第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その374
―――メイビーはやさしいから、子供ながら両親の行動に疑問を持っていた。
亜人種を殺すことは罪ではないし、その臓腑を売り物にすることも違法じゃない。
でも、ヒトの命を売り買いすることは何だか非道に思えた。
しかし、そのおかげでゴハンが食べられる……。
―――商売人の子供は、成長が早いものだ。
旅で得られる見聞を吸収していくことで、良くも悪くも世慣れていった。
傭兵を雇って亜人種を殺して商品を手に入れる、それを売り払ってお金に変える。
お金でパンを買って、そのおかげで飢えずに済んだ……。
―――呪いにでも縛られたかのような、お金の流れ。
ヒトはこのお金の流れに行かされていると、メイビーは幼いながらに悟っていた。
善良さとは程遠いかもしれないが、この法則は社会を支配している。
命でさえも、この法則の前には時計を動かすただの歯車みたいなものに過ぎない……。
―――「それは、やはり。どこかまちがっているようなきがします」。
「だから、めがみさまに」。
「このせかいを、よりただしくしてもらいたいとねがいます」。
「そのためになら、のこりのいのちを……おわたしできるんです」……。
―――魔物の牙と爪には毒があったらしく、メイビーは青ざめた顔をしていた。
レナスはメイビーの脈をはかり、それに死のしるしを見い出す。
ながくはもたないが大丈夫、メイビーの覚悟を問いただす時間も終わった。
彼女は殉教者たりえる資格を認められ、レナスの手で女神の御許に導かれる……。
―――そうだ、レナスは悲しくも死の定めにあった孤児たちを多く選んだ。
生き抜こうとしている者を、巻き込むことは極力避けている。
それはレナスなりの人道的な配慮かもしれないし、もっと別の感情かも。
不幸は同調を起こすもので、それは死の共鳴を呼ぶ……。
―――殉教者のひとりに数えられるのが、他でもないレナス・アップルだ。
あきらかに不幸な人生を歩んでいるレナスは、同類こそに惹きつけられる。
不幸と死を背負う子供たちと、レナスは同じ。
不幸と死に破壊されて、殉教の悟りを開いた世界の被害者だ……。
―――女神イースの御許に、メイビーの残滓が再生される。
「ふたたび、おあいできました」。
「めがみさまは、おかあさんにそっくりです」。
「ただしいことを、きめていただけませんか?」……。
『あなたは、どんな未来を生きてみたいかしら?』
―――メイビーはレナスとしたときみたいな、聡明な思考はやれない。
空虚な壊れかけた魂の欠片は、うつろな思考の指で記憶を引きずり出した。
「あのどわーふのおじさんにも、こどもがいたそうです」。
「だから、おうちにもどしてあげたいな」……。
―――両親は別に残酷ではなくて、メイビーのことをしっかりと愛していた。
どこにでもいる商人のひとりにすぎず、悪党と罵られたこともない。
メイビーは、肝臓を取られたドワーフに許してもらいたいと願う。
彼の子供がどんな気持ちなのか、彼女には想像がついたから……。
―――「あやまりたいな、きっとゆるしてはくれないけれど」。
「わたしのおとうさんとおかあさんも、まものにきもをとられたから」。
「おなじところもあるし、しゅぞくはちがうけれど」。
「きっと、あのこも……わたしとおなじ」……。
―――死の痛みは、共鳴を招き寄せるものだ。
肝臓を抜かれて横たわるドワーフの男のそばに、子供がいる。
ドワーフの誇り高き『仇討ち』の掟を嫌い、傭兵たちが殺していなければ。
今も大陸を徘徊しながら、親を殺した者たちを追いかけているだろう……。
―――その子の旅が、どうなったのか。
そもそも始まっていたのかも、ボクには知るすべがない。
でも、ここは可能性が許される死者たちのための世界だ。
メイビーは、ドワーフの少年の手を取った……。
―――「ごめんね、ごめんね」。
「ゆるして、ゆるしてね」。
「おとうさんと、おかあさんのことを」。
「どうか、ゆるしてほしいの」……。
―――メイビーのことを、ドワーフの少年は許してやった。
彼女がにこやかにほほえむと、歴史の流れは変わっている。
メイビーの本当の願いは、『すべてなかったことにしたい』。
現実では起きない、あらゆる責任からの解放だよ……。
―――両親がドワーフの肝臓を狙うことも、彼を殺すことも起きなかった。
その世界においては、あらゆることがシンプルだ。
「けんかしちゃ、だめ」。
「だれかをころすなんて、とてもわるいことだもの」……。
―――子供の頃から、あちこちを旅していたメイビー。
彼女はやがて収集した記憶をつかって、小説を書くことにする。
大人になれた彼女は、子供たちに良いことと悪いことを教える物語を書いた。
そのおかげで、ちょっとずつ世の中は平和になっていく……。
―――『カール・メアー』の教義からすれば、この結末は耐えがたいかも。
メイビーがもたらした、ちょっと平和な世の中においては。
亜人種と人間族も、お互いを襲撃しないから。
『カール・メアー』の理想とは、逆かもしれないけれど……。
―――その境地に世界が本当に変われるのであれば、『カール・メアー』も許すだろう。
千年かけた結論も、可能性には敗北することもあった。
怒れる使徒レナス・アップルは、メイビーのもとを訪れることはない。
誰も罪を犯さずにいて、ただ平和な時間を過ごすだけ……。
―――青い空の下、やさしい両親といっしょにドワーフの交易所に向かおう。
愛嬌のいい彼らは、今日も三人を歓迎してくれるはずだから。
蜂蜜酒を購入し、こちらはエルフの郷で採れたハーブを売るつもり。
種族も土地も越えた交流をたくさんしながら、新作のために取材を重ねるのだ……。
「わたしね、このおしごとが、だいすきなの!」
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