第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その380


―――消えたレナスを探して、ふたりは歩く。

どこに向かっているのかを、女神イースは予想していた。

ここはレナスの人生を追体験するような、記憶の道だから。

たどり着くのは、『カール・メアー』の総本山だよ……。




―――レナスは、迫害こそされはしないが。

尼僧たちから、距離を取られてしまう。

そのなかに、最終的には友情めいたものを抱けたフリジアもいた。

幼い彼女も、レナスに起きた悲劇にどんな解釈をすべきか迷っていたよ……。




―――親を殺され、去勢され。

犯されて、どうにか助け出された被害者だ。

レナス自身も、心を閉ざしてしまうのも仕方がない。

かつては聖なる歌い手であったのに、今は悲しく壊れていた……。




―――どこまでも被害者であり、それ以外の何者でもない。

でも、ヒトはそんな人物でさえも遠ざけてしまう。

誰もが器用になれるわけじゃなく、間違った道でも選べてしまえた。

ヒトは理解しがたい悲劇を前にすると、思考停止となるものさ……。




―――『カール・メアー』の尼僧たちに対して、すこし意地悪な言い方をするとね。

彼女たちには、考えたくないことがあった。

それは「どうして女神イースは、レナスをお救いにならなかったのか」。

その疑問は彼女たちの信仰に、傷をつけてしまう問いだ……。




―――敬虔な信者であり、女神に愛された最高の才能を持つ者なのに。

どうして救ってもらえていないのか、そんな疑問と向き合いたくなかった。

彼女たちは、もっと努力すべきだったよ。

自らの信仰に大きな課題をぶつけて、より正しい解釈を得るべきだったのに……。




―――誰もが、やっぱり完璧にはなれない。

自分たちを遠ざけようとするレナスから離れ、レナスもまたその距離感を望む。

穢れてしまったと嘆くことは、あまりにも自虐が過ぎた。

多くの間違いを、多くの者が犯していたよ……。




―――孤独なレナスを救ってくれたのは、リュドミナ・フェーレンだ。

聖なる任務を、彼女から与えてもらう。

リュドミナと共に、女神イースを復活させる計画を始めた。

異端の力さえも使い、必ずやそれを成し遂げると誓う……。




「私の身は、すでに穢れているのですから。だから、問題はありません。穢れた私だからこそ、私はあらゆる苦痛にも、冒涜的な異端に身を侵されても、迷うことはありませんから」




―――鋼よりも硬く、炎よりも熱い決意だ。

多くのものを失い過ぎたレナスが至ったのは、女神イースの復活。

自らをあまりにも痛めつけた世界を変えるため、その身をすべて捧げ尽くす。

その意志の力が、彼女に後天的な武術の能力を与えてみせた……。




「聖なる怒りを、解放しなさい。レナス。あなたが与えられた痛みを、怒りに変えて鋼に込めるのです」




―――それなりにはあった才能を、覚悟の力と異常なまでの鍛練で磨き上げる。

言うのは容易いが、実際にやり遂げられる者がどれほどいただろうか。

才能をも凌駕する努力のおかげで、レナスは聖なる怒りの使い手となる。

誰よりも強固な『カール・メアー』の化身であり、リュドミナの最高傑作だ……。




―――痛みがあるからこそ、怒りがある。

リュドミナは断言してもいるのさ、レナスが与えられた痛みと苦しみは。

女神イースからの、聖なる贈り物だと。

レナスにとって、何よりもうれしい価値観だった……。




―――修行に耐えて、指導に集中する。

天才的なアーティストらしく、トレーニングを受ける才能もあったんだ。

リュドミナとは、音楽という才能の絆もあるしね。

リュドミナはレナスに対して、どんな説明をすれば伝わりやすいかも知り尽くす……。




「武術の呼吸も、歌の呼吸も変わりません。レナス、動きだけを見ないで。呼吸の音を聞き取りながら、外だけでなく内側からも学び取るのです。息を吸ったとき、どれだけ重心が下がるのかも理解して。貴方は、すでに知っているはず。全身を歌のための道具にしたように、武術のための道具にすればいいの」




―――最高の相性が、この師弟にはあったわけだ。

外見上の動き方だけでなく、呼吸まで完璧に模倣していく。

歌い方の技巧と、戦い方の技巧の共通点を歌の天才に使わせるなんて。

なかなか特殊な指導法だけど、レナスにとっては最良の選択だね……。




―――才能に劣るはずの相手よりも、すぐに強くなったよ。

才能だけなら、フリジアに勝てるはずもないのに。

フリジアよりも、ずっと強い力を得た。

聖なる怒りを武術に込める、聖なる怒りの歌い方を学ぶ……。




「それは、貴方にとっては同じことなのです」




―――歌うために生まれた天才は、こうして戦いの才覚まで手に入れた。

おそらく怒りの化身になるための方法に、心も救われてね。

リュドミナは、教えたのさ。

傷ついて壊れてしまった心に、『仮面』をつける方法を……。




「罰する者になりなさい。その怒りを使いこなすために、貴方の苦しみは女神イースから与えられたものです」




―――真実かどうかは、ボクたち部外者には判断しかねることだ。

でも、すくなくともこの師弟には正しい。

たしかにレナスの与えられた痛みは、女神イース復活のための原動力となった。

悲しいことかもしれないし、間違っている部分もあるかもしれないけれど……。




「こうして、貴方は成し遂げました。短期間で、あり得ないほどの成長を。女神イース再臨のための聖なる使徒として、生まれ変わってみせたの」




―――それもまた、事実だった。

リュドミナは、強くなったレナスのためにもうひとつの武器を授ける。

聖なる怒りという『仮面』だけでなく、リュドミナ自身の『仮面』も心に刻んだ。

洗脳術であるし、催眠の技巧でもある……。




―――洗脳して心をねじ曲げてしまうことは、善良だとは言い難いよね。

それでも、結果としては役に立つ。

『レナスが勝てないときは、リュドミナが代わりに戦ってくれる』のさ。

最強の師が、いつでも一緒だなんて心強いことだろう……。




―――レナスは、その洗脳を何よりも喜んだ。

だって、レナスにとっての最愛の人物はリュドミナだったから。

地獄のような日々から救ってくれたし、美人でやさしくもある。

リュドミナ自身も、この出会いを『運命』だとも信じていた……。




「貴方の聖歌は、女神イースを完全に保存しています。その歌声があれば、必ずや私たちの果たすべき使命は成し遂げられる。貴方こそ、私にとっての福音なのですよ、レナス・アップル」




―――レナスと出会わなければ、女神イースを生み出せなかった。

呪術の理論と、『蟲』の知識があったとしてもね。

完璧な歌い手との出会いこそ、女神イースがリュドミナに与えた運命。

そういう解釈を、彼女はしていたんだ……。




―――すべては、結果論かもしれないが。

信心深くないボクでさえも、認める他にないだろう。

リュドミナの感じ取った通りに、あらゆる出来事が動いたのだから。

観念して認めようじゃないか、すべては女神イースに導かれた『運命』だ……。




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