第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その373


―――女神イースは、マリオの可能性を叶えてあげた。

彼の願いは何とも複雑な部分がある、彼は幼いながらに聡明な子供だったから。

父親に脅されていたから、母親の殺害に関する秘密の口裏を合わせたわけじゃない。

彼はヒトを堕落させる、悪魔の存在を信じていたよ……。




―――イース教の教えにも、その存在は描かれていたから。

心のなかに生じた、心理的な病気ではなくて。

本当の、悪魔だ。

マリオはレナスとの出会いが、早まった世界を望む……。




―――その世界では、レナスはずいぶんと神格化されていた。

女神イースの守護を司る、『聖なる女騎士』になっていたよ。

マリオにとって、彼女はまさに聖女のような存在だということさ。

レナスは女神から授けられた聖なる力を用いて、父の悪魔を浄化してみせた……。




―――まだ妻殺しをする前の、様子がおかしくなり始めたころだ。

その世界では、レナスと女神イースによる救済の方法は幸福なものとなる。

過酷な自己犠牲の道ではなくて、イース教徒の考えうる理想的な結末だった。

悪魔から解放された男は、マリオにとって理想的な父親に戻る……。




―――マリオは男の子で、敬虔なイース教徒だから。

人生を変えた出会いを、ただ感謝と感動といっしょに受け止めるだけじゃない。

両親と自分を救ってくれたレナスに憧れて、弟子にしてくれと願う。

父親から残酷な仕打ちをされていないマリオは、健康そのものだった……。




―――うつくしくてやさしいレナスと一緒に、悪魔を退治する旅へと向かう。

多くの人々を救う、勇気と信仰心にあふれた旅だ。

男の子は冒険を好むものだし、マリオも例外には漏れない。

歴史は『もしも』を許さないけれど、この世界においては何でもありえた……。




―――きっと、マリオは大人になりたいと願っていたのだろう。

ベッドの上で、動けなくなった体は彼に想像力と瞑想と悟りを与えた。

大人になれなくて、死んでしまうと悟ったとき。

『未来』というものを奪われたとき、どれほど絶望したのか……。




―――言語を超越するような、絶望というものもある。

マリオのように、幼くても知性の高い子ならば。

その想像力と賢さが、絶望をより精密に思い描いてしまえるから。

でも、今のマリオは聖なる冒険の旅路に向かう……。




―――旅先で見た多くの景色を、手紙に書いた。

それらを、いつも故郷の両親に送るんだ。

たくさんの悲しみを、彼とレナスは救うことになる。

なりたかった夢を叶え、大人にもなれた……。




―――悪い父親を、許してあげられることは強さの一種かもしれないし。

弱さに起因する、ただの逃避行動かもしれない。

いずれにしても、マリオはこの結末を受け入れる。

あり得たかもしれない現実のひとつのなかで、彼は偽りない喜びで手紙を書いた……。




―――孤児となった者たちにも、それぞれ固有の物語がある。

殉教者として相応しい境地に、幼くして到達することになった過程はさまざまだ。

その多くが、痛ましさを伴っていうのは当然のことさ。

強い痛みがなければ、幼さがこれほどの覚悟や成長を成し遂げることはない……。




―――異常なことでもあり、痛みと苦しみに満ちているのに。

正しくもあって、聖なる選択なんて。

戦場に生きる猟兵の哲学からすれば、何とも複雑なものだろうか。

レナスは多くを書き残している、およそ出会った子供たちすべてのことを……。




―――亜人種の野盗に、両親を殺されたメイビー・リコート。

旅商人だった一家を、残酷なエルフが襲撃している。

もちろん亜人種にも悪人はいるし、不条理で感情的な悪事をしでかすこともあった。

レナスは激怒して、執念の追跡の果てに野盗エルフを八つ裂きにする……。




―――レナスはとても感情的な人物だけど、その反面で誠実な記録者でもあった。

真実を歪めるような記述はなく、リコート一家を襲ったエルフの正体を見定めている。

この盗賊どもに、理由なんてものはない。

ただ金がなかったから、ただ目の前に旅商人がやって来たから襲っただけのこと……。




―――メイビーの両親が扱っていた商品には、ドワーフの肝臓があった。

彼らが戦士を雇って、ドワーフを殺し。

その遺体から、切り出したものだよ。

それは滋養強壮によく効くというウワサがあって、真偽はともかく高く売れた……。




―――それは違法ではないよ、亜人種を殺すことを推奨する国と地域は多い。

異なる人種に対しては、お互いに誰もが残酷なだけ。

エルフの野盗どもは、ドワーフの肝臓に対して何の悪感情も抱かなかった。

弔うどころか、金になりそうだと持ち去っている……。




―――この連中は、ただのどこにでもいる悪意の強い若者だ。

排他的で、利己的なだけの犯罪者に過ぎない。

何の思想も持ってはいなくて、ただの悪人だよ。

連中の良いところは、メイビーを殺しはしなかったことか……。




―――森に放置されたメイビーを襲ったのは、ただの魔物。

そこらをうろつく、名もない人類の天敵だった。

守ってくれる両親はおらず、深手を負わされながらも木に昇る。

魔物が両親の遺体を食い荒らして腹を満たしたから、彼女は助かった……。




―――悲劇に誰かの恨みや憎しみがあれば、まだ納得は出来ることもある。

殺されるという最悪の被害を与えられた者は、そうなった理由を知りたがるものだ。

でも、理由があるとは限らない。

一部の亜人種とあらゆる魔物にとって、人間族は純然たる『獲物』なだけ……。




―――世界に君臨する真実は、いつも『正義』をあざ笑うかのようだ。

それぞれの『正義』を追求して、みんな必死に生きていても。

それらのせいで、悲劇が生まれていく。

真実は、『正義』のもつ悲惨さをよく照らしてくれた……。




―――亜人種が人間族を、狩るように。

人間族も、亜人種を常日頃から狩っている。

お互いに相手を、同じだとは認識していない部分さえあるからね。

種族の違いに、強烈なこだわりを持つ者はどこにでもいた……。




―――ありふれているけれど、間違っていることであり。

誰もその間違いを、正してくれることもない。

「だから、わたしは、おもったんです」。

「めがみさまに、なにがただしいのかをきめていただこうと」……。




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