第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その383
―――亜人種や『狭間』を憎まないといけない日々は、レナスを変えた。
見境のないまでの、使命感だった。
この使命感に裏打ちされた殺意は、例外を許さなくなる。
亜人種も『狭間』も、それと融和しようとする人間族さえも排除の対象だ……。
―――それは、『カール・メアー』としては実に正しい価値観だった。
返り血にまみれながら、レナスは自分の信仰を固めていく。
そんな日々の果てに、レナスは見てしまったのだ。
赤い竜に乗る、アリーチェの姿をね……。
―――『プレイレス』での戦いでの、最終局面。
千年前から続く、往古の呪いを追いかけて。
アリーチェは多くの者たちの祈りの力を、その身に呼び寄せた。
無数の者に、目撃されたんだよ……。
―――『狭間』であるアリーチェが、大いなる古戦神を滅ぼし尽くす光景が。
赤い竜にまたがり、多くの亡霊たちの祈りをたずさえて。
あれが神秘と呼ばなければ、何を神秘と呼ぶべきなのか。
それは『プレイレス』を中心にして、中海の文化圏全域に伝わっている……。
―――レナスは、激怒した。
聖なる赤い獣とは、『カール・メアー』にとっては『ゴルメゾア』しかありえない。
『ゴルメゾア』の『完成形』を生み出すために、孤児たちを殉教させたのに。
夢幻の世界で見てしまった、赤い竜は血のあふれる苦心の道を否定した……。
「許さない、許さない!あんな竜など、私は認めない!!」
「あはは!私たち、めっちゃ、恨まれてる。何も悪いコト、していないのにね。『狭間』だからかな」
『そう単純な、ハナシでもないであろう』
「かもね。でも、レナスは……自分で気づかないといけない。無理しているんだよ。女神のせいにしてもいけない。あの子は、間違っているもの」
『レナスが、間違っている……か』
―――ひとつの形の、『正義』を貫こうとしている。
困り切れば、リュドミナに頼るようなところもあるけれどね。
それは仕方がないことだ、誰しもが師匠に頼りたくだってなる。
そもそも、頼られるために師匠もいるわけだしね……。
―――そんなレナスは、目撃してしまう。
『カール・メアー』の申し子でありながら、その道を外れてしまった者を。
フリジア・ノーベル、彼女はよりにもよって『狭間』と友情を築いた。
親友とまでなり、彼女のために何でもしてやろうとする……。
―――くしくも、レナスが授けられた『仮面』と同じ力を使いながらね。
あれは、『カール・メアー』武術の奥義でもあるし『哲学的な安全装置』でもある。
やさしい巫女戦士たちには、常に矛盾した使命をこなす必要があるからだ。
亜人種や『狭間』を殺す、ときには罪のない子供であっても……。
―――信仰心のくれる『正義』の力で、いくらその真実を曇らせたところで。
罪なき子供たちを殺すとき、やさしい心を持つ者の心が痛まないことはない。
『カール・メアー』の論理は、とてつもなく若い戦士たちには苦痛を与えるものだ。
だからこそ、ここの武術と哲学には『仮面』の訓練が潜在してもいる……。
「間違っていると気づきそうなとき、自分に嘘をついて誤魔化すためだね。そういうの、どこかダメだと思う。私はね、好きじゃないな。でも、フリジアのは好き。似ているけど、あっちは自分に、とても素直だから。だから、弱いのに強い相手を倒せちゃう!」
―――フリジアは、実力以上を出せた。
けっきょくは、リュドミナの『仮面』に頼ったレナスには負けるけれど。
負けたあげくに、親友を人質に取られて味方を裏切ることにさえなる。
それは、とても卑怯で非道なことだったはずなのに……。
―――フリジアは、どこまで追い詰められてもあきらめなかった。
最終的な解決には、ミアの力を頼ることになったけれど。
フリジアがあきらめていれば、奇跡の連鎖も届かなかったはず。
ここまで、その奇跡は続いているんだよ……。
「フリジアががんばったから、ミア・マルー・ストラウスも間に合った。いい子だね。私はね、あのフリジアを見ていると、ちょっと答えが分かってきたんだよね」
『フリジア・ノーベルが、答え……?』
「そう思う。私も、見習うべきなのかもしれない。さっきは、ちょっと、おじいちゃんの力の使い方を、間違ったかも。後悔は、していないけれどね」
『間違いをも、受け入れるか』
「そうだよ。だって、あいつは悪人だから。何度だって、地獄に落ちるべきだもの。サイアクの悪人だもん!」
『そうだな。レナスの人生を、どこまでも狂わせてしまった』
「うん。悲しくて、苦しい人生だった。でも、それも含めて……自分で選んでいる。だから、まだ戦おうとしているんだよ。どうしてだと思う?」
『……あれは、怒りだ』
「気が合うねえ。私も、そうだと思うよ。レナスはね、誰よりも怒っているんだ。怒っているから、自分を変えられないの。それは、悪くはないことだよ。でも、やっぱり、行き過ぎると、レナス自身も苦しくしてしまう」
―――『正義』と矛盾するやさしさのなかで、レナスは誰よりも苦しんでいた。
失われた自分の性的なアイデンティティだとか、慈悲と殺りくの相反する属性だとか。
『カール・メアー』の理想になれない自分と、理想的な条件を裏切ったフリジアだとか。
フリジアになんて、最終的には友情めいたものを抱いた……。
「ううん。抱かせたんだよね。フリジアが、とってもがんばったから。だからね。だから、怒りまくっている子にとって、いちばんムズカシイことだって、やれたんだよ!」
『最も、難しいこと……』
「許すこと。レナスは、フリジアを許せたんだ。最後は、ちょっと傷つけちゃったけれど。それでも、あれはしょうがないもん。フリジアへの憎しみも、怒りもない。ぜんぶ、許せた。あれはね、私たちも……見習わないといけないよね!」
『……そう、だな。あの者は、あきらめなかった。ビビアナ・ジーだけでなく、レナスのことも想っていた』
「すごい、ことだよね!あれにね、私は『答え』があるんだと思うの。レナスがしないといけないことと、私たちが貫かないといけないこと!」
『……お前は、まだ幼いのに、賢いな』
「えへへ。ちょっと、背伸びして大きな姿になったときもあったけど、でも、やっぱりね。私は、まだちびっ子。だからね。だから、女神イース……ちょっとだけ、応援してね。まだ、上手く、レナスを信じてあげられるかは、分からないもん」
『……ああ。私こそ、お前の力を借りることになりそうだ。私の力は、もう……』
「……うん。そうだね。だから、いっしょに行こう。レナスは、とんでもなく苦しんでいるし、迷っている。とても、怒っているけれど。でも、信じてみたいと、私は思えるの。だってね!レナスは、間違いなく、いい子でもあるんだから!」
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