第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その336
―――『ゴルメゾア』は大暴れしていたよ、ゼファーとソルジェを相手にしながらね。
城塞を突き崩してしまいながら、その巨体をあちらこちらに跳ねさせた。
ゼファーは『ゴルメゾア』を追い回しつつも、上空への逃亡を許さない。
女神イースとの分断は、順調に継続している……。
―――その場に、ガンダラたち援軍も駆けつけて包囲を確かなものへと仕上げにかかった。
弓と投げ槍を装備した戦士たちがガンダラの指示に応え、城塞をよじ登っていく。
ソルジェもその動きを察知しているから、『ゴルメゾア』を誘った。
包囲の中心にとどまるように、狙っているんだよ……。
「こっちに来やがれ、ニセモノの竜!!オレを殺したいだろう!!」
―――何事も起きなければ、こちらの狙い通りの成果を得られる。
ガンダラはそう考え、それゆえに不安も得てしまった。
都合が良すぎる戦場では、よく騙されてしまうものだからね。
こちらの戦術を読み解いて、利用している可能性はあった……。
―――敵は、多いからね。
ボクたちの敵は、ファリス帝国。
とてつもなく巨大な組織であり、昨日まで『オルテガ』の支配者だった。
潜伏した帝国兵がいるとすれば、今こそ現れてもおかしくないタイミングだ……。
―――乱戦の最中に、『王』を殺す。
それがやれたなら、『オルテガ』を落とすことは難しくない。
つまりはソルジェ、彼を暗殺するには悪くない状況にある。
罠は、相手が順調なときに仕掛けるべきだ……。
―――ソルジェを狙う暗殺者がいないか、ガンダラは戦いの周辺も確認する。
城塞に並ぶ戦士は、もちろん人間族が多い。
考え過ぎれば、誰もが敵に見えてしまうかもしれない。
だが、敵を見抜くコツがある……。
―――それは、視線の使い方だよ。
『ゴルメゾア』を狙っている者は、視線の動きに複雑さはない。
大きな敵だから、本能的に顔を『ゴルメゾア』に向けて固定する。
それをしていない戦士を探したが、幸いなことにこの場にはいなかった……。
―――『この場』には、いなかったんだ。
ビビアナは、フリジアに手を貸してその場に立つ。
ふたりは女神イースの権能の、『例外』だからね。
体力も気力も、わずかに回復していたよ……。
「ミアの、援護に行きたい」
「ええ。分かっているわ。あの血まみれの竜に、乗っていったみたいだけど」
「空に、向かってしまった……でも、ソルジェ・ストラウスの竜がいる」
「乗せてもらいたいわ。叔父さまも……取り戻したいし」
―――女神イースの素材に使われた、メダルド・ジーの臓腑。
それを取り戻すという目的を、ビビアナはあきらめてはいない。
親友ミアの援護もしたければ、叔父の命も救いたいのだ。
それが、彼女の率直な願いだよ……。
「欲張り、過ぎかしら」
「欲張ってもいいのだ。心が、そう望むのだから仕方がない」
「……うん。どうにか、貢献したい」
「私もだ。私も、責任がある―――」
「―――ビビアナさま、どうかお待ちください。貴方をこれ以上、戦闘に巻き込みたくはありません!どうか、ここで待機していてください!」
―――人間族の戦士が、ふたりの前に現れていた。
心配そうな顔をしているし、体中は土にまみれている。
ついさっきまで、女神イースとの戦いに参加していた男だった。
ビビアナは顔に見覚えのない男が、敬意を払ってきたことに警戒する……。
「あなたは、うちの部下じゃないわね」
―――フリジアは、ビビアナの言葉から緊張を感じ取った。
それは、『自分たちの立場』を思い返させてくれる契機になったよ。
元をつけたいところだが、『カール・メアー』。
亜人種たちを奴隷にして売買していた、『人買い』ジーの一族……。
―――誰に恨みを買っていたとしても、おかしくはない。
目の前にいる男が、この土壇場で復讐をしようと企んでいない保証はなかった。
鋭い視線で、フリジアは目の前の男をにらむ。
男は浴びせられた殺気に、身をふるわせてしまった……。
「ご、誤解しないでくださいよ。私は、たしかにメダルド・ジーに雇われた者じゃありませんが……しょ、商人の一員なんです」
