第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その375


―――子供たちに新しい世界を与えていくという作業は、女神イースを疲弊させる。

ひとつの世界を生み出してあげる度に、彼女は痛みに耐えていた。

孤児となる経緯の多くが、まず間違いなく不幸だったから。

この世の中には、たしかに不幸が満ちている……。




―――ヒトだったら、そんなことは当たり前だと気にしなくていいのだけれど。

女神という立場は、彼女に大きな葛藤を与えてしまう。

世界とヒトを救うべき存在として、生まれたのだから。

ヒトには不可能な願いを叶えてこその、神さまだよ……。




―――多くの痛みを抱えてしまった世界を、どうにかより痛みの少ない形に。

女神イースは、そんな祈りと願いによって生まれたのだ。

未練を持ってしまいそうになる、神さまだって完璧じゃないのだから。

このまま子供たちの願いを、疑似的な叶えるだけで良いのだろうかと……。




―――それと同時に、とてつもなく大きな幸せも手に入れていた。

子供たちの願いを叶えていき、彼ら彼女らの幸せそうな姿を見ていると。

肉体的な痛みと苦しみと、精神的な葛藤さえも。

あっという間にやわらいでしまう、時間の流れさえも変えてしまった無限のなかで……。




―――女神イースは、子供たちの残滓に新しい世界を与えていく。

笑顔になったのは、子供たちだけじゃない。

ソルジェは戦いに集中している彼女しか知らないけれど、本来の彼女は。

想像を超えるほどに、やさしい笑顔で子供たちを抱きしめる……。




『あなたは、リィナ・ローレンというのね』

『そう。雪の降る晩に、馬車の事故で』

『そのお守りだけが、ご両親との思い出なの』

『……でも、大丈夫。また、ふたりに会えるからね』




―――女神イースは、終わりのない時間のなかで。

ゆっくりとだが、確実に変わっていく。

弱っているからでもあるけれど、それだけじゃない。

幸せな仕事というものは、働き手の心そのものを救うのだから……。




―――地上から連れてきた魂のようなもの、子供たちの親の面影。

彼らを子供たちと、出会わせてもやった。

「ああ、女神よ。ありがとうございます」。

「また、この子と会えるなんて!また、こうして抱きしめられるなんて!」……。




―――たくさんの魂を、救いたくなった。

再会した親子の姿、子供たちの笑顔。

すこしだけど、これは残酷な現実に対しての大きな慰めになる。

あまりにも多い悲しい現実へ、彼女はこうして抗い続けた……。




『ロックス・パガーナ。勇敢なお父さんのように、騎士になりたかったのね』

『……そう。戦いに巻き込まれて、片腕を失ってしまった』

『お父さんも、亡くなられたのね』

『だいじょうぶ、お父さんのところに、行きましょう。また剣の稽古をするために』




―――大人になれなかった子供たちの、多いこと。

圧倒的な数のなかの、ほんのわずかな人数だけ。

女神イースに救われるのは、ここに辿りつけられた子供たちだけ。

女神の奇跡とレナスの記述がなければ、存在したことさえも忘れられる……。




―――消えてなくなるという死の定めは、それはそれで救いかもしれないけれど。

悲しい物語のことを、知らなくてもいいと思うかもしれないけれど。

痛みがあるからこそ、やさしくも強くもなれる。

世界を変えてしまいたいと、行動することだってやれた……。




―――魂の欠片と、触れ合いながら。

笑顔と痛みのなかで、女神は燃え尽きていく。

無限のような幸福を携えていたとしても、ちょっとずつ限界は近づいた。

『あなたは、ジェシカ・パークマンというのね!』……。




―――やれるだけを、やるのだと。

次から次に、力を使い果たしながら。

女神イースは、この不思議な救済のためにすべてを捧げていく。

神さまにしか、してあげられない偉大な行いだった……。




―――やがて、彼女は疲れ果ててしまう。

どうやら、新しい魂が地上からやって来たようだけれど。

すぐに抱きしめては、あげられなかった。

ぜえぜえと苦しむ呼吸をしながら、それでも強がるように笑顔になる……。




『さあ、あなたの名前を聞かせて…………?』




―――不思議な救済の仕事に、不思議な来客が現れていた。

彼女は、女神イースに救いを求めてやった来た者じゃない。

