第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その384


―――ふたりのちいさな女神は、ついにその旅の終極にたどり着く。

おだやかな中海の海岸で、たくさんの子供たちが遊んでいた。

女神イースが最後の力で救ってあげた、孤児たちだよ。

そんな楽しそうな子供たちから、ちょっと離れた場所にレナスはいる……。




―――少年のときの姿だ、まだ痛ましい悲劇を知らないころの。

聖歌隊の服と帽子は、夏の海岸ではちょっと暑すぎるかもしれない。

だが、よく似合っているものだった。

しかし、その表情は服装とはあまりにも異なり憂いを帯びてしまっている……。




「やっほー。レナス・アップル」




―――少年のころのレナスに、アリーチェは歩み寄った。

可愛らしく弾むような足音といっしょにね、彼女も子供たちと波と砂で遊びたいのかも。

でもね、今はそれよりも大切なことがあるんだよ。

目の前にいるレナス・アップルと、対話しなくちゃならない……。




―――もちろん、亜人種と『狭間』を逆恨みするレナスにとって。

アリーチェの中途半端な長さのハーフ・エルフの耳は、視界に入った瞬間から拒絶する。

顔を背ける、視線は海に逃げてしまったよ。

口は一切、動かなかった……。




「あはは。無視されちゃったね。そんなに、私のことが嫌いなんだ。ハーフ・エルフだから、初めて会った子でも、大嫌いになっちゃうんだね」




―――無言を、レナスは貫く。

貫こうとしたが、アリーチェも子供だから。

『遊び』をよく理解している立場、ということだよ。

ぴょんぴょんと跳ねまわりながら、レナスの視界にそのちいさな身を入れ続けた……。




「おーい、おーい!こっち見てー!ねえねえ、いっしょに、お話しよーよ!レナス、レナス・アップル!私はね、私は、アリーチェっていうんだー!」




―――女神イースは、アリーチェの見せるあまりのしつこさに驚いてしまう。

あれでは一種のスポーツのようで、どこか滑稽さもあった。

レナスの調子も、ゆっくりと崩されていく。

右を向けば右に、左を向けば左にとアリーチェの追跡はいつまでも続いたからね……。




―――いい加減、ガマンの限界になってくる。

レナスは感情的な子だから、いつまでもこの『遊び』に翻弄されると腹が立つんだ。

ぴょんぴょんとカエルさんモードをしているアリーチェを、ついににらむ。

にらまれるとアリーチェは笑顔になるよ、だってひとつの勝利を手にしたのだから……。




「えへへ。やったー!見てくれたね。私のこと!ようやくだよ。初めまして、レナス!さっきも言ったけど、私はアリーチェだよ!」




―――ちいさな手を、差し出していた。

あいさつをしたい、仲良くなりたいんだ。

結果は子供でも想像していたけれど、レナスがその手を握ってくれることはない。

ニンマリと笑えるのは想像の範囲内のことだったから、負けではないのさ……。




「わー。ツンツンしてる。なるほどねー。すっごく、『狭間』のことが嫌いなんだね!」

「……その通りだ。ボクは、お前たちのことが、大嫌いなんだ!」

「やった。会話してもらえちゃったー!」

「喜ぶな。君、本当に、すごく……うざいよ」




―――レナスの言葉は、とても刺々しいものだった。

アリーチェが普通の子供だったら、もうこの時点であきらめるだろう。

でも、アリーチェはレナスの人生を見てしまっているんだ。

そして決めているんだよ、レナスを信じることにしている……。




「うざくても、いいよー。お話したいんだから。初めまして、初めまして」

「初めてじゃない。見たことが、ある……」

「そうだったかな?いつ?」

「……赤い竜に……乗っていた。まるで……クソ……っ」




―――『ゴルメゾア』みたいに、赤い獣を乗りこなした。

それが許されるのは、女神イースだけなのに。

冒涜された気持ちになっているのさ、それは純粋な信心を傷つけるものだ。

でもね、そんなことはアリーチェに関係がない……。




「そっか。じゃあ、私たちはもう知り合いだったのね!やったー!」

「どうして、そうなる。アタマがおかしいのかよ!」

「おかしてくも、別にいいかな」

「いいわけ、あるか」




「どう思われてても、とりあえずはいいの。無視されるよりは、ずっといい。だってね、お話ししたいんだから。あなたの言葉を、聞きたいの。本音を、私に話して欲しいんだ」

「話したくない。どっかに、行け」

「やーでーすー。私は、あなたとお話ししたい」

「海もある。みんなも、あそこで遊んでいるじゃないか。ガキは、そういうの好きだろ。あの子たちは…………」




「ん。どしたの。続きを、ちゃんと聞かせてよ。レナスの言葉を、聞きたいの」

「うるさい。消えろ」

「ざんねん。それはムリだよー。いつまでだって、私はしつこく君とお話を試みるの」

「なんでなんだよ、お前、本当にうざい……ッ」




「うざいなら、観念すべきだね!お父さんは、いつもお母さんに詰め寄られたら、負けちゃうもん!女の子は、しつこいんだよー」

「……くそ。知らないよ、お前の両親なんて……」

「うん。知らないよね。でもね、『狭間』の私にも、ちゃんといるの。お父さんとお母さんは、すごく私のことを愛してくれた。死んだあとでも、今でも」

「……うるさい。知りたくない」




「でも、知ったね。こういうの、していきたい。自分のことを、話して欲しいし、こっちも話したいの」

「なんで、だよ」

「それは、あまり自分でも分かっていないトコロもある!」

「なんで、えらそうにする。バカのくせに」




