第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その381
―――レナスとリュドミナは、各地を巡る。
異端と異教の呪術をも研究していきながら、リュドミナの計画を完成させようとした。
多くの悲劇と、出遭いながらね。
たくさんの哀れな孤児たちと、人間族と亜人種のあいだの軋轢だよ……。
―――レナスは、亜人種に対しての憎しみをこじらせていく。
大陸を焼く乱世の炎は、ヒトの持つ負の側面を際立たせたいことも大きい。
帝国の遠征が始まるより前は、もう少しはマシだったんだけれどね。
人間族第一主義という宣言が、人間族と亜人種のあいだの対立を明瞭にした……。
―――『我々こそが優れているし、我々のために世界はあるべきだ』。
そんな発言を、人間族がしているようなものだから。
それは人間族のコンプレックスを満たしてくれる一方で、亜人種の怒りを呼ぶ。
その結果が、今に至るというわけだ……。
―――亜人種側は、たいていの場合で不利となる。
ガルーナだとか、ボクたちのルードみたいな国は珍しいからね。
人種が混在していた北方でも、帝国の支配が及べば亜人種は淘汰された。
殺りくか、あるいは奴隷化だね……。
―――奴隷を見る度に、レナスは吐き気を催したよ。
『人買い』どもも、その近くにいるわけだから。
ときにその邪悪な『人買い』が、帝国貴族のときもある。
帝国貴族に対しても殺意を抱いたけれど、帝国は『カール・メアー』の庇護者だ……。
―――言っただろ、レナスは嫌悪感を『こじらせた』のさ。
彼女には女神イースと『カール・メアー』は、絶対の救世主だった。
そして、ファリス帝国は『カール・メアー』の庇護者である。
マジメなレナスにとって、単純で明解な答えは必要だったんだ……。
「亜人種どもさえ、いなくなれば。この世から、対立は減る。奴隷も、『人買い』だって、いなくなるんです。だって、人間族だけの平等な世界になれば、ヒトのあいだに上下はなくなりますから。そうすれば、きっと、やさしくなれるんです」
―――嫌悪すべき力学が、自分の愛する組織や神さまと一緒だったら。
多少の歪みを持ちながら、ヒトは自分を正当化していくものだよ。
ヒトはね、ちゃんと辛い現実から逃げるための方法を学べるから。
逃げてもいいよ、心が壊れてしまうことに比べればマシなことさ……。
―――誰もが、痛ましい現実から逃げずに済むほど強くもないし。
誰もが、最強の戦士でいられるわけでもないから。
レナスはこじらせた、少年時代の歌は分け隔てのない慈愛だったけれど。
大人になって選んだ女神イースの慈悲は、より現実的なものだった……。
―――それに、亜人種に対しての愛着もなかったからかもね。
ガルーナやルード、北方の一部の地域とは違う。
亜人種と人間族のあいだには、絶対的な境界線が君臨しているのが『普通』だ。
ヒトは自分とは異なる者を、基本的には拒む本能がある……。
―――レナスを責められないさ、ヒトはだいたいレナスのような判断をするのだから。
ボクたちは歴史と伝統と本能に、いくらか呪われている。
アウトサイダー/はみ出し者だけだ、人種間の偏見から本当に解放されているのは。
竜に乗る人々は、何とも例外的な存在だった……。
―――『至極一般的な良心』を持つレナスは、自分の精神を守っただけ。
世界にある矛盾に、過激な解決策を求めるなんて実に若者らしい。
レナスは自らの道を、進み続けた。
たくさんの悲劇を目撃し、たくさんの孤児たちを殉教者にしながらね……。
―――罪深くもあり、異端じみた行いも許容する。
それはレナスだからこそ、許されていると本人は自認していたんだよ。
自分は『イレギュラー』な存在だと、考えていた。
至極ありふれた倫理観を、『カール・メアー』流に変えながらも……。
―――亜人種の奴隷が上げる悲痛な叫びに、同情した夜もあったのに。
自分がされたことを、思い出しながらね。
ヒトは邪悪で残酷な側面も、ちゃんと有しているから。
