第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その338
―――不安定な状態に、シモンは置かれている。
英雄でもなく、ただの解体された商人ギルドの一員だ。
古物商の才があったとしても、戦場で何かを主張できるような意志の強さはない。
目利きであるはずの眼は血走り、右往左往しているだけ……。
―――シモンの不安定さは、周りに集まる『ルファード』の若者たちに波及する。
彼らも迷っているし、羞恥と愛国心が混ざっていた。
正しい道が何なのか、いかなる正義に問えばいいのか。
正義によって、答えはそれぞれあるだろう……。
―――いずれにせよ、フリジアの役目は変わらない。
ビビアナを、絶対に守り抜く。
そのためになら、どんな行為も選ぶ覚悟があった。
世界を体験し続ける彼女は、かつてよりも純粋ではない……。
―――サイアクの場合は、フリジアはシモンも周りの若者たちも殺す気だ。
『カール・メアー』の巫女戦士がそれをしても、周囲の混乱は最小限だから。
そのあとで、『オルテガ』から逃げればいい。
ビビアナをソルジェに託して、帝国軍に特攻でもすればいい……。
―――その覚悟がある、自分を犠牲にしてでも最良の道を作るという。
政治的な判断としては、プロフェッショナルのそれに近い。
人道的ではなかったとしても、最良の結果はある。
世慣れしたフリジアは、賢くなりつつあった……。
―――もちろん、あくまでもサイアクの状況においてだ。
『ルファード』での行為は、フリジアの心を今でも苦しめている。
仲間である者たちを、レナス・アップルの命令で傷つけてしまった。
あんな思いは二度とゴメンだが、ビビアナのためなら耐えられる……。
―――得難い友情であり、悲しいまでにありがたい。
ビビアナの洞察力でも、フリジアの悲壮な覚悟の全容は見抜けなかった。
それでも、親友が思い詰めているのは伝わる。
フリジアの肩に、やさしく手を置いた……。
「ビビ?……不安に、させてしまったか」
「何か、怖い。あいつも……あなたもよ」
「うん。まあ、任せるといい。巫女にな」
「ええ。今のあなたは聖職者らしいもの」
―――頼りになる一人前の尼僧へと、フリジアは成長している。
友情に試練を与えられ、信仰は揺さぶられたけれど。
彼女は、自らの運命に翻弄されながらも成長したんだ。
だからこそ、目の前にいる追い詰められたシモンを憐れんでやれた……。
「落ちつけよ、シモンとやら。深呼吸をするのだ」
「あ、ああ」
「私たちも、血を流したいわけじゃない。最良の結果が欲しい。政治については、どうにも疎いのだが。双方のあいだにある信頼を、見つけていくべきじゃないか」
「君たちとのあいだに、信頼なんて……」
「ある。あったからこそ、共に戦えたのだ。戦友となれた。我々は、敵同士ではない」
「……『カール・メアー』のくせに、そんな言葉を使えるとは。私の友人は、巨人族の商人は殺されたんだ。帝国兵に。君たちが、奪った」
「過去を償えというのなら、私を裁判にでもかけるがいい」
「ちょっと、フリジア……っ」
「いいんだ。私は『カール・メアー』にいた。それは事実だ。裁かれるべき罪だと、皆が判断するのであれば……罰を受けてもいい」
「殊勝な態度だね。それとも、自分がどれだけ血に汚れているのか、自覚があるのか。後悔してしまうほどに、君はたくさん殺したんだろう。私の友人たちを」
「偵察が主たる任務だった。今まで、亜人種の処刑を任されたことはない。だが、それは結果論だ。ビビに出会う前の私であれば、迷いなくお山の命令に従った」
「殺したんだ。亜人種を、無慈悲に……っ。いいや。偽りの慈悲を使って、人間族とのあいだで苦しみながら生きていた彼を……」
「そうだ。私は罪深い。だが、学んだ。変わったのだ」
「信じられないよ。私は君たちのどちらも、信じられない」
「信じる努力は、してくれないだろうか?」
「は、はあ?」
「信じてもらえるとは、思っていない。私たちは、出会ったばかりだ。それも、あまり良いとは言い難い状況で。ソルジェ・ストラウスや、ミアの援護をしたいときに……」
「わ、私を責める気か?」
「いいや。ただの事実を口にしている。私が大切に思っているのは、ビビの幸せ。ミアの無事。それだけ。そういうヤツだ」
「『カール・メアー』からの、逃亡兵らしいな。君は、身勝手だ!大儀もなく、ただ個人的な視野だけを使って、判断している―――」
「―――悪いのか、それが?」
―――フリジアは宗教家としての才能を、開花させつつあった。
主張しているようで、その実は真逆。
問いかけて、シモンに思慮の機会を与えている。
身の丈に合わない大儀を背負おうとしているシモンには、大きな救いだよ……。
「た、大儀を背負うべきだろう!?だ、だって……私たちは、過酷な戦いの最中にいるんだ。それに、多くを失った。これからも、奪われるかもしれない……ッ」
「怖いから、おびえているだけだ」
「そ、そうだ。当然だ。信頼できない相手は、こちらを騙す……私たちは、私たちの主でいたい。誰からも支配されたく、ないんだ」
「そうなるように、私もストラウス卿に働きかけてやる」
「か、彼が……君みたいな小娘の言葉に耳を貸すとでも!?」
「知らぬ間柄ではない。お前のように取引をしたわけじゃないが、ビビを守れという命令を受けた」
「ストラウス卿は、か、『カール・メアー』の巫女戦士を重用するというのかっ。そんな態度では、彼を信じられない……」
「フリジアが、ストラウス卿に信用された理由が本当に分からないの?」
「何か、あるというのか」
「必死に、自分が正しいと信じた道を進めるからよ。フリジアは、『カール・メアー』という『家』の命令からも、自由だった。それが、どんなに辛い道だったとしても、選んでみせたのよ」
「ビビ……私は……」
「フリジア・ノーベルっていう子はね、誰よりも強い信念を持っている。それが、絶対に曲がらないと信じられるから、ストラウス卿はフリジアを受け入れたの。フリジアの言葉だからこそ、ストラウス卿は聞くのよ」
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