第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その378
―――ちいさな村だ、季節は現実の時期と異なり春先といったところか。
おだやかで涼やかな風と、咲いたばかりのちいさな白い花たち。
赤い竜は村の上空をゆっくりと旋回しつつ、その様子をふたりに教えてくれる。
村の女や子供たちが、花畑に集まっていた……。
「花をつんでいるんだね。子供たちは、たのしそう!……でも」
『女たちは、どこか悲しそうな表情をしているな。なるほど』
「何か、分かったの?」
『……葬式があるのだ。誰かが亡くなったのだろう』
―――子供たちは幼過ぎるから、まだ死の概念をよく理解していない。
花をつむことを、楽しんでいるだけ。
若い女たちは、すでにいくつもの死を見ているから気持ちが沈む。
そんな場所に、レナスの魂の残骸は戻って来たようだ……。
「お葬式か。私のときを、思い出すなー。あまり好きじゃない!」
『まあ、そうであろうな』
「怖かったよ。自分が消えちゃうのって、すごく不安になるの。だからね。そうだ。神さまについて、たくさん考えていたよ」
『お前の神は、どこの神だったか……』
「花の女神さまである、『フレイジア』さま。勇敢な戦士が戦いで死ぬとね、空にある花畑に連れて行ってくれるの。ミルクの流れる川もあるんだ!」
『お前も、そこに行けたと』
「行けたような気がする。お母さんが教えてくれたもの。戦場で死ななくても、病気と他戦って死ぬのなら、とても勇敢なことだからって!」
『良き教えである。だが、それでもお前は……いや、何でもない』
―――恐ろしく勇敢な魂は、死後の楽園からも戻って来てしまうようだ。
それも運命なのか、あるいは『フレイジア』の祝福も授けられているのかも。
アリーチェは地上で人々が集まっている場所を見つけ、そこに指をさした。
女神イースも、それに気づく……。
「あそこで、何かやるみたい。お葬式かな?」
『……イース教の教会だ。故人の近親者と、縁のある者たちが集められている。そこで、死者への祈りと……聖歌が捧げられる』
「聖歌!歌だね。歌……そっか。じゃあ、きっと……」
『レナスが、歌うのだろう』
「聞きたい!すごく、上手なんだよね?」
『……歴史上で、最高の歌い手のひとりだった』
「すごーい!たのしみだなあ!」
『……だが。その才能ゆえに……多くの苦しみを与えられもした。あの子の歌は、多くの者の心を救ったはずなのに』
―――女神の守護があるように、そう歌う天才の美声。
それは愛する者を失った者たちの心を癒し、孤独の空虚を満たしてもくれる。
村の人々もレナスの歌に、あまりにも悲しいときは拝みつくように頼ったものだ。
純粋な少年だったころのレナスも、彼らの必死で切実な願いにこころよく応える……。
―――聖歌隊の中心のなかで、まだ声変わりをしていない幼い歌が。
聖なる句を、完璧な抑揚と旋律で歌い上げていく。
それは心の奥にまで届き、悲しみに凍てついた人々の心を温めてくれた。
自負深い母性と、力強い希望の歌だ……。
―――「空に広がる、六つの翼よ」。
「おだやかな恵みを、この春の地上にお与えください」。
「悲しみの暗がりに、慈悲の光を灯して」。
「我ら迷える魂を、終わりなき安らぎの園へとお導きください」。
―――幼くも、その技巧は他の者たちを抜いている。
それは歌を愛する者たちの心を、強く魅了しただろうし。
歌い手たちにとっては、自らの才能への自信と誇りを打ち砕く天才性だった。
そして、レナスにとっては天恵でありながら悲劇の引き金ですらある……。
―――だが、自らの運命を知らないレナスは純粋だった。
今も亡くなった方のためだけを想い、女神イースに慈悲を求めている。
成長した多くの天才は、自分の力を見せつけたがるものだけど。
幼いころに、そういった類の欲望は持っていない……。
