴者のドワーフは、この堕落した男たちの新たなリーダーだ。

元・盗賊ではあるものの、キケは寛容な判断をしている。

ゾロ島の者から盗まなければ、二度目の人生を送るチャンスは保証した……。




「猟師として、マジメに生きますよ、親方」

「当たり前だ。一応は、『自由同盟』の戦士でもある。その立場に、恥じねえ戦いをしやがれ。しなければ、バラバラにして海に叩きことしてやる!!」

「は、はい。もちろんですう……っ」

「まったく。信用しがたい弱々しい返事だぜ……」




―――『赤いルルーシロア』を見たせいで、キケは誇りを得た。

『自由同盟』に所属するという行いは、今まで以上に尊い誇りなんだよ。

ハーフ・エルフの妻を持つ男として、この戦いは愛する者たちのための戦いだ。

漁師として生きるよりも、今は戦士として生きたがっている……。




―――まあ、なかなかにハナシが分かる男だからね。

無理強いをするような性格ではない、漁師の全員を強制的に従軍させるつもりもない。

そもそも、自主的に参加しないような戦士は邪魔だとさえ考えていたのさ。

ゾロ島にいるような者たちは、この盗賊たちみたいに堕落し切った者も多くいた……。




「まあ、このいい加減で無節操な、まったく褒められたものじゃない態度があってこそ、敵である帝国兵とも取引が出来ちまったというわけだが」

「そうですね。おかげで、つけ込むべき敵を見つけ出せそうです」

「彼女に、洗いざらい吐け。嘘と偽りは禁ずる。夏のカニのエサになりたくなければ、素直かつ迅速に。分かったな!」

「は、はい!もちろんです!!」




―――利己的な魂の持ち主は、『自由同盟』に参加する者としては弱さがったけれど。

キケの度量は、彼らもちゃんと導くだろう。

堕落した日々からの離脱方法についても、キケはよく知っていたから。

この種の若者たちは冒険を好まないくせに、破滅的な悪事に手を染める……。




「クソみたいな人生を変えるために、オレたちの島に逃げ込んだ。かまわねえよ。世の中から落伍するってのは、ありふれたものだ。だがな、逃げるだけじゃあ、一人前の男にはなれん。世の中の役に立つか、仲間の役に立て。そうすれば、ちょっとずつはマトモな者に近づいていける……それだけは、アタマに入れておきやがれ」



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