「私たちの一族と、取引があったの?」
「直接、メダルド・ジーと取引したわけじゃない。私は『オルテガ』商人なんだ」
「『オルテガ』の、商人……」
「瓶詰めのフルーツを売っている行商だよ。『ルファード』にも足を運び、ストラウス卿にも瓶詰めを売ったんだ。名前は、シモン」
「ビビ、知っている名前か?」
「……知らない名前ね。でも、『オルテガ』商人が私を呼び止める理由って、何よ?私とあなたは関係ないでしょうに」
「い、いや。関係は、ないんですが……っ」
「『オルテガ』商人は、私たち『ルファード』の商人に主導権を握られることを警戒していたかもしれないわね」
「そ、そんなことを気にしてはいませんよ。私は、帝国から解放される日を望んでいただけです!」
「『オルテガ』の保守派なのかしら?そういう連中は、『ルファード』の政治力が上昇するのを嫌うはずね」
「私は、そ、そんな企みがあるわけでは……」
「商人は、嘘つきだから」
「と、とにかく誤解です。私は女性を、危険な戦いに参加させたくないだけです。た、ただ、それだけだ。敵じゃ、ない」
「視線が泳いだ。そういう商人は、噓をついている以上に、焦っているものよ」
「ち、違うって言っているじゃないか!?私たちは、仲間だ。ストラウス卿に、『ルファード』の、ち、地図だって渡したんだぞ!?彼を応援していたからだ!!」
「ソルジェ・ストラウスの、協力者だというのか?しかも、町の地図を提供したというのなら……」
「ますます、信用できないわね」
「ど、どうしてですか!?」
「ストラウス卿の信奉者なのかもしれないけれど、それが私の仲間だという証拠にはならない。そもそも……あなたが大切なのは、『オルテガ』の独立でしょうから」
―――フリジアに、政治的な対立関係は理解できていない。
この土地の事情にも疎く、そもそも政治そのものに理解が皆無だ。
『カール・メアー』育ちの彼女は、俗世との接点があまりにも少ない。
だから、ビビアナの護衛に徹するのみだ……。
「お前、ビビに近づくなよ。怪しい動きをすれば、ケガするだけではすまなくなる」
「お、脅さないでくれ……っ。そもそも、あんたは……『カール・メアー』だろう?」
「そうだ。元・『カール・メアー』の巫女戦士だ。今は、ビビの護衛が使命」
「裏切った、というわけか。信用できないのは、どっちだよ……ッ」
「痛いトコロを突いてくるな。確かに私を信用してくれる者は、少ないだろう」
「関係ないわよ。私が、信じてる。もちろん、ミアもね」
「うん。ありがとう…………シモンとやら、私も無実の身とは言わない。だが、ビビは必ず守り抜く。ビビが……お前を警戒しているんだ。我々に、構わないでくれないか?」
「そ、そんなわけにはいかないよ。私は、守りたいだけだ。ストラウス卿とも、親交があるんだぞ?」
「商人は、本当に嘘つきだわ」
「地図を、提供したと言っただろう……嘘じゃないんだ」
「噓つきなのは、あなただけじゃない。私もなの」
「ど、どういうことだい……?」
「瓶詰めを売っているウワサについては、知らない。でもね。『オルテガ』から持ち出された歴史のある品々を、買い戻そうとしている男の情報は知っている。私ね、嘘をついた。知っていたのよ、シモン。あなたのことを」
―――交渉術と心理操作の達人、ジーの一族らしい話術だった。
シモンは、ビビアナの双眸に何もかも見抜かれたような気持ちに陥る。
眼がさらに泳ぎ、剣を握りしめた右手をわずかに動かした。
殺意を隠そうとするかのように、ちょっとだけ後ろに引いたのさ……。
「隠しきれない違和感があるの。あなたはボーゾッドの手に落ちた『オルテガ』の商品を買い戻すために、『ルファード』に来ていた」
「わ、悪いことじゃないはずだ。あの帝国貴族からなら、買い戻せたから……ただ、故郷の歴史ある芸術品を、これ以上、奪われたくなかったからだよ!」
「違和感があるのは、その意志の方じゃないのよ、シモン。瓶詰めの果物を売るような行商人の財力で可能な仕事じゃないっていうところ。あなたは、ただの商人じゃないでしょう」
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