―――そういう欲望は、芸術の力を磨き上げるものだからね。
けっして悪いものばかりと、判断するわけにはいかない。
自分の才能を見せつけたいと願ったときから、芸術のプロの道は始まるわけだし。
でも、今のレナスはそれを知らない幼さだ……。
―――ただの純粋さだけで、計算や技巧もない。
聴く者たちの心に、よく見られたいと願うような計算で踏み込むような。
大人びた技巧はそこになく、どこまでも誰かのために尽くす歌でもある。
その瞳が見つめていたのは、亡くなられた方とその『家族』だけ……。
「すごく、上手!すごくキレイな声だなあ!それに……とっても、ひたむきなカンジ」
『ああ。レナスの歌は、まさに祈りだからだ』
「そっか。あなたに届けたいんだ」
『そうなる。『私』は、ちゃんと聞き届けてやれただろうか』
―――『カール・メアー』の創った、女神イースである。
そのときのレナスは、『カール・メアー』に属していたわけじゃない。
だから、この女神イースにもレナスの歌が届けられたのかは分からない。
神さまだって、完璧ではないものさ……。
「きっと、届いていたと思うの。だってね、今ここにいるあなたは、感動してるもの」
『……そう、だな』
「ほら。北から……風が吹く!」
『……春の、風に過ぎないが……しかし』
―――白い花畑を、風がなでるように走ったよ。
おかげで、花弁たちが舞い上がる。
雪のようなやわらかさで踊りつつ、太陽の光を浴びてきらきらと。
故人が好きだった初雪のように、それはうつくしい光景だった……。
「ちゃんと、昔のあなたも奇跡を起こしてる!」
―――自然現象に対して、信心深さは奇跡を見つけさせるものだから。
それはまやかしとは言い難く、多くの人々の心を癒すものだ。
啓蒙の力とも言えるし、もっと基本的なやさしさかもしれない。
いずれにしても、あの日の聖歌は花の雪で悼むべき日の空を飾ったよ……。
―――レナスが起こした奇跡か、女神イースのやさしい慈悲なのか。
どちらにせよ、村の人々の悲しみがいくらかやわらいだのなら正しいことだ。
神も自然も、歌い手も。
やるべきことをやったし、感じ取るべき者たちは感じ取っていた……。
―――埋葬が終わり、両親は幼くもすばらしい歌い手を褒めるため。
レナスに近づいていく、レナスもふたりに気づいて歩み寄ろうとする。
だが、光景は変わっていた。
レナスが両親と出会うよりも前に、地上の光景は荒れ果てたものとなる……。
「どうして?なんだか、急に……村がボロボロだよ……」
『時間が、経ったらしい。そうだな。戦火がこの地域まで、広まったようだ』
「……征伐軍が、西に向かったころかも。お父さんたちは、ファリスを大きくするために、どんどん西に……」
『大半の土地がファリスに加担した。とくに、この村のような人間族が主体の村ならば』
―――過酷な時代の始まりでもあった、軍事的野心を抱く者にとっては楽しい日々だけど。
多くの者が生き残ることに必死となり、苦しみと楽しみの時代を過ごしていく。
レナスの父親も軍に参加したようだ、帝国のために戦うことが『家族』を守る手段だ。
軍事的野心を持ってもおらず、ただひたすらに一市民として乱世を生きた結果……。
―――戦場からの報告が届き、レナスと母親は泣き崩れる。
悲しみを癒すために、それと同時に訴えるような祈りをレナスは歌った。
女神イースは、父親の命を守ってくれなかったことを恨むこともない。
冥府での幸せと、遠い未来での再会を祈ったのだ……。
―――愛する『家族』の死は、ヒトに強力な影響を与えてしまう。
レナスの歌声は、その悲しみにより更なる磨きを得たよ。
それはレナス自身と母親と、周りの人々の心を深く癒したけれど。
獲得した真の天才性は、欲深な悪意を引き寄せるほどの価値を帯びていた……。
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