第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その337
―――ビビアナ・ジーを騙すのは、困難な仕事だった。
結局のところ、シモンは失敗したのだからね。
普段の商売人らしい演技力があれば、敵意を隠し抜いたかもしれないけれど。
今の彼は黙りこくって、冷や汗を大量にあふれさせている……。
「正しい評価じゃ、ないよ。誤解が多い。わ、私が買い戻せたのは、商人ギルドの仲間たちの協力だ。リヒトホーフェンに解体されたとしても、こ、志は生きている」
「な、なるほど。こいつの言葉は、正しいようにも聞こえるが……」
「商人としての仕事だけじゃない。彼がしていたのは、政治的な活動。ううん。軍事的な活動。『オルテガ』のスパイとして、『ルファード』を探っていた」
「『オルテガ』の、スパイ……っ。そうか、『故郷想い』ではあるから」
「ち、違うよ。私に悪意はない。陥れる気なんて、ないんだよ……っ」
「じゃあ、何が目的?目的がなければ、わざわざ足止めする必要はないでしょう。それに、私たちを取り囲まなくてもいいはずだ」
「ビビ、私の後ろにいろ」
「あ、あわてないでくれ。何も、暴力的な行為をしたいわけじゃないんだよ」
―――女神イースの権能が消えたおかげで、戦士たちは動き始めている。
元気じゃなくても、『ゴルメゾア』に向けて地面を這いながら進む者たちも多い。
その状況のなかで、一部の『オルテガ』の戦士たちが反逆を企てていた。
ふたりを包囲して、周りの戦士から隠すように『壁』を作っている……。
「何のつもりか、説明してもらうわよ」
「え、偉そうじゃないか。そういう態度は、控えた方が君自身のためだよ、ビビアナ・ジー」
「そうかしら。あとで、ストラウス卿に報告しなければならない状況だわ」
「脅そうとしないで欲しい。か、彼を敵に回したいわけじゃない」
「なら、この物々しい包囲をやめなさい。ストラウス卿は激怒するはずよ。女神イースと戦っている最中に、戦いから離れて、私を暗殺しようとするなんて」
「あ、暗殺じゃない……っ。私たちは、そんな野蛮な行為は考えていないよ。た、ただ」
「ただ、何だと言うのだ。ビビに指一本触れようとしたら、容赦はしないぞ」
「『ルファード』の政治力を、そ、削ぎ落したいだけだ」
「私を拉致して、『ルファード』軍に対しての脅しに使う?」
「そ、そうだ。大人しく、ついて来てくれ」
「戦闘のドサクサに、そんな卑劣な真似をするとは。俗世にくわしくない私でも、恥ずべき行いだと分かるぞ」
「き、君に非難されるのはおかしいぞ。『カール・メアー』のくせに……ッ」
「ストラウス卿は、フリジアを認めている。女神イースに、ひとりで挑んだのよ?それが、フリジアを『カール・メアー』の一員じゃないという確たる証拠になるとは思わないの?」
「……い、いいかい。ビビアナ・ジー。私たちを、刺激するな。刺激しないでくれ」
「『ルファード』軍とは、揉めたくないっていう腹ね。混乱が起きたら、帝国に負けてしまうかもしれないから」
「そうだよ。それは、き、君にとっても同じはずだ。『オルテガ』が再陥落すれば、帝国はすぐに『ルファード』も落とすに決まっているからね」
―――シモンたちは、その事実こそを人質に取ろうとしていた。
自分たちの反逆が、誰からも受け入れられるなんて考えてはいない。
だから、この地域で生まれた同盟関係だけは維持したいと考えている。
卑劣ではあるが、政治と軍事のプロフェッショナルに近しい狙いではあった……。
「お、お互いが妥協すべき点が、一致しているということだ。『オルテガ』と『ルファード』も守りたいのさ。そうじゃなければ、共倒れの未来しか、我々にはないのだから」
「それなら、堂々としていなさい」
「違うよ。ビビアナ・ジー、君たちは、す、ストラウス卿と近すぎる。彼はこの土地の事実上の政治的リーダーになっているんだ。『オルテガ』は、出遅れてしまった」
「ストラウス卿は分別のある方よ。私たちが『オルテガ』を支配することを許さない」
「そうだろうか。それを保証する、確たる理論はない。メダルド・ジーを、この地域の『王』にでも選ぶかもしれない。『自由同盟』の言いなりになる、彼の傀儡に」
「叔父さまは『王無き土地』の伝統を守る。王になんて、なりはしない」
「それを、信頼する根拠はないよ。ボーゾッドに、すり寄っていたじゃないか」
「乱世なのよ。生き残るためには、侵略者と取引だってする。リヒトホーフェンの支配に、ここにいる方々は、死ぬ気の抵抗を選らんだというの?そういう勇者だとすれば、とっくの昔に殺されていた」
「だ、か、ら!!……挑発するような態度と言葉は、慎みたまえ。この会話が、外部に漏れるだけでも大事になる。君の望まない結果を、招くぞ。帝国軍が戻ってくる前に、『オルテガ』と『ルファード』のあいだに紛争が起きるかも」
「そ、それは、さすがにマズい気がするぞ、ビビ……っ?」
「マズい気がするどころか、サイアクなのよ。その心配がなければ、とっくの昔に助けを呼ぶために絶叫しているわ」
「賢いね。そ、そういうクールさは、さすがはジーの一族だ」
「あなたも賢い。そして、それ以上に卑劣だ。『オルテガ』商人の面汚しとして、歴史に名を残すでしょうね」
「そ、そうは……ならないさ」
「自覚がないとすれば、賢いと評価してあげた発言を、修正しなくちゃいけないわね」
「……う、うるさい!!」
―――人心掌握を仕掛けているビビアナだが、それは諸刃の剣でもあった。
戦闘の興奮状態や、女神の権能による死の恐怖。
それらの与えるストレスのせいで、シモンの心は当然ながら不安定になっている。
彼だけでなく、周りの保守的な『オルテガ』の若い戦士たちもね……。
―――彼らの全員が、シモンに同調しているわけじゃない。
だが、歴史が彼らに教え込んでいる。
この『オルテガ』の支配者は、いつ変わってもおかしくない。
数年前に味わった屈辱が、若者たちの心をかたくなにしていた……。
「リヒトホーフェンに、私たちは支配された。伝統ある商人ギルドは解体された。あ、あの屈辱は、忘れられない。あんな目に、遭ってたまるか。『ルファード』の『弾避け』にされるわけにはいかない……」
「『弾避け』じゃない。帝国は巨大で、どの都市がいつ襲われてもおかしくない。協力すべき間柄なだけ」
「み、見たまえよ。城塞がこんなに大きく破壊されるなんて、『オルテガ』の歴史になかった。しかも、『ルファード』軍に、こちらの城塞は偵察され尽くしている。『保険』をかけておかないと、心配で夜も眠れなくなるよ」
「私を人質にする価値なんて、ない」
「ああ。もう……本当に……君は……これ以上は、黙っておきたまえ。この使命を始めてから、学んだ教訓をひとつ教えてあげるよ。愛国心は、男を残酷で狡猾に変えてしまうんだ。私を、刺激しないで。追い詰めないでくれ。君を、こ、殺したくはないんだ」
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