第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その549
『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHッッッ!!!』
―――ゼファーの歌が、夜空で爆発していく。
キートは恐怖に顔を引きつらせていたよ、ちいさな押し殺すような悲鳴も口にしていた。
歯がカチカチと鳴っている、恐怖というものは本能から端を発するものだからね。
理性でどれだけ自分が安全だろうと考えようとしたところで、制御しきれなかった……。
―――レヴェータの化けた、巨大なバケモノと竜の戦い。
それはキートにとって、間違いなく人知を超えた類のものだったんだよ。
空が爆発していき、地面が揺さぶられていく。
地上には破壊と死が、満ちてあふれていたんだから……。
―――それは、シンプルなたとえをするのなら。
『地獄』と呼ぶべきような空間であり、そこから戻ったあとでもキートは苦しんでいる。
むしろ、戻ってからが心の傷との戦いだったかもしれない。
幻想として、あの日を何度も繰り返すはずになったのだから……。
―――夢の中で、その戦いを繰り返していく。
悲惨な目に遭った戦士には、よくあることだった。
殺されていく戦友と、傷ついた自分自身。
『殺したがらない本能』のせいで、敵を殺したことだって気に病む者は多い……。
―――それは臆病者の証というわけでなく、ヒトの心は基本的にそうだというだけさ。
敵の怯えた顔に、誰もが冷酷なトドメをさせるとは限らないよ。
それは鏡のようにね、自分自身を連想させるものだから。
ああ、一部の戦士は違うけれどね……。
―――気高い竜騎士なら、敵を殺すことに苦悩を覚える日はないよ。
貴族や騎士は、その種の者が多いんだ。
気高い者はね、敵にだって敬意を覚えられるから。
その種の殺し合いに、後悔や苦悩はあまり伴わない……。
―――異常だという指摘は、甘んじて受けよう。
でもね、騎士と呼ばれる者たちの古くからの役割は敵と殺し合うことだ。
その文化を、ストラウス家は真っ当に受け継いでいるだけ。
猟兵の職業倫理以前に、ソルジェは戦いを神聖視している……。
―――キートは、目を反らしたくなったが。
まぶたを閉じる勇気さえ、作り出せなかったんだよ。
真夏の生温かい夜風のなかに、死んだ戦友を思い出してもいる。
眼を閉じれば、現実が終わってしまうような気持ちになっていた……。
―――死と破壊の象徴みたいな竜と出遭えば、多くの者がそうなるものだよ。
だが、ここは『自由同盟』のテリトリーなんだ。
キートが怖くて目を閉じられずに、ゼファーの旋回を見つめてしまっていると。
彼の心とは真逆の感情が、空に向かって大きく飛んだ……。
「ソルジェさま!!ゼファーちゃん!!」
―――その美しい背中から、『翼』を生やして。
ボクらの聖なる呪われた娘が、嬉しそうな犬みたいに空へと飛んだ。
カミラの異能に、おどろきながらも。
彼女の笑顔は、星明りの真っ暗さのなかでも太陽みたいだったのさ……。
―――恋する乙女を目撃するのは、男にとって眼福だよ。
心がどこまでも癒されて、他人事でも嬉しくなれる。
嫉妬めいた感情も生まれるときもあるのは、ご愛嬌。
あの太陽みたいな笑顔をもらえる者の幸せに、よく出来た男なら祝福を与えるべきだ……。
―――キートは、どこか失恋したような気持ちになっていたらしい。
人妻カミラの人懐っこさは、もしかして稀代の悪女の才能があるのかも。
まあ、本人がソルジェ以外を愛するような性格をしていないけれど。
キートはあきらめもつくだろう、『吸血鬼』から救われた乙女の物語を聞いたあとだ……。
「……ソルジェ・ストラウスが、来たんだな。良かったじゃないか」
―――旋回するゼファーは、キートにとってはあまりにも大きすぎる。
それに、周囲からは『自由同盟』に参加した戦士たちの雄叫びがこだました。
「竜だ!」、「ストラウス卿たちだ!」。
歓迎する声だったよ、帝国軍の兵士とは違って彼らは竜に恐怖しないから……。
「そいつは、そう、だよな。これ、が。こんなデカくて、強い魔物が……『仲間』だったら。それは、頼りになるってもんだ…………ソルジェ・ストラウスは、この竜を、自在に操る。知っていたはずなのに……なんて、ムチャクチャなハナシなんだよ」
―――ゆっくりと、テントのあいだに着陸していくゼファー。
その漆黒の巨体を見つめながら、キートは身震いする。
金色の瞳は夜でも爛々とかがやいていたし、肉食の牙だって銀色にかがやいていた。
あれがもう一頭いるのか、そう考えた彼は帝国軍の敗北を予感する……。
「……『大魔王』に、オレたちは……本当に、負けるかもしれないな」
―――キートは敗北を信じつつあった、皇帝ユアンダートへの忠誠心はまだあるけれど。
亜人種たちを見たよ、このテントの集まりにいるのは亜人種の戦士が多い。
もちろん、人間族の戦士たちもいるよ。
その戦力が、ひとつになれているのは『異常』なことだった……。
―――その『異常』なことが、しばらくのあいだ続いている。
これは、『より異常』なことと言えるかもしれないが。
もうひとつの可能性を、キートは感じていた。
世界は変わっていたのかもしれない、キートの知らないうちに思いのほか大きく……。
「……もしも、オレたちが……帝国を裏切って、この軍勢が、それを受け入れてくれるのなら……負けない軍隊が、誕生しちまうだろうな……もしもの、ハナシだ。魔法みたいな、もしも……」
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