「えらそうにするバカは、たくさんいるでしょう。だから、恥ずかしくないもーん!」

「……なんだよ、ホント。嫌だ。消えろ……」

「恥ずかしがり屋さんだね。だから、私が協力してあげましょう!」

「……なにを、するつもりだ」




「さっき、あなたが言いそうだったことを、当てちゃうゲームのお時間です」

「……ボクの言葉なんて、お前が分かるわけないだろ」

「カンタンだね。『あの子たちは…………』。ふーむ、シンキング・タイムだ」

「やめろ。うざい」




「『あの子たちは、お前と遊んでくれる』」




―――アリーチェの言葉に、殴られたかのような顔をするんだ。

それを恥ずかしいと思うのか、恐ろしいと思うのか。

レナスは苦々しい顔になり、その場を立ち去ろうと歩き始める。

女神たちから逃げられるはずもない、ちいさな女神たちも追いかけて砂浜を歩いた……。




「……ついて、くるな。あっちで、遊んでもらえよ」

「レナスと、遊びたいな。レナスも、いっしょに、遊ぶというのなら、私も海を蹴りつけに行きましょう。どっちが、遠くまで波を飛ばせるでしょうか。試すべきだと、思わない?」

「思わない。お前は、ヒトじゃないんだ。悪魔だ」

「不正解でーす。幽霊で、たぶん女神さまー!」




「女神は、女神さまは、イースさまだけなんだよ」

「そうなんだ。あなたにとっては、イースは大切な存在なんだね」

「……当たり前だ。だから、惑わすな。立ち去れ、この悪魔め」

「悪魔だから、意地悪しちゃおう。ずーっと、しつこく、つけ回すのだー!」




―――あきらめるべきだ、女の子に男の子は勝てないものだよ。

とくに、言い合いでは難しい。

レナスはついに立ち止まり、振り返った。

その瞬間には、『カール・メアー』の尼僧服姿になっていたけれど……。




「ちょっと成長したんだね。私はチビのまま」

「……お前を、倒すために大きくなったんだよ」

「戦う気なんだね!いいよ、実は、私も、お父さんとお母さんと、騎士のおじさんたちから武術と魔術の稽古をつけてもらっているんだ」

「そっか。なら、手加減ナシで、殺してやる!」




―――砂浜を蹴りつけて、『カール・メアー』の剣が襲いかかった。

するどい動きだったけど、アリーチェも大したものだよ。

バハルたちは、いい鍛練を愛娘につけている。

砂を蹴りつけながら、軽やかなステップでハーフ・エルフは鋼をかわした……。




「おのれ、『狭間』め……ッ」

「いい動きです。でも、私は、とっても強いんだ」

「覚悟が、私にはあるんだよ!」

「私も、しているよ。強く生きなさいって、言われたもの。死んじゃったけれど、でもね。その言葉は、忘れられない」




「そんなの、こっちもだよ!!」




―――かわされる、かわされる。

ハーフ・エルフの素早さと、バハルたちの鍛練の成果のおかげで。

アリーチェも、剣を呼び出した。

想像してみたら、剣を手にしていたのさ……。




―――ニンマリと笑って、バハルの真似事だ。

大振りの竜巻のような、するどくて力の込められた一閃だったよ。

体格と年齢が上のレナスの斬撃を、強く深く弾いてしまう。

構えを崩されてしまいながら、レナスは後ずさりをした……。




「フフフ。なかなか、やるでしょう!アリーチェはやるね……って、ほめていいよ。レナス。あなたも、なかなかやるのだから。騎士同士は、戦場で、好敵手を讃えるものだよー」

「……私は、騎士じゃない。巫女……に、なったんだ。巫女戦士。お前も、騎士なんかにはなれない。ハーフ・エルフは、そうは、なれない」

「なれるかもしれないよ。強いし」




「差別されてる。お前たちは、望まれていない生き物だ!」

「それは、誰にかな」

「みんなに、だ。世界中のみんなに、お前たちなんて、生きていて欲しくないと思われてるじゃないか!居場所は、ないだろ……お前たちは、お前たちは……死ねばいいんだ!」

「ざんねん。私たちは死なないよ。私は死んだけど。これからは、きっと、違う。だって、あなたは思ってくれたもの。あそこの海で遊んでいる子供たちは、私とだって遊んでくれるって!そんな風に、信じてくれたの!」




「うるさい、そんなのは……違うんだ!お前たちは、死ぬべき生き物だ!」




―――誰もが生きていていい世界は、暴力で勝ち取るものだとボクらは信じている。

猟兵だし、とくにボクは『ルードの狐』だから現実的なんだよね。

でも、それはこの世のすべての人々に強いることはできない。

もっといい方法があるなら、それでいい……。




「くたばれ、悪魔あああああああああああああああああああッッッ!!!」




―――大振りの動きと、力強すぎる踏み込み。

それはバハルの竜巻みたいな横なぎ払いに対して、あまりにも不用心だった。

アリーチェも戦士の血を引く子だから、レナスの剣を今度は叩き折ってみせる。

おどろいたレナスの顔に、ニコニコしながら頭突きも入れた……。




―――レナスは、大きく吹き飛んだよ。

その場に、背中から倒れ込んでしまった。

恨みがましい双眸が、アリーチェの笑顔をにらみつける。

腹が立った、父親の剣技に守られながら笑う『狭間』のことに……。




「大嫌いだ……ッ。お前なんて、大嫌いだ」

「うん。でもね。そんな私でも、あの子たちと仲良くなれるみたい。あなたは、そう信じてくれているから。私は、あなたのことを十分に信じられる。はい、この剣をあげましょう」

「……これで、お前を殺せるな」

「ううん。それはムリ。だって、私とお話する時間は終わりだから。今度は、女神イースとお話ししてね」




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