第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その341


「な、なんて卑劣なっ。愛情を、利用するだと……っ」


「お前たちが焼き払った愛もたくさんあっただろう、魔女め」


「そ、それを……言われると……ッ」


「すべては比較されて、裁かれるものだ。私を、責める権利なんて誰にもない。いや、『私たち』を、ね」




―――蛇は共犯者を求めていたんだ、単独で責任を負うつもりは絶対にない。


『オルテガ』の英雄になり、名誉を得るためにはビビアナを確保するだけ。


議員の家は知っている、『オルテガ』の遺産を買い戻す仕事を援助してくれた者たち。


何人もいて、激励と抱擁を受けたことがある……。




―――そいつらも巻き込んでしまうほか、道はない。


使い捨てにされるなんて、シモンは嫌だったんだ。


『私たち』という言葉で若者たちを、しっかりと抱き込んでいく。


認識させ続ける必要があった、感情に流されてしまわないように……。




―――理論武装が必要なんだ、ふたりの少女を拉致するにはね。


内向的な少年時代を送ったシモンは、想像力だけは豊かだった。


天才的な頭脳ではなくとも、十分に賢い。


目の前にいる少女たちは、どう考えても無罪ではないんだ……。




「亜人種を殺しまくった『カール・メアー』に、亜人種の奴隷を売りまくったジーの一族だぞ。君たちこそが、火種なんだ。ストラウス卿が『個人的に』、君たちを大切に扱おうとしたところで、むしろ『オルテガ』と『ルファード』の結束に疑問をもたらすじゃないか。だって、悪人どもを庇うってことなんだからね」




―――戦場は混沌としているからこそ、誰もが『正義』にこだわる。


正しい目的のためになら、多くの悪事が清められた。


罪深い殺人でさえも、戦争の掲げた『正義』のためなら罪にさえならない。


若者たちはシモンの言葉に、うなずいた……。




「その通りだぜ。お前たちこそが、我々の敵じゃないか」


「『オルテガ』に災いを呼ぶ、おぞましい魔女どもめ」




―――小人物らしく、シモンという男は理解している。


多くの者は真実になんて、毛ほどの興味もないことを。


そんな難しくて複雑なものよりも、ずっと興味を持っているものはひとつ。


『けっきょくのところ、誰が悪いのか』……。




「君たちこそが、邪悪なんだ。だって、そうだろ?君たち自身は、実際に手を汚していないのかもしれないが、君たちの属していた組織と一族は、私たちに災いを招く。いない方がいい。それを、ストラウス卿は理解していないようだ」




―――ソルジェの強みであり、弱点でもあった。


敵対していた者でも、受け入れられる。


マルケス・アインウルフや、メダルド・ジーに『カール・メアー』。


『自由同盟』の仲間には、この合流を喜べない者だって数多い……。




―――誰もが『悪役』を必要としているのが、乱世というものだ。


責めてなじって、否定していい相手が必要だった。


ソルジェは敵であった者を受け入れたが、その副作用も少なからずあるよ。


でもね、それはあくまでも……。




「……得られる者が、より多いと判断したのよ。憎しみや復讐心以上に、豊かな意志があるとね。そういう大きな意志がなければ、女神イースが千年かけて証明した『限界』を越えられない。帝国を倒すのなら、敵とさえ手を結ぶ必要があるのよ」




―――ビビアナの主張は、とてつもなく正しい。


ボクたちの欲しい『未来』にたどり着くために、多くの調和が必要だった。


だけど、弱者シモンは知っている。


『正義』をより引き立てるのは、真実じゃなくて『悪役』だと……。




「君は『嘘つき』なんだろう。私の言葉の揚げ足を取って、印象操作を仕掛けてくるだけだ」


「いいえ、そうじゃないわ」


「商人なんて、信用しちゃいけないんだ。話術の練習を受けている。幼い頃から、メダルド・ジーに叩き込まれたんだろう!相手を陥れて、自分の思うように操る技術をね!違うとは、言わせないぞ」


「そ、それは……」




「分かっただろう、みんな。彼女の言葉に操られるな。正しいのは、私たちの行動だ。『オルテガ』の自由と未来のために、この魔女どもを拘束しよう」


「あ、ああ。そうだな」


「動くなよ。この……お、おぞましい『繭』を焼かれたくなければ」


「……や、やめて。叔父さまを助けるための、唯一の方法なの」




「ハハハ!……帝国貴族さえも手玉に取る、強気で賢く美人な君でも、そんな顔をするんだね。男に媚びるための方法も、教育されているのかい?」


「ビビに、無礼が過ぎるぞ」


「動くなよ、『カール・メアー』。あの『繭』を焼かれたいのか」


「フリジア、お願い。動かないで」




「び、ビビ……しかし、だが、その……っ」


「……叔父さまに手出ししないというのなら、人質になってあげる」


「殊勝な心掛けに、感謝するよ」


「ビビ……い、いいのか?」




「良くはない。それでも、他に選択肢はないもの。叔父さまがいなければ、『ルファード』は弱体化する」


「政治力のためだけじゃ、ないだろう」


「……私にとって、最後の『家族』。どんな犠牲も、支払ってあげる。だから、交渉に応じなさい」


「これだから商人は。まあ、いいよ。受け入れるかはともかく、聞いてあげる」




―――すっかりとリーダー気取りのシモンは、商人らしく落ち着いてきた。


ビビアナの狙いでもある、不安定なシモンよりもずっと安全だからね。


『人買い』の巧みな話術は、威圧だけが売りじゃない。


交渉に引き込むことも、コントロールの技巧のひとつだ……。




―――シモンは、それを完璧には気づけていない。


『追い詰められた小物』から、『交渉相手に選ばれるほどのリーダー』。


格上げされたことで、シモンは自尊心をかなり満たせた。


ビビアナはこの男のモチベーション/動機が何かを、見抜いている……。




「フリジアを、解放して欲しいの」


「な、何を言うのだ……ビビ?」


「人質にするなら、私だけでいいでしょう。フリジアを、あなたたちだけで管理できるとは思えない。『カール・メアー』の巫女戦士、戦闘の達人なのよ」


「……確かに。君たちふたりが来る必要はないね。ビビアナ・ジーだけで、十分だ」




「お、おい。私は……嫌だぞ。ビビが連れて行かれるのを、黙って見過ごす気にはなれない」


「煮たり焼かれたりするわけじゃない。私が彼らに従えば、丸く収まる。彼らだって、別に同盟関係を破綻させたいとは願っていないもの。ただ、自分たちの身を守りたいだけ」


「自己保身は、邪悪かい?」


「いいえ。分かる。しょうがない。乱世だから。他人を信じるよりも、人質に取った方が安心を得られるのは……とても、ありふれた常識的な判断だから」



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