年を食った竜といっしょに、女神のもとへと飛び込んでくる。

ゆっくりと空を旋回しながら、竜と少女は女神の前に……。




『ストラウス家の、子供……では、ないのね』

「うん。ちがうよ」

『そうでしょうね。あの一族なら、何でもありでしょうけれど……その竜も』

「本当の竜じゃ、ないの。でも、本物だよ。願いで編まれているんだから!」




―――不思議な少女は、年寄り竜から飛び降りる。

どこでもない場所を、軽やかに歩いた。

疲れ果てた女神のもとにやってくると、にこやかな笑みを見せる。

彼女は大好きなのだ、子供たちのために戦う者のことがね……。




「私のお父さんとお母さんみたいだね。女神さまは、すごいや!」

『あなたの……ご両親は、そう……戦いで』

「私の方が、先に死んじゃっていたけれどね。それでも、ふたりは私のためをいつも思っていてくれたの。とっても、カッコいい」

『そのようね。素晴らしいことだわ』




―――笑顔を浮かべた少女は、女神イースに抱き着いた。

がんばったときに、両親からされていたことをしてあげるんだ。

女神イースには、そういう記憶はない。

ここにいる女神さまは、『カール・メアー』の祈りが編んだ存在で親はいない……。




「だからね!私の記憶を、あげるんだ。私の記憶を、あなたに……お父さんって、こういうカンジなんだ。お母さんは、こういうの……みんなのためにがんばるあなたに。私が、えらいね!……って、ほめてあげる」




―――多くの者たちの祈りに、造られた存在だから。

親はいなくても当然だし、そういう慰めを求めていたわけでもないけれど。

少女から伝わってくる記憶のなかで、女神イースは褒められる。

人間族の戦士と、エルフの魔術師に……。




―――弱り果てた女神イースに、これまでとは異なる種類の充足が与えられる。

体を維持出来なくなりつつあったからか、それとも望みがあったのか。

女神イースの姿は、今までよりもずっとちいさな姿になる。

子供の姿となって、消耗を抑えようと本能がさせたのかもしれない……。




『こうも、弱り果ててしまったか……』

「いいじゃない。私もね、無理して大きくなって戦ったときもあるけど、この大きさがいちばんいいと思う!」

『私は、子供だったわけではないのだが……』

「どっちでもいいよ。おじいちゃん竜に乗るには、軽い方がいいもの!」




『……竜に、乗る?』

「うん。あなたは、すごくがんばったから。もうすぐ、終わってしまうの」

『そう、だな……だが、まだ救ってやりたい……』

「あなたが、いちばん救わないといけない子のところに、行かなくちゃ!」




『私が、いちばん救うべき子……ああ、そうだ。どうして、あの子は、ここにいないのか』

「あの子は、いじっぱりだから。かくれんぼしているの!」

『そう、か。なるほど、合点がいく。私は失望させているのか……』

「そうとも限らないけれど。でもね、かくれんぼにはルールがある!」




『子供の遊びには、うといのだが』

「安心して。私が教えてあげるよ。かくれた子はね……」

『かくれた子は、どうするのだ?』

「ちゃーんと、見つけてあげるの!」




―――ハーフ・エルフの少女が、大きく両腕を伸ばした。

それを真似するように、年老いた赤い竜も翼を広げる。

彼もまた、もう一度。

人々の願いのために、力を使うのだ……。




―――ここは、死者たちの都。

かつては漁師だったやさしい古い神さまも、少女にも訪れる権利はあるのだろう。

赤い竜はルルーシロアでもなく、『ゴルメゾア』でもない。

彼はまた背中に子供を乗せた、今度はふたりほどね……。




「さあ、見つけにいくよ!」

『この私が、竜に乗るとは……』

「そうだ。忘れてた。他の子たちと同じように自己紹介を、しないとね!」

『すでに心は読んでいるが……ああ、そんな顔をするな。したいのなら、すればいい』




―――ハーフ・エルフの少女は、にっこりと嬉しそうな顔に戻った。

自分の名前のことを、彼女は大好きなのさ。

死んでも忘れなかった名前、両親からの最初のプレゼント。

ちいさくなった女神イースの前で、ほこらしく告げるのだ……。




「私の名前は、アリーチェ!よろしくね、女神イース!」




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