第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その550
―――想像力は、いつものように恐怖と相性がいいものだった。
キートは亜人種と一緒の場所で、竜に乗った魔王を見つめた人間族を見る。
彼らは竜と魔王に、心酔しているようだ。
名のある将軍に対して、帝国兵が取ってきた態度とまったく同じ……。
―――いや、それは戦場の英雄を讃えるためだけの情熱ではない。
どちらかと言えば、皇帝ユアンダートに若い帝国兵たちが捧げてきた熱狂と同質だ。
それに気づくと、真夏の夜にはふさわしくない寒気と震えにキートは襲われる。
ソルジェを過小評価していたのかもしれない、と気づいてしまったのさ……。
―――ボクの心理分析によれば、それは少し違うけれどね。
過小評価していたのではなく、意図的にその認識をしないように遠ざけていただけ。
ソルジェというユアンダートの敵を、『ユアンダートと同格』だと認めたくはないのだ。
そうなれば、キートの信じる帝国はソルジェに滅ぼされる可能性が半分はある……。
―――同格ならば、互角の戦いをするかもしれない。
しかも、ソルジェにはあの巨大で空を自由自在に飛び回る竜までいるのだから。
猟兵たちもいるし、帝国軍が結果的に捨て去ってしまった亜人種の戦士たちもいる。
やりたくない計算をする羽目になりそうだから、キートはあえて考えなかった……。
「……苦しくなる。オレは、どうすれば、いいんだろうな」
―――政治的には、疑問を抱えているのさ。
だが、人生を変えてくれた皇帝と帝国軍には忠誠を持ちたいと考えている。
キートは素朴な田舎者ではあるから、裏切り者になるのを恐れているんだ。
多くの閉鎖的な田舎がそうであるように、その種の空間では裏切りは最も重い罪だ……。
―――故郷を捨てたような立場でもあるからこそ、なおのこと執着が強まりもする。
二度も故郷を捨てられないんだ、帝国の市民権を勝ち取るための戦に出たらね。
覚悟は決まっているハズだった、どんな行為をしても帝国兵としての責務を果たすと。
そして、帝国市民の一員となり帝国の文明的な暮らしのなかで生きていくのだと……。
―――若い帝国兵たちの人生設計は、かつてよりは不確かなものになってしまった。
ソルジェの起こした勝利の結果、十大師団もそれに準ずる戦力も敗北続きだ。
キートはそろそろ勝ち取れる予定だった、帝国市民権の付与と除隊は果たされていない。
それを皇帝と帝国軍の裏切りだとは罵れず、『蛮族連合』のせいだと叫ぶ者も多い……。
―――だが、すべての帝国兵がその種の認識をしていたわけじゃないんだよね。
ソルジェも『やさしさ』を覚えつつある、前からあるけど帝国兵向けのは新しいものだ。
帝国兵の捕虜を、割りと取るようになっている。
戦略的な考えもあるにはあるだろうけれど、どちらかというと人格面の成長の結果さ……。
―――敵兵の心さえも掌握しつつあるんだよ、帝国兵や『カール・メアー』の巫女戦士。
そういった敵である者さえ、今では味方につけてしまえるようになった。
ボクたちからすれば、大魔王育成計画は順調だなあとニコニコ笑顔になっちゃうよ。
まあ、王になる器がソルジェにはあったのさ……。
―――その素養を、ゆっくりと陶冶していったというかね。
ソルジェ大魔王になりつつある、この熱狂を生み出せるのは政治的な期待ゆえのものだ。
戦場の英雄を超えて、ユアンダートのような絶対のカリスマを帯びつつある。
勝利を約束する将ではなく、『未来』を約束する偉大なる王者の気配があるのさ……。
―――キートは怖くもなる、どこか心が揺れていたとしても。
あくまでも帝国兵だからね、亜人種と人間族がいっしょにいる状況にもなれない。
人種は、同一のものでより固まるのが一般的ではあるのだから。
だけど、大魔王の前では皇帝が作り上げた常識がくつがえされていく……。
―――大きな力の前で、疑問を抱くのはリスクがある行いだ。
キートはまだ若いから、そのリスクに気づいちゃいない。
理解できない不安に、溺れるような不快さと苦しみを覚えるだけだった。
気持ちが悪くて、とても息苦しいんだよ……。
―――知識はまだなかったとしても、感性そのものは優れていると賞賛すべきだろう。
政治的な力学の動きに、よく反応しているんだから。
若者らしい感度だとも言えるかも、理解していない力を察していられるのだからね。
キートは今、皇帝ユアンダートに命令して欲しい気持ちになっていた……。
―――迷っているのさ、困惑している。
ソルジェと戦えと命令されたら、致命的な選択かもしれないが実行したかもしれない。
一般の兵士なんてものは、そういうものだからね。
ほとんどの者がそうであるように、キートも権威に服従したがっているのさ……。
―――命令されたら、気楽に動けるものだから。
何かを考えるのは、あまりにも精神力や覚悟を要求されてしまう。
考えるのは、兵士の仕事じゃないというのは極論じゃあるけれど。
実際のところ、大きく間違ってもいなかった……。
―――キートは、自分の本心に気がつこうとしている。
比較対象を得てしまい、考えやすくなったんだ。
ソルジェとユアンダート、キートという人間族はどちらの道を望んでいるのか。
本当に帝国兵として生きる道が、自分にとって正しいものなか……。
―――若者らしく、迷ってしまっていたよ。
大した立場や地位がないからこそ、キートは迷える。
ボクやソルジェに、選択の余地なんて生まれる前からなかったけれどね。
『ルードの狐』とストラウス家の竜騎士らしく、生きる義務だけがあった……。
―――先祖代々の伝統を背負うという行為は、重苦しいときもあるし確かに不自由だ。
でもね、それは喜ばしい感覚も得られる。
我々のような立場に生まれた者は、決して孤独の絶望を知る日は来ない。
何故なら、伝統や歴史という巨大なものと明確につながっているからだ……。
―――貴族や騎士という身分は、この種の前向きさをあたえてくれるのもいい点だね。
伝統は窮屈なときもあるけれど、心を豊かにしてくれる。
竜騎士として生き抜くことや、『狐』として生きる道は。
過酷で命懸けであったとしても、最高の幸せでもある……。
―――それを、重荷としてとらえるか。
祝福として、気高く背負うのか。
まあ、多少の価値観の誓いは我々のような者たちのなかにもあるのは事実だ。
少なくないプレッシャーは浴びるから、ソルジェなんて祖国を復興させる義務がある……。
―――キートたちは、この点ではボクとソルジェよりはるかに自由だよ。
義務に縛られることなく、好きなように生きられるんだから。
カミラはとくに歓迎するだろうけれど、キートが寝返ってくれるなら受け入れる。
優秀な戦力が欲しいのは、帝国軍よりも『自由同盟』の方だしね……。
―――昇進はしたものの、どこか閑職に追いやられた感のあるキートにとって。
どちらの職場が、楽しいものかは明確だから。
ボクは、やがてこの裏切りが嫌いな男が素直になる日が来ると考えている。
願わくば、彼が戦場で我々の側の敵として死ぬ前にその日が来て欲しいものだ……。
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