レナスにしたようなことが、何も特別なことではない……。
―――奴隷から奪うことで、支配者はいつも満足するのだから。
奪うものが、欲しいわけじゃない。
奪ったという事実が、支配者を満足させてくれる。
優越感ほど、ヒトを残酷にさせる快感はないんだ……。
―――人間族第一主義は、そういう点においてヒトの心をよく満たしてくれた。
人間族は、歴史上かつてないほど差別の力で団結したのだからね。
混沌とした調和の力とは、真逆の分かりやすい力だった。
奪うことにも、正当性を与えたから……。
―――亜人種さえいなければ、きっと世の中は良くなる。
少なくとも、人間族の暮らしだけは。
みんなで、良き世界を創るために亜人種を奴隷にしていったのさ。
ユアンダートが始まりでもなく、長々と続いた対立の歴史の最果てが今なだけ……。
―――粘り着く歴史のしがらみに、こじらせながらレナスは生きた。
聖なる任務を、血のにじむような苦痛と共に達成していく。
亜人種を殺し、亜人種と調和を試みるような存在を嫌悪した。
いちばん嫌いなのは、最悪のアウトサイダーである『狭間』だった……。
―――調和の証だとは、思わない。
嫌悪と憎悪を、そこに向ける。
『カール・メアー』の教義にも、実に適合していた。
レナス自身も、何人もの『狭間』を処刑している……。
―――中には、罪深い者もいたよ。
ヒトを殺した犯罪者もいるし、盗みを働いた者もいる。
そういう連中を、殺すときのレナスは正義の達成の快感に震えたものだ。
嫌いな相手が、邪悪だったら安心するのがヒトだからね……。
―――でもね、ときどき。
罪なき者がいた、『狭間』として生まれただけの存在だ。
初めて、そういう子供を前にしたとき。
レナスは吐きそうになる、おびえているその子がかわいそうになったから……。
―――『カール・メアー』は、殺さなければならない。
『狭間』という存在そのものが、世の中を乱して苦しめる存在そのものだ。
罪なき邪悪などない、罪があるから邪悪なのだ。
レナスは殺したよ、とあるディアロス族の少女が世話になった母子をね……。
―――正しいことを、したはずなのに。
それでも、心にこびりつく。
血にまみれた、自分の手が訴えてくるんだ。
「ただしいのかな」、言葉は別に口だけから発せられない……。
―――手が震えるようになり、夜も眠れなくなる。
暗示と使命と、『仮面』の力に頼ることになった。
「たすけて、なにもわるいことをしていないのにころすの」。
「どうして、ママもころしたの」……。
―――いくら自分を誤魔化しても、本当の幸せなんて得られない。
聖なる任務だと言い聞かせたところで、どうせ血塗られた道に過ぎないから。
ヒトの心ならば、耐えられるはずもないじゃないか。
自分の手が訴えるんだよ、自分で殺した子供の声で真実の問いかけを……。
―――それでも、レナスは壊れながらも耐えてみせる。
レナスは最初から、壊れたから。
痛みを聖なる怒りに変えて、どうにかこうにか耐えて歩く。
すべての罪科が、許されるとすれば……。
「『女神イースよ、あなたを……この世界に、再臨させたときのみです。そのために、ぜんぶを捧げましょう』」
―――亜人種と『狭間』たちを閉じ込めた檻に、火をつけたんだ。
焦げていく悲鳴と、焦げていく祈りを背にしながら。
彼女は冷酷な『仮面』で、己を正義だと信じる。
すべては世界から、より痛みを減らすためだったのに……。
―――強い自己嫌悪が、ゆっくりと。
レナスの喉から、歌声を封じていく。
もはや誰もが愛した歌は歌えず、誤魔化した技巧の産物のみ。
それでも、十分に最高だったけれど……。
「本当の、本気の、あの子の歌を。聞いてみたいなー」
―――この大陸に生まれた、最も新しい女神さまは。
千年年上の女神のとなりで、そう告げる。
アリーチェも、学びつつあるんだ。
自分の願いや、自分が成し遂げるべき使命についてね……。
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